横浜市営地下鉄ブルーラインのあざみ野行き電車。2030年に「新百合ヶ丘」の行き先は灯るか(記者撮影)

「港町ヨコハマ」として、みなとみらい21地区や元町など、海沿いに広がる街のイメージがある横浜市。だが実際には内陸部に広がる郊外住宅地が市の面積の多くを占め、同市中心部や東京都心への通勤者らのベッドタウンとなっている。

これらのエリアで住民の足となっているのが横浜市営地下鉄だ。小田急江ノ島線・相鉄いずみ野線と接続する湘南台駅(藤沢市)と横浜市北部の東急田園都市線あざみ野駅(青葉区)を結ぶ「ブルーライン」、JR横浜線中山駅(緑区)と東急線の日吉駅(港北区)を結ぶ「グリーンライン」の2路線がある。とくにブルーラインは新横浜駅や横浜駅など市の中心部を経て南北を結ぶ、全長約40kmの市の動脈だ。

2019年に事業化を発表

そのブルーラインは2030年を目標に、あざみ野から先、小田急線新百合ヶ丘駅(川崎市麻生区)まで約6.5kmを延伸する予定だ。

同区間は、国土交通相の諮問機関、交通政策審議会が2016年に公表した東京圏の新路線整備のあり方についての答申に盛り込まれた路線の1つ。ブルーライン延伸は同答申の各線の中でもいち早く動きを見せ、2019年1月に横浜市と川崎市が事業化すると発表した。翌年1月には概略ルートと駅位置も選定し、両市が合意するなど着々と前進した。

だがその後、都心部で地下鉄有楽町線や南北線の延伸計画などが注目を集める中、ブルーラインに目立った動きは見られない。現状はどうなっているのだろうか。

ブルーラインの延伸は、公的には「高速鉄道3号線延伸事業」と呼ばれる。これは、一般的にブルーラインと呼ぶ路線のうち、あざみ野―関内間の正式名称が「3号線」、関内―湘南台間は「1号線」となっているためだ。

延伸するのは、現在の終点であるあざみ野駅から小田急線新百合ヶ丘駅南口付近まで。路線は基本的に地下で、道路下などの公有地を活用する。一帯は丘陵地帯の住宅地。新設する駅は4カ所で、住宅が広がる嶮山付近、団地などがあるすすき野付近、川崎市立のスポーツ施設「ヨネッティー王禅寺」付近、そして新百合ヶ丘駅付近だ。

現在、地域の足は路線バスだが、ブルーラインが延伸開業すれば現在はバスで約30分かかっている新百合ヶ丘―あざみ野間は約10分に、新百合ヶ丘―新横浜間は現状のJR横浜線(町田駅)経由と比べて8分短い約27分に短縮される見込みだ。


新百合ヶ丘駅などへのバスが多数発着するあざみ野駅(記者撮影)


小田急線の新百合ヶ丘駅は周囲に大型商業施設が立ち並び、バスも多数発着する川崎市北部の拠点だ(記者撮影)

ルート案は2020年に決定

概算事業費は約1760億円。事業化を判断した2019年1月時点での発表では、1日当たりの需要は約8万人を見込んでおり、1を超えると事業採算性があるとみなされる「費用便益比(B/C)」は30年で1.48〜1.59と見積もっている。事業主体はブルーラインを運行する横浜市交通局だ。

ルートについては2019年8月に両市が「西側ルート」「中央ルート」「東側ルート」と称する3つの案を示した。いずれも横浜市内は同一で、その先の川崎市内のルートが異なる案だ。両市は3案のうち、広範囲に向かうバス路線が整っており、鉄道とバスの連携による市北部へのアクセス性が高いこと、バスとの競合が少ないこと、既存の駅と最も離れていることなどの利点から、「ヨネッティー王禅寺」付近を経由する東側ルートを有力案として提示。市民からの意見募集を踏まえ、2020年1月に同案に決定した。


付近に駅が設けられる予定のスポーツ施設「ヨネッティー王禅寺」(左)。道路を挟んで向かい側はリニア中央新幹線のトンネル工事現場だ(記者撮影)

2019年の事業化判断からルートの選定までの約1年間は着々と進んでいたブルーラインの延伸事業。だが、2023年10月下旬時点で、横浜市交通局のウェブサイト内のページ「3号線延伸取組状況」に掲載された「取組状況」は、令和2(2020)年6月の「環境影響評価手続に着手」が最新の情報だ。

2023年度も横浜市はブルーラインの延伸事業に2億856万円を計上しており、ストップしているわけではない。市交通局工務部建設改良課の担当者は、「現在は関係機関との調整や調査設計などの深度化を進めている状態。状況が示せるようになればお知らせしていきたい」と話す。ただ、これは2021年度・2022年度の「交通局事業概要」に記載されている内容とほぼ同じ状況だ。


駅が設けられる予定のすすき野付近。行き交う路線バスの本数は多い(記者撮影)

約3年間目立った動きがないのはなぜか。横浜市と連携して延伸事業を進める川崎市のまちづくり局交通政策室の担当者によると、ルート案選定の直後に急拡大したコロナ禍、そして物価高騰が影響を及ぼしているようだ。

コロナ禍と物価高騰が影響

同担当者によると、鉄道事業許可を得るために国土交通省との調整を進めていくうえでは、最新の需要予測や事業費の算定が必要となる。だが、「コロナ禍の影響で通勤の形態が変わっており、これを需要予測に反映する必要があることと、さらに物価の上昇により(工事などの)単価も上がっている」といい、「需要と費用増についての精査と、さらにその対策の検討といった事業計画の精査に時間を要している」と事情を説明する。

全国の鉄道の例にもれず、横浜市営地下鉄の利用者数はコロナ禍で大幅に減少した。横浜市の統計書によると、ブルーラインの1日平均乗車人員はコロナ前の2018年度が約54万8000人だったのに対し、2020年度は約39万8000人に。2022年度は約47万8000人と回復が進んだが、コロナ前比では10%以上減っている。


2022年にデビューしたブルーラインの新型車両4000系(記者撮影)

ブルーラインの延伸について、2023年5月の「横浜市営交通経営審議会」による答申は、「延伸事業に伴う建設費の発生によって、更なる企業債の借入に伴う元利償還や開業後の減価償却負担など、経営状況は一層厳しくなることも想定される」と指摘。そのうえで、「この延伸線が開業するまでに、既設線の経営を安定化させることが不可欠である」と、延伸に向けた地下鉄事業の経営安定化を求めている。

事業の進展が見えてこないことを問う声も出ている。9月22日に開かれた川崎市議会の決算審査特別委員会まちづくり分科会では、同市が2021年度に1689万円、2022年度に約2000万円計上した「3号線延伸計画推進事業費」がどちらも執行されていないことを議員が取り上げ、「未執行という点を見ても、本事業が停滞していることがうかがえる」と指摘した。

市交通政策課の担当者によると、この事業費は駅周辺の広場や道路など基盤施設整備に関する費用で、駅の位置などがまだ示せるまでには至っていないため執行を見送ったという。両市は駅やルートについて「調査・設計の深度化」を図っており、位置などはまだ示せないとするが、これらが実際にどの程度まで固まっているのかが今後の進捗のカギだろう。

2030年開業はできる?

目立つ動きはないものの進みつつはあるといえそうな、ブルーラインの延伸事業。ただ、今後着実に進展したとしても2030年の開業目標が果たせるかどうかは見えない。一般論として、地下鉄建設は時間のかかる工事だ。例えば、路線延長は異なるものの、市営地下鉄グリーンライン(約13km)は2001年に着工、2008年3月に開業しており、実際に工事に着手してから約7年かかっている。

ブルーラインの延伸はこれから鉄道事業許可の取得などさまざまな手続きが必要で、着手までにはまだ時間がかかる。もっとも、2023年3月に開業した東急・相鉄新横浜線は予定時期を2度延期するなど、鉄道の新路線建設が遅れることは珍しくない。


基地に並ぶブルーラインの車両(記者撮影)

開業すれば、東急田園都市線と小田急線という東京西郊の2つの動脈を接続するとともに、現在はバスに頼っている地域住民の利便性向上や多摩地区から新横浜へのアクセス改善も期待できるブルーラインの延伸。横浜市は2023〜2026年度の市営交通中期経営計画を2023年度中に策定するとしており、この中で何らかの言及がある可能性もある。はたして次の「目立った動き」はいつになるか。


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(小佐野 景寿 : 東洋経済 記者)