車いすテニス全仏オープンシングルス準優勝の上地結衣は、パリパラでの金メダルに向けてクレーコート対応を模索中
フランス・パリのスタッド・ローラン・ギャロスで開かれたテニスの全仏オープン。6月6日から5日間にわたり行なわれた車いすの部には、日本から計9人(男子4人、女子4人、クアード1人)が出場した。男子は小田凱人(ときと/東海理化)の初優勝で盛り上がった一方、女子も面白い試合がいくつもあった。
全仏オープンのシングルスで準優勝、ダブルスで優勝した上地結衣
日本勢では、11度目の出場で3大会ぶりの優勝を狙う世界ランキング2位の上地結衣(三井住友銀行)、2020年大会で初出場ながら決勝進出を果たした大谷桃子(かんぽ生命)、今年の全豪オープンベスト4の田中愛美(長谷工コーポレーション)、グランドスラム3戦目の船水梓緒里(ヤフー)という顔ぶれが参戦。男子も同じだが、世界ランキング上位選手のみが出場できるグランドスラムで、16ドローとはいえ実に4分の1を日本人選手が占めた。日本は世界でも随一の車いすテニス強豪国と言える。
そのなかで、女子車いすテニス界の「2強」が、世界1位のディーデ・デ フロート(オランダ)と上地である。両者は全仏オープンまでに54回対戦し、上地の15勝39敗。上地がデ フロートに勝ったのは2021年1月メルボルンオープンの決勝が最後だ。ただ、たしかに勝敗ではデ フロートに水を開けられているが、ふたりの試合は毎回白熱し、スコアの数字以上に観る人を楽しませている。
上地は今年3月、競技用車いすを新しくした。よりスピードを上げてプレーするためにフットレストの位置を5cm下げ、それまでの座っている状態から中腰のような状態に変えた。強みのひとつである機動力に制限がかかってしまうが、ボールにパワーをより伝えることができる。車いすは選手の「脚」であり、数ミリのセッティングの違いで動きがまったく変わってしまうという。
それでも上地は、すべてのショットにパワーとコントロールを備えるデ フロートに勝つために、また来年ローラン・ギャロスを会場に開かれるパリパラリンピックで金メダルを獲得するために、決断。現在はまさにその新しい車いすに乗り、「クレーコートでどこまでプレーできるか」を確認しながら試合をしているところだ。
【クレーコートへの対応力】ちなみに、2012年のロンドンオリンピックではグラスコートのウインブルドンで大会が行なわれたが、パラリンピックは異なる会場のハードコートで実施された。パラリンピック=ハードコートのイメージがあるが、パリ大会では初めてクレーコートが使用される。クレーコートの質は会場によって異なるが、高く弾み、球足は遅くなると言われる。車いすが横滑りすることもあり、漕ぎだしを含めてチェアワークの強化も必要になるサーフェスだ。
上地は1回戦では朱珍珍(中国)を6−3、6−0、準々決勝でカタリナ・クルーガー(ドイツ)を6−1、6−1、準決勝でイスカ・グリフェン(オランダ)を6−3、6−2のストレートで下し、決勝に駒を進めた。ここまでは「かなり自分の意図するプレーができた」と上地。
しかし、決勝のデ フロート戦に対しては、前日に「来るボールの質、ポジション、タイミングもぜんぜん違う」と話していたように、攻めあぐねて自分のペースに持っていけなかった。第1セットは序盤こそリードしたものの、第5ゲームで2度目のブレークを許すとそこから連続でゲームを落とし、第2セットは流れを掴めず、最終的に2−6、0−6と大差をつけられた。
上地は決勝戦を振り返った。
「今日はサーブもあまりよくなかった。それで先に相手に主導権を握られてしまうと、うしろでひとつ返すのが精いっぱいになり、そこから後手にまわるシーンが中盤から続いた。それを打開するために、ボールのペースや自分のポジションを変えたりしたけれど、連続ではポイントが取れなかった。サーブは喫緊の課題。精度を上げてバリエーションを増やすなどして主導権を握れるパターンを作らないと、彼女(デ フロート)にはプレッシャーを与えられない。ゲームの流れは(車いすを変える前の)昨年のほうが取れていたと思うし、クレーコートの特性に今の車いすがマッチしているかどうか、セッティングも含めてどう変えていくかは改めて考えたい」
今年の全仏オープンで得た収穫と課題は、上地が女子の頂点に立つための重要なヒントになりそうだ。これからの彼女のさらなる挑戦を見届けたい。
【日本人3選手もパリパラに向けて進化中】また、大谷は準決勝でデ フロートに3−6、2−6で敗れ、2度目の決勝進出はならなかった。大谷は「ディーデには負けたけれど、ハードよりもクレーのほうが戦いはしやすい。パリパラリンピックはクレーなので前向きにとらえて、どう調整していくかを課題にしたい」と言葉に力を込めた。
大谷は昨年7月下旬、車を運転中にうしろから追突されて頸椎捻挫のケガを負い、一時休養を余儀なくされた。落ち着いて練習ができるようになったのは今年に入ってからだ。現在も復調途中にあるが、快方に向かっているといい、「最近はケガもあって試合に勝っても楽しいと感じられないことがあった。でも、今大会でようやくこの(トップの)舞台に戻ってこられたと実感できた。ここから、やっと前に進めそうです」と話し、最後は笑顔を見せた。
なお、田中はホタッツォ・モンジャネ(南アフリカ)に、グランドスラム3大会目の船水はワイルドカードで出場したポーリン・デルレード(フランス)に1回戦で敗れた。田中と船水は、ともに昨年の全米オープン、今年の全豪オープンに続くグランドスラム3大会目。田中は「自分のテニスに集中しすぎて、うまくゲームにつながらなかった。ずっとトップ10にいる選手はここぞという場面でミスをしないし、集中力を発揮する。このローラン・ギャロスのクレーを経験できてよかったし、来年の全仏とパラリンピックに向けていい準備をしたい」と語った。
ダブルスでは、上地はホタッツォ・モンジャネ(南アフリカ)とペアを組み、決勝でデ フロート/マリア フロレンシア モレノ(アルゼンチン)組を6−2、6−3で下した。上地の全仏オープンのダブルス優勝は2017年大会以来、4度目となる。また大谷は、イスカ・グリフェン(オランダ)と組んで初戦敗退。田中は、朱珍珍(中国)とのペアでベスト4。船水はダブルスも1回戦で敗れた。シングルス後は悔し涙を流していた船水は、「また気持ちを切り替えて頑張りたい」と話し、前を向いていた。
来年8月のパリパラリンピックへ向け、車いすテニスの女子日本人プレイヤーたちは、それぞれ進化を続ける。