2022年4月からパワハラ防止措置の義務化が大企業だけでなく、中小企業にも適用され1年が経った。

普段、職場上司の指示・指導方法に抱く不満。

それが果たしてハラスメントに当たるのかどうかの判断は難しい。

第9回は、噂話をしたことが発端で、セクハラ問題に発展した案件を取り上げる。

あなたは誰かの噂話をしていませんか?

取材・文/風間文子

前回は:地方へ転勤したときに孤独を支えてくれた女性に告白…。そこで彼女が言い放った言葉とは




国内製薬会社のMR・青山翔太(26歳)の場合


「私は今年で入社4年目となります。入社当初から営業部に配属されまして、いわゆるMRとして自社の医薬品情報を医療機関に提供しています。

このMRという仕事は、単に医療機関に医薬品情報を提供するだけでなく、実際に用いた医薬品がどのような効能を示したのかなど、臨床上の情報を収集するのも大事な仕事のひとつとなります。

やりがいとしては、自社の医薬品によって患者さんを笑顔にすることができる。それに尽きるでしょうか」

カメラのフラッシュがたかれる中、製薬会社Aの営業部に所属する青山翔太(26歳)は、目の前に座るインタビュアーの女性に幾分硬い表情で答えた。

リクルート向けのメディア媒体から製薬会社での仕事内容を取材したいと要望があり、社内で白羽の矢が立ったのが青山だった。

「MRというお仕事となると、医師や担当者への接待も大変そうですね?」

インタビュアーの質問は続いた。

「確かに、一定の年齢以上の先輩方からは、ゴルフにカラオケと大変だったと話を聞かされます。ですが、今はそうでもないんですよ。というのも2012年に業界でルール改正が行われて、皆さんが思っているような派手な接待というのは無くなっているんです…」




「おう青山、お疲れだったな」

ようやく取材が終わり、胸をなで下ろす青山に声をかけたのは3年先輩の三沢だった。

「お前、明日のアドバイザリー会議後の白石先生の“接待”も任されたらしいな」
「そうなんです。しかも後輩の安倍も連れて行けって言われて…。自分、“接待”は初めてなもので何を喋っていいのか、今から不安です」

三沢が言うアドバイザリー会議とは、自社製品に関して外部有識者に意見をもらう場だった。青山の会社では、大抵その会議後に有識者を食事に招待することになっていた。

取材では派手な接待はないと言ったが、それはあくまで「派手な」接待はないという意味だ。完全に無くなったわけではない。

改正後の業界ルールでは、自社製品に関する講演会や研究会後の立食パーティー、あるいはパネリストや進行役、世話人をしてくれた医師に対して「1人2万円以内」の食事を提供するのは問題なしとされている。

青山は入社して初めて、その任を仰せつかったのだった。

「まあ白石先生は割と気さくな人だから、そこまで気負わなくても大丈夫だろう。だけどあの人、ゴシップが大好きで口が軽い。おだてるのはいいが、くれぐれも会社の不利益になるようなことは口にするなよ」

先輩の三沢は、そう忠告するのだった。


慣れない“接待”でつい酒が進んでしまい…


「白石先生、どうぞこちらに」
「ああ、悪いね。それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ」

白石佳孝(60歳)は地域総合病院で内科部長を務める男だ。実年齢よりも老けた見た目で、決して偉ぶらない態度は、まさに好々爺という表現がぴったり合う。

お酒もつがれるばかりでなく、青山や新人の安倍にまでお酌し、日頃の労をねぎらってくれるのだった。




“接待”に慣れない2人は最初こそ気を張っていたものの、気が緩むのは時間の問題だった。

「青山くんの評判はウチの病院まで届いているよ。たまに院内の雑務なんかも手伝ってくれているんだろう。事務方や看護師らが気のきく若者だと褒めていた。そのうち、業界のエースだなんて言われるんじゃないか?」
「いえいえ、先生、何をおっしゃいますか。僕なんてまだまだですよ。業界にはツワモノがごろごろいますんで」

青山は人並みに酒を飲めたが、その日はいつも以上に酒を飲むペースが速かった。

“あの人、ゴシップが大好きで口が軽い。おだてるのはいいが、くれぐれも会社の不利益になるようなことは口にするなよ”

頭の片隅には先輩の三沢からの忠告が残っていたが、遂には大したことではないと思うようになっていた。

「で、さっき青山くんが言っていたツワモノっていうのは、どれだけすごいんだい?」
「それが、なかには整形までして、関係者に色気を使って心を掴む営業マンもいるようです。噂では、枕営業なんかもしているそうで。それだけの覚悟が私にあるかどうか」

青山は、業界の噂話をあくまでその場を盛り上げるネタとして話したつもりだった。しかし、白石は興味津々といった顔で尋ねるのだった。

「それって誰なの?僕の知っている人かな?」

この時に適当にごまかせば良かったのだろうと、青山は後になって悔やんだ。

「誰だと思います?それは…医療機器メーカーBの田辺さんですよ」

医療機器メーカーBとは青山が勤務する製薬会社Aと多少の取引があったが、普段から頻繁に接点があるわけではなく、田辺という女性についても病院で顔を合わせる程度だった。

「え〜、あの綺麗な女性が。あれって整形なの?しかも、枕営業まで?」

―― 1ヶ月後、青山は上司の近藤保(42歳)に会議室に呼び出された。




「お前、白石先生との食事会の時に医療機器メーカーBの田辺美由紀さんの話をしたか?」
「そういえば、…話したかもしれません」
「じゃあ、田辺さんが整形していて、枕営業までしている、なんていう話をしたか?」

青山が躊躇しつつも頷くと、上司の近藤は頭を抱えた。

「実はな、医療機器メーカーBからウチに連絡があった。同社の女性社員がありもしない性的な噂を流布されたことで人的信用が傷つけられたと、会社にセクハラとして訴えたそうだ。

そこまで言えばわかるよな?その噂を流布した行為者として疑われているのが白石先生と、お前だ。

先方は現状、弊社での事実確認と再発防止対策、そして行為者からの直接の謝罪を要求しているだけだが、どう対応するかは法務と人事の判断に委ねる。お前はその判断に真摯に受けとめ応じるように」

単に場を盛り上げようと話した噂話、しかも白石医師と青山に疑いをかけているのは、自社の人間ではなく、他社の社員…。これってセクハラになる!?


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いよいよ最終回!次回はどんな案件が待ち受けているのか



監修:株式会社インプレッション・ラーニング
代表取締役 藤山 晴久

全国の上場企業の役員から新入社員を対象とした企業内研修や講演会のプランニング、講師を務める。「ハラスメントに振り回されない部下指導法」 「苦手なあの人をクリアする方法」などテーマは多岐にわたる。