スマホのバッテリー交換問題について考えてみた!

2023年6月、EUでスマートフォン(スマホ)のバッテリーをユーザーが簡単に交換可能にするための法案(バッテリー搭載製品の生産、設計、および廃棄物管理等に関する新規則)が賛成多数で可決・承認されました。

この法案はそのまま各メーカーにバッテリー交換可能なスマホの販売を義務化するものではありませんが、将来的に義務化される可能性は大いにあります。今回の法案の最大の目的は環境対策であり、バッテリー交換をユーザーが簡便に行えるようにすることで廃棄される端末や部品を削減し、さらにリサイクル可能な部品の選別を容易にすることで環境負荷を下げようという取り組みです。

しかしながら、スマホのバッテリー交換を誰もが簡単に行えるようにすることにはさまざまなリスクが伴います。スマホの価格が年々高額化し、1つの端末を長く使いたい(買い替えサイクルを延ばしたい)というユーザーの声にも後押しされる中、ユーザーによるバッテリー交換を可能にすること(ここでは「バッテリー交換自由化」と表現する)はメリットなのでしょうか。それともデメリットなのでしょうか。

感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回はスマホのバッテリー交換自由化のメリットとデメリットについて考察します。


スマホのバッテリー交換自由化、あなたは賛成派?反対派?


■環境問題から生まれたバッテリー交換自由化案
はじめに、EUでこのような法案が承認された背景をもう一度おさらいしておきます。

最大の理由となるのは環境問題です。人々が毎日持ち歩き日々の生活の中で必要不可欠となった道具であるスマホの全世界での出荷台数は2022年で約12億台(米IDC調べ)にものぼり、スマホ市場が世界的にも飽和し始めている現在、ほぼ同じ台数が中古市場や廃棄処分として処理されていることが推察されます。

そのような状況であるために、スマホ市場の課題として「処分されるスマホをどう減らすか」あるいは「スマホのリサイクル率をどう上げるのか」という問題が浮上してきました。


電子製品とリサイクルは21世紀の大きな課題である


例えば現在販売中のスマホはほとんどがユーザーによるバッテリー交換ができない仕様となっており、そのリサイクルを行うとなるとバッテリー以外にもチップセットやカメラユニット、ディスプレイ素材など、それぞれを細かく解体して分類しなければ高いリサイクル効率を実現できません。

しかしながら、これがバッテリー単体であればより簡単にリサイクル効率を向上させることができます。さらにスマホ自体の利用可能寿命を延ばすことが可能となり、ユーザーは端末購入コストを下げることが可能になります。

こういったメリットから、EUはスマホのバッテリーをユーザーの手で簡単に交換できるようにし、環境負荷を少しでも下げようと法案の承認へと至ったのです。


ユーザーの中にはバッテリー交換が可能になることでより長時間スマホが使いやすくなるというメリットを挙げる人もいるが、その点は今回の法案の承認にはあまり関係がない


■バッテリー交換自由化の多すぎるデメリット
それでは、スマホのバッテリーをユーザーが簡単に交換できるようになることのデメリットはないのでしょうか。これはメリットよりも多くあると筆者は考えます。

まず考えられるのがスマホ本体の重量と厚みの増加です。iPhone型のスマホは登場以来画面の大型化を続けてきましたが、筐体の厚みや重量も年々増加してきました。

2018年前後には200gを超える端末も当たり前のように登場するようになり、現在販売されている端末だけを見ても、「iPhone 14 Pro Max」で240g、「Galaxy S23 Ultra」で234g、「Pixel 7 Pro」で212gにもなります。

ハイエンドスマホの重量が大きいのは純粋にバッテリーのサイズが大きいためであり、それだけバッテリー消費が激しい(≒高性能)ということでもあります。

もしこれがバッテリー交換可能になった場合、裏蓋の取り外し機構や着脱可能なハードケース入りのバッテリー仕様が必須となり、厚みはより大きく、重量はより重くなることが避けられません。

例えば日本国内で販売されるバッテリー交換可能なスマホの代表としては京セラ製の「TORQUE 5G」がありますが、ディスプレイが5.5インチしかないミッドレンジ端末にもかかわらず、本体重量はiPhone 14 Pro Maxをも越える248g、厚みはなんと14.8mm(最厚部20.3mm)もあります。

耐衝撃を謳うタフネス設計であることを差し引いたとしても、バッテリー交換が可能になるというだけで余計に増えた重量や厚みは確実にあります。


唯一無二の端末性能で一定の支持層を持つTORQUE 5G。その開発には並々ならぬ苦労と技術的難題が数多く存在した


そしてこのTORQUE 5Gは、奇しくも「バッテリー交換が可能な端末で高い防水防塵性能と高い処理性能の2つを同時に実現することが非常に難しい」ということも証明しています。これが2つめのデメリットです。

バッテリー交換が可能ということは端末に開閉部がつくということであり、水や埃が内部に入らないようにするための防水防塵設計の難易度が非常に高くなるということでもあります。

それは単にバッテリーの端子部分の保護が甘くなるというだけではありません。

現在のスマホは非常に高性能であり、大量の熱を発します。その熱は現在のスマホの場合筐体の背面などの金属部分をヒートシンクとすることで外部へ放熱する設計となっていますが、これがバッテリー交換を前提とした場合、背面パネルをパッキンで覆うために熱伝導が著しく悪くなり、また筐体内部に防水・防塵用の隔壁を設ける必要が出てくるために現在より圧倒的に排熱が難しくなります。

スマホの防水・防塵性能と熱管理の両立は非常に難易度が高く、筐体のみで完全に密閉される簡易な構造になったからこそスマホの性能が飛躍的に向上したと言っても過言ではありません。

これがバッテリー交換可能になった場合、スマホの性能向上速度は鈍化するどころか、現在可能な性能さえも出せなくなる可能性すらあります。

TORQUE 5Gがミッドレンジ端末である理由も、単にコストの問題だけではなく、ハイエンド端末に用いるチップセットが発する熱を処理しきれないためにこれ以上高い性能のチップセットを搭載することが難しかったという面もあるのです。


電池交換が可能になるのは有り難いが、それによって性能に制限が出るようでは本末転倒でもある


これらに加えて、バッテリーの安全性をユーザーに委ねることになるのが3つめのデメリットです。

バッテリーが端末に内蔵されていて交換ができない場合はメーカーが十分な保証を付けられますが、ユーザーの手による交換が可能になると、バッテリー関連の事故や故障で保証される内容が大きく限定されることになります。

ユーザーが常に純正の予備バッテリーを正規ルートで購入し、正しい手順で運用するとは限りません。むしろメーカーが推奨する利用方法を遵守する人のほうが少ない可能性すらあります。

・非正規ルートで購入する
・格安のサードパーティ製互換製品を購入する
・規格が合っていないバッテリーを使用する
・中古バッテリーを永く使い回す
・新品の正規バッテリーでも正しく装着出来ていない状態で使用する

こういった状況はいくらでも想像できます。

かつて携帯電話(フィーチャーフォン)が全盛だった時代、そのような保証の利かない使用法で発火事故を起こしたり、端末を故障させる事案は尽きませんでした。

さらに予備バッテリーの保管方法や持ち歩き方でも懸念があります。予備バッテリーを保護ケースなどに入れず、そのままバッグなどに入れて端子部分が金属製品と接触し、短絡を起こして発火や爆発事故を起こすという事案がフィーチャーフォン全盛時代には何度もありました。

当時のバッテリーは600mAhや700mAhと比較的小容量でしたが、それでも発火事故などが起きたのです。現在の5,000mAhや6,000mAhといったバッテリーで同様の事故が起きた場合にどうなるのかなど想像もしたくありません。


リチウムイオンバッテリーの危険性については多くの人が知るところだ


そして最後のデメリットとして挙げられるのがスマホのサポート期間の問題です。

バッテリー交換を可能にして欲しいというユーザーの理由の1つに「1つのスマホをより長く使いたいから」という要望があります。

確かに現在のスマホはバッテリーの寿命が実質2〜3年程度で、使い方によっては1年程度でもかなりバッテリーが劣化します。2〜3年経ったスマホでも利用の仕方次第ではまだまだ綺麗で十分に使えるため、バッテリーさえ新品に交換できるならこれで十分だ、と思うのも無理はありません。

とくに4〜5年前からはスマホの性能も十分に成熟し、2〜3世代古いスマホであろうと性能面でまったく不満が出ないということは多々あります。そのため、ますます「バッテリーだけ交換させて欲しい」という要望が出てきたのです。


例えば今Xperia 1 IIを使っているとして、実効性能で何か不満があるだろうか。恐らくほぼ不満はないだろう


しかしながら、ここに落とし穴があります。Androidスマホであれば2〜3年、iPhoneであっても5〜6年でOSのアップデート保証は終了し、セキュリティアップデートもそれに準じます。

サポート期間の切れたスマホを使い続けることはセキュリティリスクが上がるだけではなく、そこに提供されるアプリもまた動作保証が切れたりサポート外として動作しなくなる可能性があるということです。

もちろん、これらの問題を解決するために、GoogleやApple、そしてアプリのメーカーがサポート期間を延長する可能性もありますが、そうなれば当然コストアップに繋がり、端末価格やアプリの価格に転嫁されることとなります。

最悪の場合、サポート期間は一切延長されず、アプリの動作やセキュリティ関連はすべてユーザーの任意となり、サポート期間外の端末利用は一切保証されないという未来も十分に想定されます。

その結果、バッテリー交換可能にはなったものの、バッテリーを交換したくなるタイミングで保証が切れるために結局スマホごと買い替えなければいけないという本末転倒な状況に陥ることも覚悟しなければなりません。


現在のスマホは電子決済やオンラインショッピングツールでもあるため、保証対象外の端末を使い続けることはリスクしかない


■バッテリー交換自由化よりもメーカーによる有償バッテリー交換義務化のほうが現実的
これらのことから、筆者はスマホのバッテリーをユーザーが簡単に交換できるようになることについて非常に否定的です。端的にに言えば「合理性が薄い」のです。

バッテリー交換を可能にしたために本体重量と厚みが増え、防水防塵性能は下がり、バッテリーの安全性も下がり、スマホの処理性能の向上にブレーキが掛かり、端末コストが上がり(価格が上がり)、保証範囲が狭まり、しかし保証期間は今まで通り。そんな未来を想像してしまいます。

もちろん、最初に挙げたようにリサイクル効率の向上などを目的とするならば、ある程度の不便やリスクは許容しなければならないとも考えます。しかしながら、バッテリー交換を可能にすることはその「ある程度」の範囲を大きく逸脱するレベルだと感じるのです。


何を許容し、何を妥協し、何を覚悟すべきか


筆者としては、バッテリー交換をユーザー自身で簡単に行えるようにするのではなく、メーカーに2年以上利用したスマホの有償バッテリー交換サポートを義務付け、さらにバッテリー交換費用にも上限を設ける、などのほうがより現実的でデメリットが少ないと考えます。

例えば日本の場合、リチウムイオンバッテリーの処分方法が地域や自治体、さらにはメーカーや家電量販店でも統一されておらず、対応がバラバラという問題もあります(この件がEUの問題であるためデメリットとしては割愛した)。

せっかくバッテリー交換可能になっても交換したバッテリーが正しくリサイクルされないのでは何の意味もありません。これがメーカーによる交換であれば、バッテリーの回収効率も良く、間違いなくリサイクルへと回すことが可能になります。

現状でさえEUでも日本でもモバイルバッテリーの廃棄方法やリサイクルについて問題が噴出している中、さらにスマホのバッテリーまで増えたらどうなるのか、戦々恐々となってしまいます。

みなさんはスマホのバッテリーを自分で交換したいと思うでしょうか。そこにメリットとデメリットを並べ、どちらを優先すべきだと感じるでしょうか。

筆者が見落としているメリットやデメリットも当然あると思います。そういった部分も含めて、バッテリー交換の是非について一度は考える時間を持ってみるのも良いかもしれません。


安全性と利便性と環境問題の狭間で、あなたは何を想うのか


記事執筆:秋吉 健


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