植田直通(鹿島アントラーズ)インタビュー前編

 欧州での旅を終え、4年半ぶりに鹿島アントラーズに復帰した。センターバックとして、ここまでリーグ戦全試合にフル出場する植田直通のプレーには、確かな成長とリーダーとしての自覚が強く感じられる。

 外の世界で経験した苦悩や葛藤は大きな財産となり、ひと回りもふた回りも大きくなった。また、外の世界を見たことで、鹿島への思いはより強く、そしてより濃くなっている。

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4年半ぶりに鹿島に復帰した植田直通の思いとは?

── 鹿島に戻ってきて半年以上が過ぎましたが、あらためて4年半ぶりに復帰を決めた理由を聞かせてください。

「(2018年7月に)鹿島を飛び出したのは、ロシアワールドカップが終わった直後でした。それから4年半が経ち、今回もカタールワールドカップが終わったタイミングでした。この4年半、自分としてもヨーロッパで挑戦し続けてきたという思いもあり、自分のなかでひと区切りつけたところもありました。

 また、自分が鹿島のために貢献できるうちに帰ってきたいという思いは、ずっと抱いていました。そう思っていただけに、このタイミングでオファーをもらい、鹿島のために戻って戦おうと決意しました」

── 2018年の夏に鹿島を飛び出してヨーロッパに渡った時から、いつか成長して戻ってきたいという思いがあったのでしょうか?

「もちろんです。鹿島に帰ってくることしか考えてなかったし、それ以外の選択肢を考えることは、僕のなかにはありませんでした。ただ、選手の獲得をする・しないを決めるのはクラブなので、このタイミングで自分にオファーを出してくれたクラブに感謝しています」

── 復帰を決めるにあたって、心を動かされるような出来事や言葉はあったのでしょうか?

「監督の(岩政)大樹さんから直接、連絡をもらい、チームの状況やチームとしてどういう戦いをしていきたいかという話をしてくれました。ヨーロッパでも常に鹿島の試合は見ていたのでイメージできる部分も多く、プロチーム(強化部)の方々や大樹さんがずっと声をかけてくれていたので、その期待に応えようと、より強く思いました」

── 岩政監督とのやり取りで、印象に残っている言葉があれば教えてください。

「それは、自分の心のなかにしまっておきたいと思っています。それくらい大切にしています。ただ、大樹さんからは『一緒に戦おう』と言ってもらいました。詳細を明かすことはできないですけど、今すぐにでも鹿島に帰って、ともに戦いたいと思わせてくれる言葉でした」

── 鹿島は、2018年のAFCチャンピオンズリーグ優勝を最後に、4年間タイトルから遠ざかっています。

「以前、僕が在籍していた時とは選手も大幅に入れ替わっているように、チームとして変わろうとする難しい時期だとは思っていました。プロサッカークラブにおいて、そうした移り変わりがあるのは仕方がないと思う部分もありつつ、鹿島は毎年、必ず優勝争いに加わり、さらにタイトルを獲らなければいけないクラブでもある。

 それだけに今の選手やスタッフたちは、かなり苦しい思いをしながら戦っていることは容易に想像できました。だから、自分がこのチームのために少しでも力になれたら、と」

── その思いが復帰の際に、「タイトルを獲るためだけに帰ってきた」という言葉につながっているのですね。

「そうです。でもそれは、僕が高校を卒業して鹿島に加入した時から変わらないことです。鹿島はいつの時代もタイトルを獲らなければいけないクラブであり、一番強いクラブであり続けなければならないですから」

── 鹿島に復帰した今季のプレーを見ると、植田選手がいかにベルギーとフランスで培った経験が大きかったかを実感します。

「鹿島からサークル・ブルージュに移籍した時、個の対応や個の戦いについては(ベルギーでも)問題ないと感じていました。ただ、ベルギーでは、全員が個の力が強い選手たちの集まりなので、日本特有のコミュニケーションを取って、組織で連係しながら守っていくような姿勢はあまり感じませんでした。

 これは自分にとっていい経験になると思い、チームを動かす力や方法を勉強しようと思ったし、そういったところを身につけられたのは、ひとつ成長できたところだと思っています」

── CBとして目の前の相手を守るだけではなく、チーム全体のことを考えてプレーするようになったと?

「以前、鹿島にいた時から、自分に足りないのはそこだと思っていました。自分でチームを動かす力を養わなければと思っていたので、ヨーロッパのチームで自分がチーム全体を動かせるようになれば、自分自身のプレーも変わっていくのではないか、と。だから、意識して練習中や試合中も声をかけるようにしていました」

── サークル・ブルージュのチームメイトは、植田選手の声に耳を傾けてくれたのでしょうか?

「いや、基本的に言うことは聞かないですね(笑)。どうしても個と個の勝負になるので。だから、カバーリングするような意識も少ない。でも、同時にそこがヨーロッパのよさでもあると思いました。

 それでも個人的には、チームとして連動した守備や攻撃をしていくことが重要だと思っていたので、まずはうしろのDFラインだけでも連係を図ろうと働きかけました。だから以前、鹿島にいた時よりも、ヨーロッパに行ってからはしゃべっていたと思いますよ」

── 2021年の冬には、フランスのニーム・オリンピックに期限つき移籍しました。そこではフランスの1部と2部でのプレーを経験しています。ベルギーとはリーグの特徴はまた、違いましたか?

「違いましたね。(フランスは)さらに個が強いように感じました。ベルギーではチームとしての組織的な守備ができるように働きかけようと思っていましたが、フランスに行ったら再び自分の個の力ももっと磨かなければいけないと感じました。

 それくらい個の力が強いアタッカーがゴロゴロといて、そういう選手を相手にするたびに、自分の力が足りないことを痛感させられました。一方で、自分の個の力もまだまだ成長させることができる、とも思わせてくれました」

── 対人の強さにおいて、日本国内でプレーしていた時は誰にも負けないと思っていたのに、フランスではそこすら敵わない相手がいるとことを知ったと?

「ベルギーでも、そう思わせてくれる選手は何人もいましたが、フランスには本当にゴロゴロと、そういう選手がいました。特に(当時リヨンにいた)オランダ代表のメンフィス・デパイと対峙した時には、かなりのレベルの違いを感じました。それはもう、自分の守備力に対して、あらためて考え直さなければいけないほどの」

── おそらくヨーロッパでは、日本で過ごしていた時よりも、自分自身に向き合う時間が多かったのではないかと思います。自分が追い求めていくプレーについて、どのような答えを導き出したのでしょうか?

「それでいうと、今もその答えを探している途中にあると思っています。ヨーロッパでは、毎日が競争でした。練習でも試合でも、自分がどれだけ上(のチーム)に行けるかという勝負の連続でした。

 同じポジションの選手に対して、自分が練習や試合でどれだけ違いを見せることができるか。自分の特徴を生かして、どれだけチームに貢献できるかで、スタメンになるのか、控えに回るのかが決まっていく。常日頃から個々の競争という意識がより強くあるから、ヨーロッパの選手たちはたくましく、そして成長できるのかなと......」

── なるほど。

「だから、できないこともできるようにならなければ、生き残っていけないと思ったし、自分の強みである守備だけでなく、攻撃でもチームにプラスになる部分を築いていかなければいけないと思っていました。

 それでビルドアップやロングフィードといった練習もかなりやりましたが、それでも自分はCBなので、まずは失点しないこと、目の前の相手にやられないことに重きを置いていました」

── フランスでは2部への降格も経験しているように、ヨーロッパで在籍したクラブはいずれも残留争いを強いられていました。優勝を目標に掲げて戦う鹿島との違いを感じたところはありましたか?

「最初はむしろ、そこに衝撃を受けました。(上位に)引き分けたことにチームメイトが喜んでいる姿は、鹿島では考えられないことでした。鹿島では引き分けは、負けと同じ。

 でも、そこで上位相手に勝ち点を拾って、積み上げていく戦い方があることも知ったし、個人個人は自らが上のクラブに昇格することを考えてプレーしている世界だということも知りました。

 みんな、口には出さないけど、自分が個人昇格できればいいと思っているし、自分もそこに対して同じ気持ちでやろうと。もちろん、チームも大事ですけど、自分が上へ行くんだという気持ちも大事だと思いました」

── 植田選手も含め、ヨーロッパで触れ合った多くの選手が個人を強く考えたプレーをしていたから、鹿島に復帰した今季はチームのことを考えてプレーしているように見えます。

「そうですね。気持ち的な変化が大きいかもしれません。ヨーロッパでは自分、自分という選手が多く、僕自身も上へと這い上がってやろうという思いがあった。

 でも、鹿島に帰ってきて、このクラブを勝たせなければいけないという気持ちがあるから、失点するたびに自分の責任、負けるたびに自分の責任だと思っています。自分の目の前のことだけでなく、チーム全体をカバーしたいという思いがあるから、そうやってすべての失点に責任を感じ、チームのことを見るようになってきたのかもしれません」

(後編につづく)

◆植田直通・後編>>「練習に臨む姿勢が変わった」ルーキー時代の紅白戦


【profile】
植田直通(うえだ・なおみち)
1994年10月24日生まれ、熊本県宇土市出身。2013年に大津高から鹿島アントラーズに加入。翌年にJリーグデビューを果たし、日本人屈指のフィジカルを武器に主力へと成長する。日本代表デビューは2017年の中国戦。2018年ロシアW杯メンバーにも選出される。同年7月にベルギーのサークル・ブルージュに移籍。2021年からフランスのニーム・オリンピックでもプレーし、2023シーズンより鹿島に復帰。ポジション=DF。身長186cm、体重79kg。