想い続けていたワールドカップでの猶本光(三菱重工浦和レッズレディース)の初ゴールは、これまでの努力が詰まった一発だった。

 FIFA女子ワールドカップ2戦目のコスタリカ戦で、田中美南(INAC神戸レオネッサ)にボールが入ると、「絶対にターンしてくれるから、そのスペースも空けといたし、サポートではなくその次のプレーを狙おうと思った」(猶本)と、中に入りすぎずに田中(美)から出てくるそのボールを待った。


前半25分にワールドカップ初得点を決めた猶本光

 相手DFがスリップしたことにも助けられたが、ここからの数秒での猶本の判断力、シュートスキルが爆ぜた。ボールをキープすると、GKの位置を、その直前には逆サイドの藤野あおば(日テレ・東京ヴェルディベレーザ)の位置まで確認していた。

「その余裕があったんですよね。(自分で)シュートの選択肢もあったけど、よりゴールに近い選手がいるならと思って......でも、あおばのところに1枚(マークが)ついていたから(自分でシュート)」

 こう振り返る猶本は、このゴールの前に同じ場所を目がけて一度足を振っていた。

「1本打ってみて、いけそうだなって思った」という2度目に放ったシュートは、練習を重ねて習得した無回転シュート。タイミング、コース、威力、申し分のない会心の先制弾だった。

 そしてアシストした田中(美)も猶本と同じ29歳でワールドカップに初出場。猶本が最初にブレイクしたU-20女子ワールドカップで、ともに活躍した旧知の仲だ。互いの特長はもちろん、成長過程から、プレーのクセまですべてを知り尽くしているからこそのポジショニングだった。もちろん、猶本のゴールを見届けた田中(美)は真っ先に彼女のもとに駆け寄った。2人にとってもワールドカップまでの道のりは長かった。

 猶本という選手を初めて目にしたのは、U-16女子代表の活動下だった。足回りの高いスキルを持つ、すばしっこい小柄な選手で、何より心のなかにある熱さがプレーから伝わってきた。そして彼女の真っすぐな眼差しが記憶に残っている。U-19女子アジアカップ直前になでしこジャパンの優勝を目にした猶本は、「来年のU-20女子ワールドカップの予選を兼ねているこの大会でも"優勝"っていうタイトルをもらえるんですか?」と聞いてきた。

 憧れのなでしこジャパンが成し遂げた"優勝"を、少しでも感じられるかもしれないと考えていたのだろう。それから12年の月日が経ち、彼女はなでしこジャパンとして、"優勝"を目指せる場所に立っている。

 24歳でドイツに渡り、フィジカル改善を皮切りに、本格的に多くのスキルアップに取り組んだ。結果、ドイツ移籍から1年後には、懐に深く入り込むプレーにエッジが加わり、シュートレンジは広がった。

 浦和に戻ってからは、チーム志向するサッカーに猶本のポテンシャルがフィットしはじめると、ボランチからトップ下、サイドと、プレーの幅はどんどん広がった。そして、WEリーグ2022-23シーズンはその数々の道が1本に集約されたかのように、悲願のリーグ優勝を掴み取った。猶本は優勝の立役者のひとりとして挙げられる活躍を見せたシーズンの勢いをそのままに、今大会に臨むことができている。

「昔だったら速くて、強い選手に対して自分も速くプレーしなきゃ!って慌てていた時もあったんですけど、今はそんなに慌てなくてもやれるっていうのがわかってきて、そこに自信があるから、1プレー1プレーに余裕が持てていると思います」(猶本)

 次の対戦相手はスペイン。ここから相手の強度がますます上がっていくなかで、勝利に重要な1本を決められるか。ここぞの1ゴールが決まれば、きっと彼女の中で何かが突き抜ける。

「そう感じます。今まで何度も挑戦してきて結果に結びついてなかったので、コスタリカ戦のこの得点が獲れたのは大きかったんですけど、1点では終われない!」と、あらためて気合を入れ直していた。

 彼女にはもうひとつ大きな武器がある。フリーキックだ。今大会背負う「8番」はその背中を見てきた宮間あやがつけていたものだ。

「宮間さんの練習を見ていて何かわかったかって言われると、インパクト、タイミングすべてがすごすぎてわからなかったんですけど(笑)、宮間さんの練習量はすごかったと聞きます。スキルを引き継ぐことは難しかったけど、練習量のところはすごく影響を受けていますね」

 現地入りしてからも、猶本は全体トレーニング後のフリーキック練習に余念がない。狙っている場所があるからだ。決勝トーナメントに進めば、なでしこジャパンのスタイルが通用しなくなる場面も増えるだろう。そんな時、セットプレーで彼女のフリーキックが何かを引き起こすかもしれない。「1点では終われない」――決意を新たにした猶本の2点目を待ちたい。