奥野一成のマネー&スポーツ講座(39)〜チャットGPTでどうなる?

 昨年度から始まった高校生向けの投資教育。集英高校の家庭科の授業で生徒たちに投資について教えている奥野一成先生は、野球部の顧問も務めている。3年生の野球部女子マネージャー・佐々木由紀と新入部員の野球小僧・鈴木一郎はその奥野先生から、練習の前後などに、経済に関するさまざまな話を聞くのが日課のようになっていた。それにより、テレビで見る経済ニュースなどにもより深い関心を寄せるようになった。

 前回は、最近の株高について、投資という観点からはどうとらえたらいいかという話だった。「いま盛り上がっているから株を買わなければ......」などと焦る必要はないという見解に、深くうなずくふたりだった。

 ふたりに限らず、夏休みを前に高校生たちの間で持ちきりの話題がある。チャットGPTなどの生成AIだ。

鈴木「僕はまだだけど、もう使っている友達もいます」
由紀「そうね。他校では授業に取り入れ始めたなんて話も聞いたわ」
鈴木「実は何冊か課題図書が挙げられて、そのうちの一冊について感想を書くという宿題が出たんです。チャットGPTを使うと3分で完成するなんていう話もあって......」

 ちなみに文部科学省も、夏休みを前に生成AIの取り扱いについて、全国の教育委員会などにガイドラインを伝えている。そこで紹介されている適切な利用法は、英会話の相手をさせたり、グループ学習で不足している視点を見つけるといったもの。一方、夏休みの課題に成果として出すことについては「適切ではない」としている。

鈴木「でも、それがチャットGPTを使ったものかどうかって、どうやってわかるんだろう」
由紀「チャットGPTを使えばわかるんじゃない?」

「まだ教育現場ではおそるおそる......という感じだろうね」と、奥野先生が会話に加わってきた。

奥野「でも、あっという間に使われるようになる可能性は高いと思うな」

由紀「チャットGPTが普及したらどういう世の中になるのかしら」
鈴木「僕らにはどんな影響がありますか?」

【生成AIの現状は?】

奥野「『チャットGPT』は、本当に1日のなかで5回くらい聞く言葉になったよね。生成AIの一種とされているんだけど、じゃあ生成AIってなんだろう。わかるかい?

 生成AIとは、学習したデータをベースにして、新しいコンテンツやデータを作成する人工知能のこと、とでも言えばいいかな。

 たとえば由紀さんが『運動部のマネージャーに必要な能力ってなに?』と打ち込んで質問したとしようか。すると、こんな答えが返ってくる。

『運動部のマネージャーには、部員の健康面や精神面のケア、道具の管理や記録などが求められます。また部員が部活に集中できるように、細かい気遣いが求められますし、部員に自分のことをよく理解してもらうことも大切です(以下、略)』。

 いささか杓子定規というか、『そんなこと知ってるよ』と言いたくなるような回答もあるけど、いろいろ使ってみると、そこそこよくできてはいる。

『AI』という言葉は、実は新しいようで昔からあるんだ。最初にAIがブームになったのは1960年代(諸説ある)で、そこからあまり注目されない冬の時代を経て、1980年代には第2次ブームになったんだ。そして、今のAIブームは第3次と言われていて、これが2006年くらいから今に至るまで続いているって感じだね。

 特に今回の第3次ブームでは、膨大なデータ管理を可能にしたビッグデータ、機械学習の一種であるディープラーニングなどの要素技術が大きく発展したことによって、より人工知能らしいAIが誕生したとも言える。とはいえ、僕が何となくチャットGPTなどを自分でいじっていて思うのは、『これは言葉を単純にうまく回している仕組みにすぎない』ということかな。

 たとえば、『むかしむかし』という言葉がきたら、その次には『あるところに』という言葉へとつながる確率が高い、ということをAIが計算したうえで、その言葉をつなげていく。それを世の中にある膨大なデータの中から短時間で抽出して、随時行なっていくのが、現状における生成AIの実態だと、先生は思っているんだ」

鈴木「映画の『ターミネーター』みたいな世界になるんじゃないかなんて言われていますけど、AIが人間の頭脳を超える日は来るんでしょうか」
由紀「それ、ちょっと怖いかも。ちょっと前の話になるけど、囲碁の世界チャンピオンにAIが勝ったなんてことを聞いたような気がします」

【今後、不要となる仕事が出てくる】

奥野「AIが人間を超えるというのはよく言われる話で、AIが人間よりも賢い知能を、自ら生み出すことが可能になる時点のことを、『シンギュラリティ(技術的特異点)』と言うんだ。まあ、これは人によって考え方が違うから、あくまでも先生の考え方ということで聞いてほしい。

 少なくともチャットGPTの現在のレベルで、シンギュラリティが実現する可能性は極めて低いんじゃないかな。さっきも言ったように、今の生成AIは言葉を単純にうまく回している仕組みにすぎなくて、全く新しいことを考え出したり、ある種の決断を下したりはしていないんだ。

 そしておそらくこれからも、人間が本来的に決断している部分について、AIが取って代わるようなことにはならないのではないか。したがって、シンギュラリティなんてことが起こる可能性は、極めて低いんじゃないのかな。

 ただ、チャットGPTをはじめとする生成AIが普及し始めたことで世の中が大きな影響を受けるのは確かで、たとえば確実にいらなくなる仕事も出てくるね。

 それはまずコンサルタント的な仕事。コンサルタント的な仕事って何かというと、何も決断せずに、『こんなものを作ってみたのですが、いかがですか』『そっちよりも、こっちのほうがいいと思うのですが、どうですか』みたいな提案をする仕事は、おそらく生成AIで十二分にこと足りてしまう。

 要するに、決断する人は必要だし、決断されたことを実行する人は必要だけれども、その間に立って何かを要約したり、整理したりする人、つまり中間管理職がいらなくなるということなんだ」

鈴木「うちの父親、部長です」
由紀「私の父も同じ」

奥野「もしも君たちのお父さんが、上から言われたことを下に伝えているだけのメッセンジャーだったら、早々にリストラ対象になってしまうかもしれないね。厳しい話だけど。

 で、おそらくチャットGPT時代の会社員に求められるのは、投資家的素養なんだ。

 さっきも言ったように、チャットGPTのような生成AIがビジネスの世界に広まれば、経営に必要なファンクションは『決断し、リスクを取ること』になる。

 その点、投資家は日々決断を下し、日々リスクを取っている。投資家ではなく経営者という言葉に置き換えてもいいかもしれないね。生成AIが普及すればするほど、会社員に求められる素養は、決断し、リスクを取ることに絞り込まれていくんだ。

 でも、『決断してリスクを取る』と言うのは簡単だけど、実行するのはなかなか大変だと思うよ。人間って、そもそも積極的にリスクを取りには行きたがらない性質を持っているし、できるだけ休んでいたいと思う生物でしょう。だから日々、決断してリスクを取れる人間というのは相当、無理をして生きていることになる。

 結果として何が起こるかというと、経済的には二極化じゃないかな。決断してリスクを取れる人は、取ったリスクに見合った報酬を得る可能性に恵まれる。一方、数の上では圧倒的に多い、リスクを取らない人たちは、おそらく失業のリスクに直面することになる。それも、かなりの数に上る恐れがあるよね。

 で、そうなった時のセーフティネットとしては、ベーシックインカムの議論が出てくるかもしれないね」

由紀「それディストピアですか?」
鈴木「ベーシックインカムって何ですか?」

奥野「ベーシックインカムというのは最低限所得保障の一種で、政府がすべての国民を対象にして、一律・無条件で現金を給付するしくみのことだよ。たとえば国民1人につき年間200万円を支給するって感じかな。その代わり、現行の公的年金などの社会保障はなくなる可能性がある。

 たとえばさっき言ったようにチャットGPTがビジネスの世界に普及すると、会社にとって必要性のない人が増えてくる。そういう人はリストラされるのだけど、失業者が世の中に溢れると、今度は社会不安が高まってしまう。だから、ベーシックインカムによって最低限、生活できるお金を政府が支給する。

 確かに社会が失業者だらけになるのはディストピアかもしれないけど、ベーシックインカムを受け取って、贅沢はできないものの、働かずにのんびり趣味でも楽しみなが生活できると考えれば、ひょっとするとこれはユートピアなのかも知れない。この仕組みがちゃんと回れば、の話だけどね。

 ただしもうひとつ。ベーシックインカムの議論をするならば、『小さな政府』にしなければならない。

 政府の役目というのは、詰まるところ防衛と警察、外交、あとは所得の再分配くらいのものなんだけど、所得の再分配という点について言えば、ベーシックインカムを導入して国民全員に一律いくら、と払うようになると、予算を振り向けてもらうための陳情なんか必要なくなるから、今のような数の国会議員や公務員は要らなくなるよね。

 ベーシックインカムの議論をするならば、政府の規模を大幅に縮小することが前提になるんだ。でも、それは抵抗勢力がすごそうだから、実現するのは難しいかもしれないね」

奥野一成(おくの・かずしげ)
農林中金バリューインベストメンツ株式会社(NVIC) 常務取締役兼最高投資責任者(CIO)。京都大学法学部卒、ロンドンビジネススクール・ファイナンス学修士(Master in Finance)修了。1992年日本長期信用銀行入行。長銀証券、UBS証券を経て2003年に農林中央金庫入庫。2014年から現職。バフェットの投資哲学に通ずる「長期厳選投資」を実践する日本では稀有なパイオニア。その投資哲学で高い運用実績を上げ続け、機関投資家向けファンドの運用総額は3000億円超を誇る。更に多くの日本人を豊かにするために、機関投資家向けの巨大ファンドを「おおぶね」として個人にも開放している。著書に『教養としての投資』『先生、お金持ちになるにはどうしたらいいですか?』『投資家の思考法』など。『マンガでわかるお金を増やす思考法』が発売中。