脳によい脂質には、どのようなものがあるか。健康・科学専門のジャーナリストであるマックス・ルガヴェア氏と医師のポール・グレワル氏は「オメガ3系脂肪酸の中、エイコサペンタエン酸(EPA)と、ドコサヘキサエン酸(DHA)は積極的に摂りたい“よい脂肪"だ。これらは認知機能を向上させ、うつ病や精神疾患の症状を改善する効果もある」という――。

※本稿は、マックス・ルガヴェア、ポール・グレワル『脳が強くなる食事 GENIUS FOODS』(かんき出版)の一部を再編集したものです。

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■EPAとDHAは「よい」脂肪

脳をはじめ体内のいたるところに存在する多価不飽和脂肪酸の中でも、最もよく知られるものは、オメガ3系脂肪酸とオメガ6系脂肪酸だ。

この多価不飽和脂肪酸は身体にとって必須の成分だが、体内で合成できないため、食事で摂取する必要がある。

特に重要なオメガ3系脂肪酸は、2つある。エイコサペンタエン酸(EPA)と、ドコサヘキサエン酸(DHA)だ。これらは「よい」脂肪で、天然のサケやサバ、イワシなどの魚、オキアミ、ある種の藻に含まれている。また牧草飼育牛(グラスフェッドビーフ)や、放し飼い(フリーレンジ)の鶏の卵にも少量含まれている。EPAは全身に対して抗炎症作用がある。DHAは、脳を組成する重要な成分で、健康な脳細胞に豊富に含まれている。もう1つのタイプのオメガ3系脂肪酸は、植物に含まれるα-リノレン酸(ALA)だ。ALAを脳細胞が利用するには、EPAとDHAに転換される必要があるが、この働きは非常に限定的で個人差もある。

一方、オメガ6系脂肪酸も脳を正常に働かせるための必須の成分だが、現代のアメリカ人は、これをリノール酸という形で過剰に摂取している。

DHAやEPAといったオメガ3系脂肪酸には抗炎症作用があるのに対して、オメガ6系脂肪酸は、人体の炎症の経路で使われる原料だ。

この経路は、人体が感染症に侵されたときに活性化する経路と同じものだ。私たちの祖先は、オメガ6系脂肪酸とオメガ3系脂肪酸を、だいたい1対1の割合で摂取していたといわれている。だが、現代人は25対1の割合で摂取しているという。つまり、オメガ3系を1グラム摂取するごとに、25グラム(もしくは、それ以上の)のオメガ6系を摂取していることになる。これは、老化の進行をトップギアに入れて、変性のプロセスを加速させてしまう。そして現代社会を苦しめる多くの慢性疾患を引き起こす。そうなれば人々はずっと、どん底にいるような精神状態に陥ってしまうことだろう。

■EPAのサプリを摂ると炎症が軽減する

では身体のために、どんな脂肪の摂り方をすればいいのだろうか?

食事のときに多価不飽和脂肪酸を摂らないようにするのはもちろんだが(たとえば、サラダのドレッシングにちょくちょく隠れているグレープシード油は、オメガ6系とオメガ3系の割合が700対1だ!)、オメガ3系を多く含む自然食品をたくさん食べるようにしよう。具体的には先述した天然の魚や、放し飼いの鶏の卵、牧草飼育(グラスフェッド)や放牧飼育(パスチャーレイズド)の食肉にこだわることだ。このような食品にはオメガ3系がたくさん含まれているが、オメガ6系は少ない。

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もし魚が嫌いなら、あるいは週に2、3回食べることが難しいなら、高品質の魚油のサプリメントを摂ることも検討しよう。オハイオ州立大学の研究によると、抗炎症作用のあるEPAの魚油を1日あたり2085ミリグラム摂った学生は、特定の炎症マーカーが14パーセント減少したという(これは彼らが抱えていた不安の度合いが、同時に20パーセント軽減したことを意味する)。

■DHAは脳を回復させる「肥料」

オメガ3系脂肪酸、とりわけDHAは「脳由来神経栄養因子(BDNF)」というタンパク質を増やすことによって、脳をじかに支えている。

脳の奇跡の肥料といわれるBDNFは、記憶の中枢の神経細胞の新生を促すだけでなく、今ある神経細胞が生き延びられるように助けるボディガードでもある。シャーレ(ペトリ皿)の神経細胞にBDNFを振りかけると、その驚くべきパワーを見ることができる。何かを学んだり覚えたりしたときに神経細胞から伸びるトゲ状の物質──樹状突起が、伸びるのだ。

BDNFの量が増えると、短期間で記憶力や気分、実行機能が改善され、脳の長期的な可塑性も強化される。「可塑性」という言葉は、脳の変化する働きを表す神経科学の用語だ。アルツハイマー病やパーキンソン病などの疾患ではこの可塑性の働きが衰えるが、BDNFも減少する。実際に、アルツハイマー病を発症した脳には、健康な脳の半分のBDNFしかないこともあり、その量も簡単には増えないという。うつ病は、BDNFが減るために生じるともいわれており、BDNFを増やすと症状も改善する。

神経細胞を保護して成長させる、この強力なホルモンを増やす最善策の1つが運動だ。一方、食生活では、オメガ3系脂肪酸のDHAを摂取することが最善策だと言われている。DHAは健康な脳を構築するための重要な成分で、研究者は人類の脳が初期のヒト科から現在の大きさになったのは、この特別な脂肪のおかげだと考えている。魚を食べることによってDHAを含むオメガ3系の血中濃度が高くなると、徐々に脳の体積が増加するのはこれが理由かもしれない。だがDHAの親友、EPAも忘れてはいけない。炎症は脳のBDNFを枯渇させることがわかっているが、EPAがその炎症を強力に抑制してくれるのだ。

■ADHDの子どもの注意力が向上した事例もある

ある研究では、オメガ6系の摂取量が少ない子どもは、実行機能が優れていたという観察結果が出ている。

注意欠如・多動症(ADHD)と診断された子どもたちの場合、その症状は実行機能に関わっていることが多く(現代のADHDの「問題」は、もとより新しいものを探し求めるためにできている脳が、同じ作業を繰り返す仕事や、全員に同じ教育をほどこす制度によってクラッシュした結果、起きている可能性がある)、ある研究ではADHDと診断されていない子どもたちも含めて、オメガ3系のサプリメントを摂取することで注意力が改善したという(私は子どもの頃にマーガリンと穀物油を摂っていたが、私の問題はそれが要因だったのだろうか? はっきりとは断言できない。だが、あながち外れているとも言いきれない)。

■サプリメントの摂取でも劇的な効果

体調を改善するために摂取する脂肪を変えたいなら、思い立ったが吉日だ。

ベルリンのシャリテ医科大学病院の臨床試験によると、ただ魚油のサプリメントを摂取するだけでも効果があるという。この研究では、成人の被験者が1日あたり1320ミリグラムのEPAと、880ミリグラムのDHAを含むオメガ3系脂肪酸のサプリメントを与えられた。26週間後、オメガ3系のサプリメントを摂取した被験者の実行機能が、プラセボ群より26パーセント向上していた。しかもプラセボ群の認知機能は、わずかに低下していた。またオメガ3系を摂取した被験者は、脳の灰白質の容積が増え、「白質が構造的に完全な状態になっていた」という。

写真=iStock.com/sasirin pamai
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たとえば、こう考えてみよう。

白質は脳の高速道路網で、その追い越し車線を通って、データがさまざまな地域のあいだを行き来している。先ほどの研究の場合、オメガ3系のサプリメントの摂取によって、道路の整備チームが出動したかのように、高速道路の凸凹が埋められて滑らかになり、その上、車線まで増えたのと同じ効果があったのだ。

■精神疾患の症状も改善する

もしあなたが世界中で何らかの精神疾患を患う4億5000万人のひとりだったら、食事にオメガ3系脂肪酸をもっと加えれば同じ恩恵が得られるのだろうか?

この問いに答えるべく、メルボルン大学の研究チームが、精神病性障害の病歴のある10代と20代前半の被験者に魚油を与えた(魚油なら精神病治療薬を使う場合と違って偏見を持たれないため、患者にも受け入れやすい)。

この臨床試験の被験者は、それぞれ700ミリグラムのEPAと、480ミリグラムのDHAを毎日与えられた。3カ月後、魚油を摂取したグループは、プラセボ群に比べて精神疾患の症状が出ることが大幅に減っていた。

だが、もっと驚くべき発見があった。

マックス・ルガヴェア、ポール・グレワル『脳が強くなる食事 GENIUS FOODS』(かんき出版)

この7年後に医師が被験者を診察すると、プラセボ群の40パーセントは完全な精神疾患に移行していたが、魚油を摂取した被験者のうち精神疾患に移行していたのは10パーセントだけだった(つまりリスクが4分の1減った)。その上、脳機能がかなり改善し、疾患の症状を抑えるための薬の量も減っていた(それ以前は、精神疾患を抱える成人がオメガ3系脂肪酸を摂取した場合、結果はまちまちだった。だが、この研究は治療が早いほど効果も高くなる可能性を示している)。

では、魚油はメンタルヘルスの万能薬なのだろうか? 残念ながら、答えはノーだ。それでもこの研究は、はっきりとしたエビデンスを提供してくれている。

つまり現代人の食生活は、脳が必要とする栄養とかみ合っておらず、そのアンバランスを正せば、かなりの恩恵が得られると思われる。

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マックス・ルガヴェア健康・科学専門ジャーナリスト
映画製作者。「メドスケープ」「ヴァイス」「ファスト・カンパニー」「デイリー・ビースト」などのメディアに寄稿し、「NBCナイトリーニュース」や「ドクター・オズ・ショー」「ザ・ドクターズ」などのテレビ番組に出演、「ウォールストリートジャーナル」紙で紹介されるなど幅広く活動している。講演者としても人気を博し、ニューヨーク科学アカデミーや、ワイルコーネル医療センターなど権威ある学術機関に講師として招かれた。また、スウェーデンのストックホルムで開催されたバイオハッカーサミットでも講演を行った。2005年から2011年まで、アル・ゴアの「カレントTV」のジャーナリストを務める。主にニューヨークとロサンゼルスを拠点に活動を続けている。
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ポール・グレワル内科医
食生活とライフスタイルという視点から減量や代謝機能、不老長寿のための医療を実践し、講演も行っている内科医。彼自身45キロ近い減量に成功し、その体重を維持している。大きな誇りと情熱を持ちながら、患者が健康に生きるために楽しく続けられる、万人に適用できる療法を探る。ジョンズ・ホプキンズ大学で細胞・分子神経科学の学士号を取得。ラトガース大学メディカル・スクールで医学を学び、ノース・ショア・ロング・アイランド・ジューイッシュ・ホスピタルで研修課程を修了。MyMDメディカルグループを創設し、ニューヨークシティで開業、金融会社や健康管理会社のメディカルアドバイザーを務めている。
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(健康・科学専門ジャーナリスト マックス・ルガヴェア、内科医 ポール・グレワル)