いじめの厳罰化を進めるフランス(写真:gandhi/PIXTA)

校長と自治体首長が判断できるように

9月に新学年が始まったフランスでは、学校内でのいじめが確定した加害者の生徒を、別の学校への転校させることが可能になった。

「他の生徒の安全や健康リスクをもたらす生徒の意図的かつ反復行為」を正式に確認した場合、校長は「これを終わらせるあらゆる教育措置を実施する義務がある」とし、自治体首長に「加害者生徒を学校から退学させ、自治体内の別の学校に登録する手続きを要請できる」としている。

これまでは被害者の要請があれば転校命令を出せたが、9月からは校長と自治体首長の判断で強制的に転校させることが可能になった。ただし、その自治体内に公立学校が1つしかない場合、生徒の転校は、転校先となる別の自治体の首長が入学させることに同意した場合にのみ行われる。

アタル国民教育相は、今秋の新学年からいじめ撲滅を最優先課題と強調し、欧州連合(EU)議長国フランスはEU全体の優先課題とすべきと主張している。背景にはネットいじめの拡散により、いじめによる生徒の自殺が繰り返され、その深刻さが認識されるようになったことがあげられる。

今年5月12日、フランス北部パ・ド・カレー県ヴァンダン=ル=ヴィエイユの中学に通う女子生徒が、8カ月にわたるいじめやネットでの嫌がらせを苦に自殺した。

この事件はいじめとの戦いが2023学年度の開始に向けた「絶対的な優先事項」(エヌディアイ前教育相)になることにつながった。10代の若者が被害者となるいじめに関する議論が再燃する中、学校やネット上では、いじめ被害者を保護するための解決策が何度も提案された一方、導入されているものは少なすぎるという議論が高まっていた。

生徒の10人に1人がいじめ被害に遭っている

2013年に13歳の娘マリオンさんをいじめによる自殺で失ったノラ・フレイズ氏が設立したいじめ撲滅運動協会「マリオン・ラ・マン・タンデュ」は2021年1月、イル=ド=フランス(パリ首都圏)とともに調査会社Ifopに教師と生徒を対象にした調査を依頼した。

その結果によると、少なくとも41%が「反復的かつ継続的な言葉や身体的、心理的暴力の被害の経験がある」と答えている。そのうち54%が中学校のとき、23%が小学校のときだった。


いじめ厳罰化を報じるフランスの公共ラジオ局のニュースサイト(編集部撮影)

しかも全体の80%が3カ月以上、38%が1年以上にわたり続いたと答えた。さらに、いじめ被害は高額所得層では32%、最貧層では49%で、性的マイノリティ―(LGBT)の生徒の被害数が多いことも判明した。

国民教育省によると、近年、学校側に確認されているだけでも毎年約70万人、全生徒の約10人に1人が学校でいじめ被害に遭っているとされる。

また、子どもの2人に1人が7歳までに、青少年の4人に1人が18歳までにいじめ被害に遭っているというフランス・ユニセフの調査結果もある。フランス・ユネスコは2019年、フランスの初等・中等教育生徒の22%がいじめの影響を受けていると推定している。

現在、フランスでは学校でのいじめの定義は、1人以上の生徒がクラスメート(あるいは学校内外の生徒)1人に対して行う反復的な身体的暴力、言葉や心理的な暴力とされ、「いじめ行為は犯罪」として認識されている。

2022年3月の法改正で、嫌がらせを受けた被害者が自殺または自殺未遂をした場合、最高で懲役10年、罰金15万ユーロ(約2370万円)が科される。さらに8日間以下の完全な就学不能を引き起こした場合、3年以下の懲役および4万5000ユーロの罰金が科され、8日間を超えて完全に就学不能となった場合は、5年以下の懲役および7万5000ユーロの罰金が科される。

過去には学校内で起きたことは学校側、保護者、本人の問題として扱われ、加害者も未成年者であるために犯罪として罪を問うことは正しくないと認識する傾向もあった。だが、ネットいじめがエスカレートして自殺者を出す事態に発展したことで、政府は重い腰を上げた。

さまざまないじめ対策を拡充

フランスでは、いじめ対策(ハラスメントおよびサイバーハランスメント防止)のプログラム(pHARe)も初等・中等教育・高等教育に拡大させている。そのプログラムでは、生徒を保護する専門家とスタッフのコミュニティーを形成し、いじめの状況に効果的に介入し、保護者や学校、教育支援団体、健康や市民権を守る教育環境委員会を動員し、対策実施の進捗状況を監視するとしている。

いじめ専用の情報共有プラットフォームも提供。教育実習生の体系的な研修を皮切りに、すべての教職員が教育現場でのいじめと闘う訓練を受けることが義務づけられ、研修内容も専門機関で構築する。

いじめ防止措置は3段階に分類され、第1レベルは教育チームと生徒、保護者の話し合いによる和解解決で懲戒処分はない。

第2レベルは和解の試みにもかかわらず、いじめが継続され、国の教育機関の教育心理学者や医療関係者が介入し、解決に取り組む段階を差す。

第3レベルは継続的いじめによって被害者生徒の安全に重大な脅威を与えている場合、強制転校も可能としている。第3レベルは昨年3月にいじめが犯罪と定められ、対策強化が検討された結果として、強制転校権が今年9月に校長に与えられた形だ。

2021年に設置されたネット暴力に関する全国相談窓口である3018コールセンターは、いじめを訴える全国ネットいじめホットラインにもなっており、迅速なサポートが受けられるよう整備された。最終的に転校命令を出すまでに複数の専門家が関わるため、いじめの判断は慎重かつ、迅速に行われるとしている。

2022年、3018コールセンター(アプリ含む)には2万5000件の電話とメッセージ相談があった。そのうち52%がネットいじめに関するもので、電話の4分の1は15歳未満の未成年者からだった。また、10件中4件は性的嫌がらせに関するもので、1日平均10件に3件は学校での嫌がらせに関するものだった。

教師の負担増が大きな懸念

一方、政府がいじめ対策に本腰を入れる中、教師の仕事が負担増になるという声もある。

フランスの日刊紙ラ・クロワは、「2023年の教師は教育者であり、児童発達の専門家であり、心理学者であり、ソーシャルワーカーでもある必要がある」と教育社会学者フランソワ・デュベ氏の指摘を紹介している。このようなさまざまな任務が苦痛を伴うものとなり、教師の50%が5年後に転職するということの原因になっているという人もいる。

ただでさえ、社会が子どもにクリエイティブなスキルを要求し、そのスキルアップのため、教師は新たな教育スキルを身につけたり、デジタルな教育ツールを使いこなしたりするスキル習得に苦労している。そこに加えて、いじめ対策強化で被害者や加害者の家庭に介入し、精神的ケアまで行う必要がある。

また、いじめ対策が強化されたことで、法的に犯罪者として裁かれる加害者の恨みを買うことを恐れる教師も少なくない。教員のなり手が激減する懸念もある。

(安部 雅延 : 国際ジャーナリスト(フランス在住))