6月10日、横浜。ヴィッセル神戸と熾烈な首位争いを演じる横浜F・マリノスは、下位に低迷する柏レイソルを本拠地に迎え、4−3と逆転勝利を飾っている。アディショナルタイムに2ゴールを叩き込む、劇的な幕切れになった。

「魂が震えました。『人生のすべてをかけてマリノスのために』と言っていますが。あらためて、人生をかける価値があるんだと感じました」

 試合後、横浜FMの主将である喜田拓也は、感極まった声音で話している。

「プロ11年目で、数えきれないほどのシーンも経験してきました。でも、これは初めての経験で......。特に宮市(亮)のゴールが決まった時は、まるで地響きが起こったようで、涙を流すチームメイトやスタッフもいて......。言葉にするのが難しいですね」

 スタジアムが揺れるような歓声のなか、なぜ彼らは勝ちきることができたのか。


柏レイソル戦の試合終了直前、逆転ゴールを決めた宮市亮(横浜F・マリノス)

 前半13分、横浜FMはエウベルが相手ディフェンダーのタックルで倒され、PKを得る。これをアンデルソン・ロペスが成功。幸先いい先制点だった。

 しかし、いい入り方はしていない。前線のブラジル人トリオのパワーをたのみに手数をかけずに攻めるのは、威力や効率性を考えたらひとつのやり方だが、「手っ取り早く」というところに雑さが出る。タメを作れず、単調な攻撃に終始。それに引きずられるように、守りもプレスやカバーが雑になった。それはここ数試合、悪い兆候として出ている。

 前半40分、柏の大きな展開を許し、右サイドを簡単に破られる。カバーが明瞭でなく、寄せきれない。クロスをクリアできず、オウンゴールで失点。呆気なく同点に追いつかれてしまった。

 しかし、横浜FMは力技で"ぶん殴る"。オウンゴールを決めてしまったエドゥアルドがお返しにロングパスを入れると、裏に走ったエウベルが受け、GKとの1対1をゴールに流し込む。これで再びリードした。

 これも彼らの強さだが、"大振り"のツケはまたしても出る。

 後半1分、中盤がお粗末な形でラインを越えられてしまい、後手に回ったバックラインは狼狽、右サイドを再び破られる。クロスを折り返されると、これをGKがボールを前にこぼし、あっさり同点にされた。

【流れを変えた水沼宏太と宮市亮】

 その後、横浜FMは反撃に転じるが、前線が孤立し、点が線にならない。後半28分にも、寄せきれずにクロスを上げられると、フロートにヘディングで逆転弾を決められる。

 横浜FMは2−3とリードを許し、窮地に立たされている。

 しかし、王者たる所以は、80分を過ぎてからの戦いにあった。水沼宏太、宮市亮というふたりが交代でピッチに立つと、形勢は一変した。昨年のE−1選手権の日本代表メンバーふたりを切り札に使えるところが、王者の底力だ。

「絶対に試合の流れを変えよう」

 そう誓い合ったふたりが、ギアを入れる。

 まず出足の鋭い守備を見せ、後半42分、水沼が相手ボールに食らいつく。さらに宮市が続けてプレスにいくと、相手DFがたまらずコントロールを乱し、これを奪いきった。相手DFと入れ替わり、スピードを上げようとしたところでファウルを受け、レッドカードを誘発。ひとり少ない状態にした。

 これで優位に立った横浜FMは、柏を押し込む。サイドでポイントを作って、常に3、4人が近距離でボールに絡み、パスを出し引きしながらスペースと時間を作り、崩す。突っ込みすぎ、攻め急いでいた攻撃にリズムを与えた。

 そしてアディショナルタイム、水沼のクロスをアンデルソン・ロペスがヘディングで叩き込み、同点にした。

「右で人を集めながら、ためを作ったら、必ず崩せると思っていたました。ナベ(渡辺皓太)がよく落としてくれましたね。クロスは感覚で上げて。ロペスには『必ずチャンス作るから、(心を)切らすな。絶対に大丈夫だから』って励ましていました。あいつだからこそ、あのボールを決めてくれたと思います」(水沼)

 これで一気にスタジアムは沸きたった。自然と勢いが出る。王者の勝利を信じる空気に満ちた。終了間際、果敢に縦パスを差し込むと、それがこぼれても人が湧き出し、ゴールに迫る。その怒涛こそ、アンジェ・ポステコグルー監督以来、横浜FMの攻撃サッカーの原型と言える。

 マルコス・ジュニオールが左からエリア内に折り返すと、それを受けた宮市が渾身の右足を振る。ボールは相手に当たってぼてぼてと転がりながら、ゴールラインを割った。スタジアムが弾けるように沸騰した。

「いろんな人の想いが乗っていたからこそ、入ったゴールだったと思います。すごい回転で、僕の力ではもうどうしようもなく......。時が止まって、(昨年7月の右膝前十字靭帯のケガからの)リハビリが走馬灯のように感じられて、本当に現役を続けてよかったと思いました。誰かを喜ばせるゴールを決められて、そういう職業っていいなって」(宮市)

 終盤の猛攻は、神がかっていた。冒頭、喜田が振り返ったように、人々の感情が爆発し、それが渦となった。スタジアムの熱気に、選手が突き動かされていた。これが王者の真価だ。

 もちろん、修正すべき点がないわけではない。自ら戦いを難しくしていたところはあった。

「もっとできるチームだ」

 ケヴィン・マスカット監督も選手に伝えたようだが、それは自身の采配も含めてだろう。

 しかし、胸が熱くなる逆転勝利は、選手に問答無用のパワーを与える。王者は、土俵際での強さを改めて証明した。神戸がセレッソ大阪に敗れたことで、代表戦中断前に暫定首位に立った。

 後半戦に向け、横浜FMが帆を高く上げた。