プロ野球ペナントレースは100試合を消化しようとしており、両リーグともに優勝争いが本格化してきた。そんななか、4年連続Bクラスのチームを託された広島の新井貴浩監督は、新人監督として優勝争いに絡んでいる。

 開幕前の下馬評は高くなかった。いや、むしろ低かった。昨季からの戦力の上積みは、ドラフト指名した新人や現役ドラフトで巨人から獲得した戸根千明を除けば、新助っ人のマット・デビッドソンくらいで、大きな補強はなかった。

 それゆえ、開幕前の順位予想はほとんどがBクラスで、最下位予想が最も多かった。球団OBでさえもBクラスに予想する者がいたほどだ。


今シーズンから広島の指揮を執る新井貴浩監督

【優勝しか狙っていない】

 評論家でも予想できなかった広島の快進撃を確信していたのが、新井監督自身だ。指導歴のない新人監督だが、ファンからの支持は厚い。預かったチームは4年連続Bクラスと過渡期にあり、1年目のシーズンは若手を多く起用して世代交代を推し進めれば、多少結果が伴わなくてもファンは許してくれただろう。だが、新井監督はそうしなかった。

「優勝しか狙っていない。CS(クライマックス・シリーズ)に入って......なんて思っていない。優勝して、みんなでハワイに行くぞ!」

 開幕戦直前、首脳陣や選手、裏方、スタッフでできて円陣でそう伝えた。士気を高めるための言葉ではなく、心の底から「優勝できる」と信じていた。だからこそ、大胆な世代交代に舵をきることはせず、中長期的視野を持ちながらも1年目のシーズンから頂点しか見ていなかった。

 躍進を支えているのは投手力だ。チーム防御率3.03はリーグ2位(成績はすべて8月8日現在、以下同)。とくに昨季まで課題と言われてきた中継ぎの充実が大きい。

 昨年まで2年連続30セーブ以上を挙げた栗林良吏が開幕直後のケガや不振によって二軍降格となるなか、昨季セットアッパーを務めた矢崎拓也が抑えに定着。ここまでセーブシチュエーションでの失敗も敗戦もない。

 また、これまで役割が定まらなかったニック・ターリー島内颯太郎という左右の速球派が、矢崎につなぐセットアッパーに固定された。ともに制球面や精神面を指摘されることがあったが、今季はそういった言葉は聞かれない。

「ゾーンの中で勝負したらいいから。それで打たれたとしても、次の打者に向かっていく姿を見せてほしい」

 実際に打たれたとしても、次の登板は同じような状況で登板機会がめぐってきた。「やることが明確になった」と島内が言えば、ターリーも「僅差や同点の場面で使ってもらうことで責任感は増す」と語る。言葉だけでなく、起用法によって得た信頼感がふたりの殻を破らせた。

 そこに復調した栗林が加わり、大道温貴や中崎翔太らも奮闘する。リーグトップの20回の逆転勝利は、厚みが増したブルペンの存在が大きい。

【適材適所の選手起用】

 投手陣を整備した抜群のコミュニケーション力は、野手の起用にも発揮される。数字ではなく、内容で判断した。昨季までなら降格候補になるような成績の選手が決勝弾や決勝打でチームを勝利に導いたのは、1試合や2試合ではない。

 スタメンも、相手との対戦データだけを重視するのではなく、自軍のデータを優先して起用することもある。右投手には左打者、左投手には右打者という起用ではなく、左でも左、右でも右を起用することが好結果につながっている。

 チームを"家族"と表現して、昨年秋のキャンプから選手の特徴や性格を見てきた新井監督だからこそできる起用法であり、結果として奏功しているのだろう。

 選手の力を最大限生かす柔軟な起用だけでなく、タクトを振るう采配に選手が呼応している。

 勝負どころだと判断すれば、試合中盤であっても代打策に出て攻撃的な姿勢を示す。攻撃的な選手起用で、ベンチ入りした野手を使いきった試合もあった。

 試合序盤から犠打、セーフティースクイズは大きく減ったが、その代わりに盗塁やヒットエンドランが増えた。背景には、選手に責任を負わせたくないという新井監督の方針がある。仮に失敗したとしても、責任を負うのはサインを出したベンチ。だから、選手は思いきってプレーできる。

 昨年球団最少の26個に終わった盗塁数は、今季すでにリーグトップの54個。赤松真人外野守備・走塁コーチは「選手は変わっていないなかでこれだけ数が増えているのは、技術が急に上がったわけじゃない。選手に『いっていいよ』と後押ししているだけ。選手が失敗したことを考えずにスタートをきることができている」と、新井イズムの効果を口にする。

【セオリーにこだわらない】

 また、勝負勘の鋭さも見逃せない。8月4日の巨人戦(マツダスタジアム)、2対3と1点ビハインドで迎えた9回、新井監督の大胆な一手で勝利を呼び込んだ。

 先頭の菊池涼介がチーム5イニングぶりとなる安打で出塁すると、打席には2番・野間峻祥。相手は巨人の抑え・中川皓太で「まずは同点」と考えれば、得点圏に走者を送ることが定石。だが、新井監督は犠打ではなく「打て」のサインを送った。その場面を新井監督が振り返る。

「野間は四球も選べますし、あそこは野間に賭けました」

 野間はカウント2ボール1ストライクからセンター前に弾き返し、一気に球場の雰囲気を上げると、そのまま劇的なサヨナラ勝利につなげた。

 試合前に対戦相手や自軍の選手の映像を見る監督は少なくないが、新井監督はチェックしない。コーチ陣やスコアラーへの信頼に加え、「一瞬一瞬で変わる試合中の判断が遅れてしまう」と生き物のように変わる試合展開を読みながら、勝負手を打つ。

 ベンチからのサインは、チーム全体へのメッセージとなる。コーチ陣との連携の高さもあって、"新井イズム"は着実に浸透している。代打成功率.235や3点差以内の勝率.609といったリーグトップの数字にも表れている。

 選手層では劣っても、「選手をやる気にさせる言葉」と「勝負どころでムチ打つ采配」で、首位・阪神に食らいつく。ペナントレースの行方を左右する8月戦線を乗り越え、チームを5年ぶりの頂点へと導けるか──新井監督率いるカープが、セ界の主役の座を狙う。