井上雄彦×渡邊雄太スペシャル対談03

◆井上雄彦×渡邊雄太・01>>「やっと自分がNBA選手になれた気がしました」
◆井上雄彦×渡邊雄太・02>>コミックス31巻と渡邊少年の『SLAM DUNK』秘話

 かつて経済界では高度成長を、スポーツ界ではサッカーがプロリーグ発足からわずかな期間で世界と肉薄するレベルへ成長を遂げた日本──。世界から俯瞰すると、日本には短時間で驚くべき急成長を遂げるポテンシャルがあるように見えるそうだ。

 今、また同じ例がバスケットボール界にも起きようとしている。そのポイントとなる2023年、これまでとこれから......。渡邊雄太選手と井上雄彦氏にはそれぞれの意見がありながら、目指すべき姿は共通しているように見える。

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渡邊雄太選手(左)と井上雄彦氏(右)の会話は尽きない

【国際大会で勝つかどうかが一番重要】

 井上氏が『SLAM DUNK』を週刊少年ジャンプ誌上で連載していたのは1990〜1996年。それから約30年が経過した今、日本バスケットボール界は目覚ましく進化を遂げ、その成長曲線は今なお上向きだ。

 本場アメリカでは、渡邊雄太選手、八村塁選手がNBAで活躍。日本でもプロリーグであるBリーグが誕生し、バスケ専用のアリーナが各地に作られている。

 日本代表チームも、かつては高すぎる壁だったワールドカップやオリンピックに出場できるようになり、本気で上位を狙えるようになった。この現実をふたりはどう受け止めているのか。

井上 『SLAM DUNK』を連載していたのは、もう30年くらい前......。30年前と今とでは、日本を取り巻くバスケットボール環境は、まったく違ってきている。

 かつてJリーグができて日本のサッカーが変わったように、バスケットボールもBリーグができてJリーグの前例を見ながら、アリーナなどの様々な施策をすごく適切にされている。アリーナ基準の義務づけなども、決して身の丈を超えるものではなく、少しがんばれば手が届くところに目標を置いているので、方針としては正しいと感じるし。

渡邊 僕もBリーグの試合、千葉(ジェッツ)の試合に見に行きましたが、とんでもなく盛り上がっていました。選手のレベルもすごく上がっていると思います。

井上 あとは、バスケットボールそのもので考えた時に、渡邊雄太選手、八村塁選手など、トップオブトップだけが突出しても、日本バスケ界全体が大きく広がるかといったら疑問で。それだけだと、単にこのふたりが「特別な人たちだった」で終わってしまう可能性もある。

 でも、Bリーグも含めてトップの人たちが、日本バスケの裾野部分に夢を見せてくれている。そのことで気運が高まって、より適切に、より正しい努力をしようという環境が整えば、裾野は広がる。裾野が広がれば、それが積み上がっていくことで頂上も高くなる。と同時に、トップに上り詰める日本人選手の数も増えていく......。

 そういう意味では、トップと裾野の両方がうまく連動して動いているのが今の日本バスケ界かと。

渡邊 Bリーグは今、毎シーズンごとに成長していっているリーグだと思います。実際、外国の選手たちも「日本のBリーグでプレーしたい」と考える選手が増えてきていると感じています。それだけリーグの魅力も確立できています。

井上 30年前には30年前の努力も、もちろんあったと思います。当時からの継続があった先に今があることもたしかで。そして今、日本バスケ界はいい形で歯車が噛み合っている感じがある。

渡邊 特に日本は国際大会がすごく盛り上がるといいますか、ファンの人が一体となっていく。それこそサッカーのワールドカップもそうでしたし、野球のWBCもそうで。そして今回はバスケットのワールドカップがあるということで。

 日本でスポーツが盛り上がるかどうかは、国際大会で勝つかどうかが一番重要だと思っています。サッカーや野球が日本でこれだけ人気なのは、これまで国際大会で結果を残してきているからで。そういう意味では今回、日本は開催国のひとつでもありますし、大きなチャンスです。それこそ開催国だった日本が活躍した前回のラグビーワールドカップもそうでしたから。

井上 サッカーなどはJリーグができて、日本が強くなっていって、いろんな選手が海外で活躍して。今や海外で活躍する日本人サッカー選手がたくさんいる。

 でも、これはあくまで僕の個人的な印象であって、事実かどうかはわからないですけど、サッカーのファンの人ってけっこう厳しいことを言う。一方で今の日本のバスケットは渡邊雄太、八村塁がNBAで同時に試合に出て活躍していて、「これ以上、何を言う?」と思ってしまう。

 想像以上に進化していて、感情がついていかない。現実に起きていることを咀嚼できないというか。だから、ひたすら応援するという感覚。

渡邊 でも、日本でバスケにまだサッカーや野球ほどの熱がないのは、僕ら(日本代表)が勝ててないのが一番の原因だと思っているので。今回のワールドカップで勝って一気にバスケ熱に火がつくのか、それとも停滞してしまうのか。どうなるのかという責任も、僕としてはあると思っています。

【トムのバスケットっておもしろい】

 日本におけるバスケットボール人気の盛り上がりを追い風に、8月25日からは2023 FIBA Basketball World Cupが開幕する。日本はフィリピン、インドネシアとともに開催国。日本代表は予選グループEに属し、まずは3試合を沖縄アリーナで戦う。

 世界のなかの日本の現在位置を知り、またこの先の成長を占う大事な戦いを直前に控え、ふたりの胸の内は......。

渡邊 やはり高さや強さで、世界には絶対に勝てない。とにかく展開を早くすることと、スリーポイント(シュート)を高確率で決められるかどうか、というところになってきます。

 スリーポイントが高確率で決まれば最後まで競る試合はできると思いますし、もしそれができなければボロ負けで、予選の3試合もあっという間に終わってしまう。このふたつが特に重要かと。

井上 トム(・ホーバス/日本代表HC)は東京五輪で女子の日本代表を率いていた時に「金メダルを獲る」と公言していたじゃない。今回、男子代表でワールドカップに臨むにあたって、そのような具体的な目標などは言われているの?

渡邊 トムはまず「アジア1位になってパリ(五輪)行きを決める」というのを、わかりやすい目標として掲げてくれています。

井上 なるほど、段階を踏んでいくと。では、それを叶えてほしい。

 トムのバスケットっておもしろい。トランジションが早くて、スリーポイントがバンバン入るのも見ていて気持ちがいい。体格の小さいほうが大きいほうを倒す、というのもおもしろいし。トムはサイズにあまりこだわっていらっしゃらない。そのことが多くの日本人の共感を呼ぶ気がする。

渡邊 今の日本代表チームとはまだそこまで交流できていないのですが(※対談当時)、キャプテンの富樫勇樹とは仲がいいので「チームの雰囲気はどう?」などと、いろいろ聞いていて。彼によると雰囲気はすごくいいらしいです。

 みんなで代表メンバー枠を争っているなか、最終的に落選してしまう選手も当然いるので、厳しい競争はあります。であると同時に、全員で全員を高め合っていると。いい緊張感といい雰囲気のなかで毎日練習ができていると言っていました。

 勇樹とは10代の頃からの仲。僕のなかでは、高校生の頃のイメージがそのまま大きくなった感じなんですけど(笑)、今の若い選手からしたらしっかりしたリーダーなんだと思います。日本代表では僕もリーダーシップを発揮して、彼と一緒に代表チームを引っ張っていければ。

井上 これは余談なんだけど、今、海外のスポーツ紙から聞かれていることがあって。そこに今回のワールドカップに対する日本の質問があって。まだ答えていないんだけど、日本が少し下に見られているような質問が少なくなく......。悔しさを噛み締めつつ、答えを考えているところで。

渡邊 (笑)。

井上 でも、思うのは、世界を驚かせてほしいなということ。トムのバスケットを今回のワールドカップで見せてくれればおもしろい。日本のバスケット自体がおもしろければ、ゲームを見るのがすごく楽しくなる。それが今後、ファンが増えることにもつながる。

 もちろん勝つこと、いい成績を残すことで、日本人がよりバスケットに注目してくれるかもしれない。けれど、バスケット自体の"おもしろさ"もプラスしてあると思う。だから、僕はそういう点にも期待しています。

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 この先の日本バスケットボール界を背負って勝ちに行く選手・渡邊雄太選手と、独特のおもしろい日本バスケを期待する漫画家・井上雄彦氏。どちらの考えが正解、不正解という話ではない。思うことはただひとつ、「日本バスケットの未来のために」。

 日本バスケの歴史にまたひとつ、歴史が刻まれる戦いが、もうすぐ幕を開ける──。

<了>


【profile】
井上雄彦(いのうえ・たけひこ)
1967年1月12日生まれ、鹿児島県伊佐市(旧・大口市)出身。1990年に週刊少年ジャンプにて『SLAM DUNK』、1998年にモーニングにて『バガボンド』、1999年に週刊ヤングジャンプにて『リアル』の連載を開始。2006年に「スラムダンク奨学金」を設立。2022年に監督・脚本を務めた『THE FIRST SLAM DUNK』が公開される。

渡邊雄太(わたなべ・ゆうた)
1994年10月13日生まれ、香川県木田郡出身。尽誠学園を2年連続でウインターカップ準優勝に導いたのち、アメリカ留学を決意。プレップスクールを経由して2014年9月にジョージ・ワシントン大に進学。大学卒業後、サマーリーグで結果を残してメンフィス・グリズリーズとツーウェイ契約を結び、2018年10月に日本人ふたり目のNBA選手となる。その後、トロント・ラプターズやブルックルン・ネッツでプレーし、2023年7月にフェニックス・サンズと契約。ポジション=スモールフォワード。身長206cm、体重98kg。