今年4月、静岡県磐田市にオープンした「スズキラーメン」。どこかで見たことのある青いラインと赤いロゴが目を引く(筆者撮影)

日本の町のどこかで毎日のようにオープンしているラーメン店。総務省統計局「令和3年経済センサス」の産業集計によると、平成28年の時点で日本全国のラーメン店は約1万8000軒あるという。現在はもっと増えているだろう。

開店前から行列ができる人気店をめざすには、おいしいラーメンを作る技術は言うまでもなく、X(旧Twitter)やインスタなどのSNSで新作メニューや限定麺などの情報を発信する力も求められる。それがラーメンやグルメを扱うインフルエンサーに刺さって拡散されると、集客へとつながるからだ。

どこかで見たことのある店構え

今年4月、静岡県磐田市に1軒のラーメン店がオープンした。JR東海道線磐田駅から徒歩30分以上かかるうえ、通行量が多い幹線道路沿いにあるわけでもない。にもかかわらず、連日大盛況。中には大阪や神戸からここを目指して来る客もいるという。

巷の人気店のようにラーメン系インフルエンサーたちのハートを掴んだからではない。その人気の秘密は、店があるロケーションと店名にあるのだ。

静岡県磐田市はヤマハ発動機の本社がある町である。いわば、バイク乗りの聖地。店はヤマハ発動機本社11号館の目の前にあり、その名も「スズキラーメン」。青いラインと赤い文字が目を引く店構えもどこかで見たことがあるような……。

「『スズキラーメン』という店名は、まず、私の苗字が鈴木だからです。ヤマハの本社前でスズキというのは後付けなんですけどね。オープン前、念のためにスズキに電話しました。『ロゴマークは絶対に使わないでください』と。それは当たり前ですよね。店名については『弊社は意見する立場ではありません』とのことでした。実はラインの青と店名の赤も色を微妙に変えています」と、店長の鈴木瑞輝さん。

筆者が「スズキラーメン」のことをバイク乗りの友人に話したところ大爆笑。さらに、

「『ヤマハ本社の前でスズキかよ!』ってツッコミたくなる。バイク乗りなら誰もが行ってみたいと思うだろうな」と、興奮気味に語った。

実際、話をした翌週には友人は磐田市へ向かってバイクを走らせた。「スズキラーメン」の写真がアップされた友人のSNSには多くのバイク仲間からコメントが寄せられて盛り上がっていた。友人に再び連絡を取ってみると、

バイク乗りたちは皆、バイクに乗りたくて仕方がない。だからいつも乗るための口実を探しているんだよね。磐田市なら名古屋市内から2時間もあれば行けるし、ツーリングするにはちょうどよい距離だし」と話していた。


「スズキラーメン」店長の鈴木瑞輝さん。製菓からラーメンに転向した異色の経歴の持ち主(筆者撮影)

「スズキラーメン」は、バイク乗りたちのハートをガッチリと掴んでいるのだ。

「正確に言うと、バイカー(バイク乗り)とワーカー(労働者)がターゲットなんですけどね。ラーメンって、もともと安くておいしいもので、ラーメン屋はサッと食べて、サッと帰るものだと思うんですよ」(鈴木さん)

朝と昼、曜日ごとに異なるスープの濃度

店の注文システムも他店とは少し異なる。まず、券売機で購入した食券をカウンターへ持っていく。鈴木さんや店のスタッフがその場で作ったラーメンを受け取って席へつく、というもの。調理時間はとても早く、1分で茹で上がるうえにのびにくい埼玉県新座市の「村上朝日製麺所」から直送される麺を使っているため2分ほどで提供される。


「スズキラーメン」の店内。テーブルが広いため、見知らぬ客同士が向かい合って座っても気にならない(筆者撮影)

店内は壁に沿って設けられたお一人様用の席と中央の大きなテーブル席の全26席。広いわりに席数が少ないのは、混雑する時間帯にテーブル席で相席になっても気にならないように、席の間隔を広くしてあるためだ。

「ワーカーの中でもとくに現場仕事の方は腹ペコで来られますから、ご飯は50円。しかも、おかわり自由にしています。お米は国産で、時期ごとに産地は変わりますが、現在はあきたこまちを使っています」(鈴木さん)


「ラーメン」。1杯あたり50グラム以上の大きなチャーシューがのる(筆者撮影)

ラーメンについても触れておこう。基本となるノーマルな「ラーメン」は750円。具材は大きめのチャーシュー、ネギと、これまたシンプル。スープは、ベースとなる豚のゲンコツと頭骨、丸鶏を炊き続けて、別の釜でとった新しいスープを継ぎ足していく、久留米ラーメンに用いられる“呼び戻し”という手法で仕込んでいる。骨の髄から染み出る旨味と深いコクが味わえる。

「ウチは朝6時からオープンしていますが、朝と昼、さらには曜日ごとでもスープの濃度が違います。味を均一にすることもできますが、そのためには人もお金もかかるため、今のこの値段で提供することが難しくなります。逆にいつ来ても味が違うことをウリにしてしまおうと。“鈴菌”に感染したバイカーの皆様にも喜んでいただけるのでは(笑)」(鈴木さん)

ちなみに“鈴菌”とは、スズキ製のバイクや自動車を熱狂的に愛する人たちのこと。彼らはホンダやヤマハのバイクに乗る人よりもマニアックな傾向にあるといわれている。

夜限定ラーメン「スズキ改ヨシムラ」

筆者も実際にラーメンを食べさせてもらったが、呼び戻しならではのスープの旨味やコクもさることながら、味わうごとにふわっと広がるほのかな甘味はご飯に合うと思った。

ここのラーメンは鈴菌のみならず、ワーカーにも支持される味であるのは間違いない。ただ、SNSを賑わせている今どきのラーメンと違って、ビジュアルは映えないし、味もそこまで個性的ではない。が、もともとラーメンマニアの受けを狙っていないからこれでよいのだ。

朝6時からオープンしているのは、静岡県藤枝市を発祥の地として焼津市や島田市の通称「志太地域」に広がった食文化、朝ラーを磐田市でも定着させようという試みから。今年7月末までは14時までの営業だったが、8月からは朝昼営業の後に休憩を挟んで、17時から20時半の夜営業も始まるという。


夜限定のラーメン「スズキ改ヨシムラ」(750円)。麺は中太麺になり、朝と昼に提供している「ラーメン」よりもやや茹で時間が長くなる(筆者撮影)

「夜営業では、朝昼に出しているラーメンよりも濃厚な味わいが楽しめるラーメン、その名も『スズキ改ヨシムラ』を提供しています」(鈴木さん)

ヨシムラといえば、スズキと関係が深いパーツメーカーであるが、夜限定のラーメン「スズキ改ヨシムラ」を見て驚愕した。海苔とホウレン草がトッピングされたそのビジュアルは、家系ラーメンそのものだったのだ。あっ、家系ラーメンの元祖で総本山と呼ばれる店も「吉村家」だったのでは……。

「えっ、家系!? いやいや、これは濃厚醤油豚骨ラーメンですから!家系とはまったく関係ありません! 何をおっしゃっているんですか!?」と、鈴木さんは明らかに動揺していた(笑)。この際、ヨシムラでも吉村家でもどちらでも構わないが、夜営業もバイク乗りにバカ受けのようだ。また、ヤマハ本社前という場所柄、昼休みにはヤマハのロゴが入った作業服姿の客も食べに来るという。また、その光景が見たくて店を訪れる客も。今やバイク乗りにとって、ここ「スズキラーメン」は聖地になっている。

(永谷 正樹 : フードライター、フォトグラファー)