試合前、遠路はるばる柏レイソルの本拠地に乗り込んできた北海道コンサドーレ札幌サポーターの、こんな会話を耳にした。

「今日は3点取られても、4点取って勝つサッカーが見たいね」

「いいね、その展開、最高!」

 もはや札幌ファンにとって、通常の展開では満足できないのかもしれない。


攻撃サッカーの軸として今季8点目を決めた金子拓郎

 2018年にミハイロ・ペトロヴィッチ監督が就任して以降、「攻撃的に魅せて勝つ」を身上とする指揮官のスタイルは着実にチームに浸透し、ファンもそんなサッカーを求めてスタジアムに足を運んでいる。

 そしてこの日の札幌は、ファンの期待をはるかに超える極上のエンタテインメントを演じてみせるのだ。

 立ち上がりから前への圧力を強めた札幌は、ボールを奪えば素早くサイドのスペースを突き、勢いよく柏ゴールに迫っていく。

 最前線の小柏剛を筆頭に、2シャドーの浅野雄也と駒井善成、さらには両翼の金子拓郎とルーカス・フェルナンデスの5人が、マイボールになった瞬間、我先にとばかりサイドのスペースに駆け上がってボールを引き出していく。

 そこで起点を作り、人数をかけて連動。広がった中のスペースに2列目、3列目から入り込んで次々にチャンスを生み出していった。

 10分には荒野拓馬が早々に先制点を奪うと、一度は同点とされるも18分には駒井が勝ち越しゴールをマーク。31分には浅野の鋭いカットインシュートのこぼれ球を小柏が押し込んで、前半のうちに3ゴールと持ち前の攻撃力を遺憾なく発揮した。

「選手たちが非常にすばらしいプレーを見せ、すべてのチャンスが決まっていれば、7点、8点入っていてもおかしくないくらいの前半だったと思う」

 ペトロヴィッチ監督の言葉が大げさに聞こえないほど、札幌の攻撃は柏の守備陣に脅威を与え続けていた。

 ところが前半を終えて、スコアは3-2と1点差。そして後半は、柏が5バックに変更したことでサイドのスペースを消され、前半のようなスピード感あふれる攻撃を繰り出せなくなった。しかも、53分にはミスから同点ゴールを許してしまう。

【今季リーグトップの37得点】

 ただ、それでもスペースがなくとも、札幌は攻撃の手を緩めることはなかった。シャドーの1枚が下りてボールを引き出したり、大きなサイドチェンジで揺さぶりをかけるなど、苦心しながらも柏の守備組織を何とかこじ開けようと試みた。

 そして迎えた69分、CKのこぼれ球を金子が豪快に合わせ勝ち越しに成功。ファンの言葉どおりに「3点取られても4点取って勝つ」展開へと持ち込んだのだ。

 しかし、後半アディショナルタイムにCKから3度目となる同点弾を許してしまう。ただもっとも、この日の札幌はここからがひと味違った。

 その2分後、巧みな連動で中央を崩してエリア内に侵入すると、最後は攻め上がっていた田中駿汰が値千金の決勝ゴールをマーク。一度はオフサイドと判定されたものの、VARによって覆り、ゴールが認められるというシナリオ付きだった。

 楽勝ペースから一転、後半は苦しみ、それでも勝ち越したと思ったら、土壇場で同点とされてしまう。そして、誰もが勝利をあきらめた瞬間に決勝ゴールが生まれるのだから、想像を絶する結末である。スコアは5-4。これには件(くだん)のファンも驚きを隠せなかったに違いない。

「この5年半、私が札幌を率いてから、攻撃に特化したチームとして戦っている。リスクを負って攻撃を仕掛けるなか、相手より1点でも多く点を取って勝つことを目指している。リスクを負えば、点を取られることもある。失点が多いことは、みなさんが指摘したいところだろう」

 リスクを負って攻め込むから、多くのゴールが生まれる。この日の5得点で札幌の今季得点数はリーグトップの37。一方でリスクを負って攻め込むからこそ、失点はリーグワースト3位の31を数える。

 典型的だったのは、2失点目の場面だろう。CKのチャンスから次々にシュートを放ちながら、こぼれ球を相手に拾われてカウンターから独走を許してしまった。

 普通であれば、カウンターに備えて1、2枚をハーフウェーライン付近に待機させておくのだが、ドリブルを仕掛ける柏の選手の前にはGK以外、誰もいなかった。

【時間稼ぎに逃げない美学】

 しかも、札幌とすれば2点リードしていた状況である。果たしてそこまでリスクをかける必要があったのだろうか。それでもペトロヴィッチ監督は、ことなげに言うのだ。

「ゴールを狙う選択をした結果があの失点になったと思うが、逆に言えば、それがゴールになったかもしれない。そこは『たら・れば』の話だが、ゴールを目指していく戦い方のもとで起こってしまった出来事だと思っている」

 3-1とリードした時点で、札幌はバランスを取った戦いに移行してもよかった。選手たちも余計な失点が続いたことに対して、反省の言葉を並べた。それでも根本にあるのは、あくまで攻撃姿勢である。

 田中のゴールで5-4と勝ち越したのち、札幌にはもう一度、カウンターから相手陣内に攻め入る場面があった。そこで無理をせず、コーナー付近にボールを運んで、時間稼ぎをすることも可能なはずだった。

 しかし、札幌の選手たちはそれでも追加点を狙いにいき、実際にあわやという場面を作っている。そのプレーを選択した荒野は、胸を張ってこう答えた。

「それがミシャサッカーだと思う。チームとして最後に勝ち越したからといって守るんじゃなくて、隙あらばもう1点、取りに行く。そういう姿勢は出せたのかなと思います」

 サンフレッチェ広島を皮切りに、浦和レッズにも攻撃スタイルを植えつけ、札幌の選手たちの意識も大きく変えた。類(たぐい)まれなる戦術家であり、美しさを求めるロマンチストでもある「ミシャ」ことペトロヴィッチ監督は、一貫してブレることなくサッカーの魅力を発信し続ける"偉大な伝道師"でもある。