就労継続支援A型事業所の退職をめぐり、「自己都合」だとする事業所側と、「退職勧奨による会社都合」だと主張するコウジさんは最後まで対立したという。ハローワークは結局自己都合と判断。コウジさんは「涙が出るほど悔しかった」と振り返る(写真:コウジさん提供)

現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。

今回紹介するのは「収入が少ないので、裁判を起こしたくてもお金がなく、弁護士へ依頼できない」と編集部にメールをくれた34歳の男性だ。

"出勤簿"に記載された内容はうそばかり

大阪府内の就労継続支援A型事業所を利用していたコウジさん(仮名、34歳)は、自治体に開示請求して手に入れた「サービス提供実績記録票」を見てあぜんとした。記載されている内容がうそばかりだったからだ。

サービス提供実績記録票とは一般企業における出勤簿に相当する。例えば2021年10月。記録票では、計5回ある日曜日にすべて利用したことになっていたが、実際は「一度も行っていません。だいたい日曜日は事業所はお休みです」。業務内容は全日「ホテル清掃」と記載されていたが、こちらも「ホテル清掃なんてしたことない」と断言。「利用者確認印」欄の印影についても「これ、僕のハンコじゃないです」。

コウジさんは当時のメモを基に「10月は22日間しか利用していない」と主張する。しかし、記録票では利用日は週末を含め計26日間。この月だけで4日間の水増しである。「そもそもこの記録票自体、開示請求するまで見たことがありませんでした」。

就労継続支援A型事業所とは障害や難病のある人が雇用契約を結んだうえで、職員によるサポートを受けながら働く施設のこと。つまりコウジさんは福祉サービスの利用者であると同時に、労働者でもある。事業所の収入は「利用者の労働による収益」と、「職員が利用者を支援する見返りとして市町村から支払われる報酬(訓練等給付費など)」の2種類。後者の原資は公金で、利用日の水増しは不正請求として行政処分の対象になることもある。

コウジさんがさらに調べたところ、10月以外にも利用日の水増しが見つかったうえ、ほかの利用者たちの書類にも事実とは違う記載が複数箇所あることが判明。昨年11月、自治体の担当部署に「不正請求ではないか」と訴えた。担当者の顔が一気に青ざめたように見えたという。

「私物のカメラ機材を貸してほしい」

「問題はこれだけではありません」とコウジさんは憤る。この事業所で働き始めたのは2021年9月。趣味で一眼レフやビデオカメラなどを持っていたこともあり、求人票の仕事内容に「動画の撮影、編集」とあったことや、ハローワークの担当者から「すごくいい施設だから」と勧められたことが応募の決め手となった。

ところが、採用前の面接でいきなり私物である機材一式を業務用に貸してほしいと頼まれる。相場をはるかに下回る少額のレンタル代は払われたものの、費用は「(実際は休みである)土曜日に出勤したことにして捻出する」と告げられた。事実なら、これもまた利用日の水増しである。「本当は大切にしている自分のカメラをほかの人に使われたくはなかった。でも、動画撮影者を募集していたのはこの事業所だけ。断れませんでした」。

一方でいざ働き始めると仕事はほとんどなかったという。コウジさんは「半年間で大きな案件はミュージックビデオの制作が1回だけ。それ以外は職員から『とりあえず勉強しといて』と言われ、毎日ネットで動画編集に関するサイトを眺めていました」と証言する。1日4時間勤務で、時給は当時の最低賃金と同じ964円。賃金は月約8万5000円だった。

仕事がなければ、賃金も払えない。案の定半年ほどたつと、退職させられる利用者が続出した。コウジさんも「自己都合という形で辞めてほしい」と持ちかけられた。

コウジさんはこれを拒絶。すると今度は突然、鉄道駅周辺の清掃の仕事に行くよう指示される。コウジさんは「雇用契約書に書かれていない業務です」と訴えたが、聞き入れられなかった。その後、「清掃業務」「軽作業」という項目が追加された雇用契約書にあらためて署名捺印するよう迫られた。コウジさんは「動画撮影という最初の約束と違う」と抵抗したが、職員からは「(署名しなければ)懲戒解雇にする」と無理強いされたという。

これでは求人詐欺といわれても仕方ない。一方で仕事がなければ、利用者をクビにするしかないという事業者側の言い分にも一理あるのではないか。するとコウジさんはこう反論した。「解雇や会社都合の退職なら納得できたと思います。でも、強引な退職勧奨や懲戒解雇にするという脅しまでされて、これのどこが自己都合退職なんですか」。

コウジさんは、事業所が自己都合退職にこだわったのは、会社都合退職や解雇を行うと、高齢者や障害者を継続雇用することで得られる助成金の支給が制限されるからではないかと指摘する。実際、後になって開示請求した書類を調べたところ、この事業所が該当する助成金を3年間で600万円近く得ていたことがわかったという。

個人加入できるユニオンに入った

このころ、ほかの利用者たちの間でも「イラスト制作の仕事で18禁の作品を描かされた」「『明日から野菜の袋詰めの仕事に行くように』と言われた」「施設外での仕事に職員が同行していない」といった不適切な処遇を訴える声が上がっていた。

このため同僚5、6人とともに個人加入できるユニオンに入った。ところがその直後、コウジさんは職員2人に飲食店に呼び出され、ユニオンを脱会するよう説得されたという。職員いわく「労働組合なんて意味わからへんところ入って大丈夫なん?」「あなたの体調を思って言うてんねん」「このままやったら仕事任されへんから、抜けてくれへんか」。

労働者が労働組合から脱退することを雇用条件とすることを「黄犬契約」という。違法行為であると同時に使用者として極めて浅ましい行為の1つである。コウジさんが「不当労働行為ですよ」と指摘すると、職員らは「不当労働行為って何?」ととぼけたという。

コウジさんたちはユニオンに相談するなかで、事業所の問題を明らかにするために情報公開制度という方法があることを知る。その中で偶然見つけたのが、冒頭で紹介した身に覚えのないことばかりが記載された「サービス提供実績記録票」だった。

一方でコウジさんには事業所の実態と同じくらい許せないことがある。行政側の対応だ。

自己都合退職を強いられそうになって以来、コウジさんたちは所管の自治体や労働基準監督署、労働局などあらゆる行政機関に足を運び、一連の不当労働行為などについて何十回も訴えた。しかし、問題の「サービス提供実績記録票」を突きつけるまで、どの組織もいっさい動こうとはしてくれなかったという。

担当者から「話は聞くが、その後どうするかは教えられない」「殴られた動画でもあるのか?」と突き放されるのはまだまし。「あなた、成年後見人付けてます?」と聞かれたこともあったという。成年後見人とは認知症や知的障害によって判断能力が不十分な人に代わって法律行為を行う人のことだ。あなたには判断能力がないと言わんばかりの暴言である。

その後も福祉担当の部署から「パワハラは労働問題」と言われたので労働担当の部署に行くと、今後は「それは障害者への虐待なので福祉の問題」と言われるといったたらい回しが繰り返された。

「(就労継続支援A型の利用者は)福祉と労働の制度の狭間に陥っていると感じました。どの担当者もいかにも面倒くさそう、適当に聞いている様子がありありでした」

コウジさんは大阪市内の共働き家庭で育った。「学校の勉強についていけなかった」と言い、高校卒業後は清掃会社の正社員として働く。ところが、勤続数年で会社が倒産。コールセンターの派遣社員に転職したものの、「とにかく電話対応ができなかった」。客や上司から怒られる日々の中で原因不明の発熱が続くようになり、最終的にうつ病と診断された。

職業訓練学校を経て派遣のプログラマーとして働いたが、やはり仕事が遅い、大切なデータを消してしまうといったミスが重なり、再びうつ状態に陥る。心療内科で「僕、発達障害ですよね」と訴え、ADHD(注意欠陥・多動性障害)との診断を受けた。しばらく傷病手当などで食いつないだ後、ハローワークから紹介されたのが問題の事業所だった。

搾取する事業所も少なくない

就労継続支援A型事業所にも理念を持って運営されている施設はある。一方で最底辺の条件・待遇で単純作業ばかりを担わせる、障害者への支援どころか搾取する場になっている事業所も少なくない。コウジさんの月収は障害年金と合わせても13万円ほど。これでは生活保護水準と変わらない。

非正規労働者も含め、企業がいったん採用した以上、できるだけ雇用は維持するべきだというのが私の持論だ。仕事が遅いというなら、教育研修の機会をつくればいい。経営はボランティアではないとの意見もあろうが、「企業は社会の公器」ともいう。コウジさんのように発達障害と診断されることを切望する人を大勢生み出す社会が健全といえるのか。「分厚い中間層」の破壊は、個人消費を支える担い手の喪失にもつながる。

それでも企業がコウジさんのような労働者を排除しなければ生き残れないというなら、代わって行政が責任を担わなければならない。今回はサービス提供実績記録票を見せたことで、自治体はようやく調査に乗り出したようだ。しかし、本来は当事者にここまでの負担を強いる前に、行政は責任を果たすべきだったのではないか。「利用者の中には『事業所よりも行政のほうが悪い』と怒っている人もいました」とコウジさんは言う。

コウジさんは現在、別のA型事業所で動画撮影の仕事をしている。時給は最低賃金に等しい水準だが、支援内容に大きな不満はないという。今望んでいるのは、問題の事業所に相応の行政処分が下されることだ。

しかし、コウジさんは楽観はしていない。事業所側は自治体の聞き取りに対し、一連の事実とは違う記載はいずれも「過誤」、すなわち単なるミスだと主張。不正請求とは認めていないと聞いているからだ。ユニオンの質問に対しても「誤りがあるかは定かではない」との旨を回答。もし誤りだった場合は、コウジさんに過払い分の給与を返還するよう求めているという。

自治体はどうジャッジするのか

今後所管の自治体はどうジャッジするのか。これは、コウジさんがかかわった事業所だけの問題ではない。行政がフェアな姿勢を示すことは、業界全体の正常化にもつながる。


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今回の取材では、当初コウジさんから「話は別の利用者から聞いてほしい」と提案された。理由は「僕は話があまり上手ではないので」。生きづらいことばかりであったろう、これまでの就労経験がそう言わせたのかと思うと、複雑な気持ちになった。

しかし、実際に取材で話を聞く限り、コウジさんにまったく問題はなかった。それどころか福祉や労働に関する制度や法律の知識は驚くほど幅広く、正確だった。開示請求だって簡単なことではない。それらをコウジさんはやり遂げた。私はコウジさんに話を聞けてよかったと思っている。

本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。

(藤田 和恵 : ジャーナリスト)