井上尚弥がフルトン戦の直前に「スパーやってくれない?」いとこ・浩樹が感じた恐怖
井上浩樹が語る井上尚弥のフルトン戦 後編
(前編:フルトンKOの作戦に、いとこ・浩輝は「先に言っといてくれよ!」>>)
7月25日のスティーブン・フルトン戦の直前、井上尚弥はいとこの浩樹とスパーリングを行なった。そんな浩樹が、体重が10キロ近く重くても「恐怖を感じた」というスパー、スーパーバンタム級で今後に対戦しそうな相手について語った。
2階級での4団体制覇に期待がかかる井上尚弥
――試合前、尚弥選手とスパーリングをされたそうですね。
――その日程で、スーパーバンタム級より4階級上の浩樹選手とスパーをするというのは驚きです。かねてから決まっていたんですか?
「いえ、当日の朝に起きたら、尚弥から『今日、右でスパーやってくれない?』とLINEが入っていたんです。思わず2度見しましたよ。あれだけ試合が近づいた段階で、僕とスパーをやるなんてワケがわからなかったし、どこかで『冗談であってくれ』とも思いました。それで、『マジ?』と返信したら『マジ』って返ってきちゃったので(笑)」
――浩樹選手は、普段からオーソドックスでの練習もしているんですか?
「フルトンのリーチは179cmで僕と同じくらいなので、何か役に立てることがあるかなと思って、いろいろな映像を見て少し真似するくらいのことはやっていました。でも、まさかスパーを当日の朝にお願いをされるとは思っていませんでした。
とりあえず『わかった』と返信して、できるだけ真似しようとあらためてフルトンの映像を見て研究して、パンチに対する反応とか、避け方を頭の中にインプットして臨んだんですけど......スパー本番では、結局ディフェンスに追われる結果になってしまいました」
――試合間近のスパーに、尚弥選手はどのくらいのテンションで臨んでいたんですか?
「マックスです! テンションマックス。スパーが始まった瞬間に、『これはガチだ』と感じました。そこから6ラウンドです」
――試合の10日前くらいとなると、尚弥選手の体重も相当に落ちていたと思います。そんな中でガチのスパーとなると、浩樹選手には「万が一、ケガでもさせたら......」という思いもあったのでは?
「おそらく、僕とは10キロ近い体重差があったと思います。ケガも頭をよぎりましたが、先ほども言ったように、最終的には自分自身の安全を最優先するのに必死でした(笑)」
――仮想フルトンの浩樹選手を相手に、尚弥選手の戦いぶりは?
「僕が引くほどの攻撃で、ずっと恐怖を感じてました(笑)。こちらが"亀"になってパンチをブロックする方法もあるんですけど、フルトンはそのブロックはしないだろうと思ったので、最後までフルトンらしくディフェンスするように心がけました。打ち方もフルトンらしくしようと意識したんですが、意識しすぎて逆にうまく動けなかったです」
――フルトン戦の8ラウンドで最初のダウンを奪ったシーンでは、左ボディからの右ストレートのコンビネーションでフルトン選手を大きくグラつかせました。ああいった攻撃はスパーでも試していましたか?
「やっていましたね。試合後の会見で、『他に2つか3つある』と言っていた戦略も試していたと思います」
――ボディへのジャブについて、フルトン選手は試合後「見えなかった」と語っていました。浩樹選手はいかがでしたか?
「僕の場合は、階級がだいぶ上で耐久力も違うので、そこに関してはフルトンと少し意識が違ってくると思います。同じ階級、同じ体重であのボディへのジャブを受けるとなれば、かなりの恐怖があるでしょうね。階級が上の僕でもスパーで『怖い』と思ったわけですから、試合で尚弥の強いプレッシャーを受ける状況で、フルトンが『見えない』と言ったのも理解できます」
――試合後、尚弥選手とお祝いなどはしたのでしょうか?
「今回は特にそういうことはありませんでした。以前は一緒にカップラーメンを食べることが恒例だったんですけどね(笑)。尚弥がラスベガスで試合をした時も、みんなでカップラーメンを食べましたし」
――そもそも、どうしてカップラーメンなんですか?
「試合に向けて食生活がストイックになりますから、『久々にジャンクなもの食べようぜ』って感じですかね。ただ今年1年は、僕がカップラーメン食べないと決めたので、今回はナシでした」
――尚弥選手は、試合後にどのくらいで練習を再開するんですか?
「いつもであれば、試合後1、2週間くらい経った頃に『走ろう』と連絡がきますね。僕らからすると、『もう走るの?』という感じです」(※)取材後の、試合から8日後の8月2日、尚弥選手は自身のSNSで「今日からロードワークを開始します!」と練習再開を報告した。
――尚弥選手は試合後、SNSで「全身筋肉痛で起き上がれない、、、、、、」と投稿していましたね。
「それほど、今回の試合は負荷が大きかったんじゃないですかね。最後にフルトンをコーナーに追い詰めて左右の連打を叩き込んだシーンも、パワーというかバネというか、持っている力を超えたものを出していたように感じました」
――確かに今回の試合では、尚弥選手から「絶対にKOする」といった気迫を感じました。
「そう思います。僕は以前から、『尚弥を怒らせちゃダメ』と言っているんです。計量の時や試合前などに尚弥が怒っていると、試合で相手がボコボコにされますから」
――2019年には、相手のエマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)の公開練習を偵察に行った父親でトレーナーの真吾さんが、相手陣営に静止されて突き飛ばされる騒動がありましたね。その試合は、2ラウンド1分19秒でTKO勝利。ダウンしたロドリゲスがセコンドに首を振るシーンも印象的でした。
「その試合もそうですし、2018年5月にバンタム級で最初に戦った(ジェイミー・)マクドネル戦もそう。マクドネルが計量に1時間も遅れ、尚弥はかなり怒っていた。すると試合は、1ラウンド1分52秒であっという間のTKO勝利。尚弥には、怒りを力に変える力があるんですよ」
――フルトン選手に対してはどんな怒りがあったのでしょうか?
「尚弥のバンテージの巻き方について不服を示したことをはじめ、フルトンの態度や視線が見下しているような感じだったんです。尚弥を軽視する感じというんですかね。それもあって、計量の際のフェイスオフでは珍しく尚弥から近づいて、バチバチな感じになったんだと思います」
――フルトン選手が軽視していたのは、尚弥選手に対して「下の階級から上がってきた選手」という認識があったのでしょうか?
「それもあったでしょう。フルトンは階級が上で、2団体のチャンピオン。そして無敗。彼からすれば、『舐められちゃいけない』という気持ちの表れだったのかもしれません。でも、それが尚弥に火をつけてしまった。
だから心を折りにいったんでしょう。フルトンが使うL字ガードを多用したり、どんな局面でも完全に相手を上回るような闘いを見せたのは、やはり相当な怒りがあったから。お互いにリスペクトし合って、『よろしくお願いします』という雰囲気だったら、少しは試合の流れも変わったかもしれません」
<スーパーバンタム級 井上尚弥選手の主な対戦相手候補>
◆WBA&IBF世界王者マーロン・タパレス(31歳/フィリピン)40戦37勝(19KO)3敗
◆元2階級制覇王者 "悪童"ルイス・ネリ(28歳/メキシコ) 36戦35勝(27KO)1敗
◆元3階級制覇王者 ジョンリル・カシメロ(34歳/フィリピン) 37戦33勝(22KO)4敗
◆前WBA&IBF世界王者 ムロジョン・アフマダリエフ(28歳/ウズベキスタン) 12戦11勝(8KO)1敗
――尚弥選手は当面の間、スーパーバンタム級に留まることを示唆しています。次のターゲットは、WBA・IBF王者のマーロン・タパレス。その後の戦いで注目すべき相手は、誰が考えられますか?
「(ジョンリエル・)カシメロですかね。フルトンのように足を使い、距離を取って闘う選手ではなく、一発の爆発力があるファイタータイプ。何を打ってくるかわからないタイプのほうが嫌な感じです」
――タパレス選手に敗れて2団体王者から陥落したムロジョン・アフマダリエフ選手は、五輪銅メダリストで完成度も高いと思いますが、それよりも、カシメロ選手のほうが嫌なタイプ?
「何をやってくるのかわからない、という点ではそうですね。急に振り回してきたり、セオリーどおりの闘いをしない上に、スピードとパワーもあるので」
――ルイス・ネリ選手に関してはいかがでしょうか?
「ネリはスピードが無いので、尚弥に攻撃を当てるのは難しいと思います。それよりも、直近の目標に挙がっているタパレスは、動画で見る限りでは動きも柔らかいし、アフマダリエフを倒すだけあって強くなっていると思いました」
――タパレス選手との試合が予想される中で、尚弥選手が「圧倒的に有利」との見方も多いですが、タパレス選手を過小評価することは危険だと思いますか?
「はい、侮れない相手だと思います。むしろ、フルトンよりもタパレスのほうが怖い。倒すパンチもありますから」
――先の話ですが、尚弥選手がさらに階級を上げる可能性は?
「どうでしょうかね......。減量の様子を見る限り、現在のスーパーバンタム級が最も適しているのかなという印象です。でも、フェザー級でも十分に戦えると思いますよ。5階級制覇の可能性は、十分にあると思います」
【プロフィール】
■井上浩樹(いのうえ・こうき)
1992年5月11日生まれ、神奈川県座間市出身。身長178cm。いとこの井上尚弥・拓真と共に、2人の父である真吾さんの指導で小3からボクシングを始める。アマチュア戦績は130戦112勝(60KO)18敗で通算5冠。2015年12月に大橋ジムでプロデビュー。2019年4月に日本スーパーライト級王座、同年12月にWBOアジアパシフィック同級王座を獲得。2020年7月に日本同級タイトル戦で7回負傷TKO負けを喫し、引退を表明したが2022年2月に復帰を表明した。17戦16勝(13KO)1敗。左ボクサーファイター。アニメやゲームが好きで、自他ともに認める「オタクボクサー」。