“鶏肉は洗わない”が鉄則…「魚は調理時に洗う?」 食中毒のリスクは? 注意点&コツを専門家が解説
農林水産省や内閣府が、家庭での鶏肉の調理時に水で洗わないよう、以前から注意を呼び掛けています。鶏肉を水で洗うと、肉に付着している細菌「カンピロバクター」がキッチン周辺に飛び散り、食中毒の原因となる可能性があるからです。
ところで、スーパーや鮮魚店で購入した丸魚を調理する際は、しっかり洗わなければならないのでしょうか。洗うことで魚に付いている菌がキッチン周辺に飛び散り、食中毒になる恐れはないのでしょうか。
魚を調理するときの注意点やコツについて、魚食の普及活動や水産物の消費拡大に取り組む、一般社団法人大日本水産会・魚食普及推進センター(東京都千代田区)の早武忠利さんに聞きました。
「魚」「鶏肉」で気を付けるべき菌の性質は異なる
Q.そもそも、スーパーや鮮魚店で購入した丸魚には、どのような菌が付着している可能性があるのでしょうか。
早武さん「魚の食中毒の菌として注意すべきなのは、海水中にいる『腸炎ビブリオ』、海水や魚の内臓に含まれていることがある『ヒスタミン生成菌』の2種類です。
聞き慣れない言葉で心配になる人もいるかもしれませんが、魚に付着しているこれらの菌は、しっかり冷やしていれば増えにくく、真水で洗い流すことができるため、それほど怖がる必要はありません。
製氷技術や流通技術が進歩し、腸炎ビブリオの食中毒の発生件数は、20年前と比較すると100分の1に激減しています。漁師さんも運搬業に携わる人も、消費者の皆さんにおいしい魚を届けるために頑張っているのです」
Q.では、丸魚は調理時にしっかり洗うべきなのでしょうか。もし洗わなかった場合、どのようなリスクが想定されるのでしょうか。
早武さん「調理時にしっかり洗うべきです。魚には海水中の菌以外にも、海藻などが付着していることがあります。表面を真水(水道水)で洗えば、魚に付着した海藻を流しつつ、海水由来の菌を一気に減らせます。
また、真水で洗いながら魚の傷の状態を見極められれば、『傷があれば塩焼き』『傷がなくて太っていれば刺し身』といったように判断できるようになります。すぐにさばく場合は、最初に洗わずにウロコとエラ、内臓を取ってから水洗いでもいいですね。
調理時に魚をしっかり洗わなかった場合、食中毒のリスクが高まります。例えば、サバやサンマなどの赤身魚には、アミノ酸の一種である『ヒスチジン』という成分が含まれています。ヒスチジンは子どもにとって必須のアミノ酸なので、特に積極的に摂取してほしい栄養素です。
一方で、ヒスチジンがあると、ヒスタミン生成菌(海水や魚の内臓に含まれていることがある菌)が食中毒の原因となる『ヒスタミン』を作り出してしまい、これを摂取すると、いわゆる『ヒスタミン食中毒』につながることがあります。
ただし、これも魚をしっかり冷やさずに、雑に加工していた時代に発生していたケースがほとんどです。現代では、基本的に魚は低温で加工・保存されて販売されているので、ヒスタミン食中毒のリスクは減少しています。家庭でも、しっかり冷やされた魚を、エラと内臓を取り除いてから真水で洗えば、生成菌がいなくなるのでそこまで心配することはありません」
Q.鶏肉の調理時に洗うと、付着している菌がキッチン内に飛び散り、食中毒になる恐れがあるといわれています。丸魚を洗った場合は、いかがでしょうか。
早武さん「食中毒の可能性はゼロではありませんが、例えば、魚に付着した腸炎ビブリオの場合、10万〜100万の菌数になってから食中毒が起きるので、跳ねた水が原因で食中毒が発生するリスクはそれほど高くありません。
ただし、魚の調理時に使ったまな板や包丁には、腸炎ビブリオが付着しているため、調理後はしっかり洗ってください。よく洗わないまま野菜などを切ると、残っている菌が食材に付着します。腸炎ビブリオは海水で生きる菌で塩分が好物なので、菌が付着した野菜に塩を加えて浅漬けを作ると、その中で増殖し、食中毒につながる場合があります。
鶏肉に付着しているカンピロバクターは、魚に付着する菌とは違い、数百程度の少ない菌数で食中毒を発生させるのが特徴なので、跳ねた水滴にも注意を払うべきと考えられています。そのため、農水省は『家庭では鶏肉は洗わずに、しっかり加熱調理しましょう』と情報発信しています。これは、多くの人に分かりやすく伝えるためには正しい表現だと思います。
ちなみに、私はスーパーの台で、鶏肉などの生肉をトレーから出して袋などに移し替えている人を見ると、心配な気持ちになります。トレーから生肉を取り出したときに汁が台に飛び散り、後から来た人がサラダ用のレタスを置いたらどうなるでしょうか。食中毒が増える行動は、避けてほしいですね」
魚をさばくときのコツは?
Q.丸魚をさばくときの注意点やコツについて、教えてください。
早武さん「調理前の持ち運びも大事です。店で魚を購入した際は、氷や保冷剤などでしっかりと冷やした状態で持ち帰りましょう。腸炎ビブリオは常温の場合、5分で菌の数が倍に増殖するので、気温が上がる時期は要注意です。魚を購入したら、できるだけ寄り道をせずに帰りましょう。
帰宅した後は、すぐに丸魚を下処理するのがお勧めです。私は帰宅後、すぐにエラと内臓を取り除き、真水でしっかり洗った後、水分をしっかり拭き取ってから冷蔵庫に入れています。このとき、まな板や包丁を使わずにシンクの中でキッチンばさみを使って処理すると、洗い物が最小限となり便利です。
ちなみに、下処理の際は、塩焼きのときに焦げやすいヒレも切ってしまうと便利ですし、サバの煮付けなども、ヒレがないと食べやすいです。下ごしらえが終わった後は、シンクをしっかり洗いましょう。下処理で出た内臓類は、牛乳パックに入れて冷凍すると臭わず快適なので、覚えておいてください」
Q.魚の調理用に、新たにまな板を用意するのが望ましいのでしょうか。
早武さん「まな板は食材別に分けた方がよいですが、そうはいかない場合もあるでしょう。そこで、同じまな板で野菜や魚、肉を同時に調理する場合は、『野菜→魚』『野菜→肉』『野菜→魚→肉』といったように、まずはサラダや漬物などの、加熱しない料理や食材から切り始め、徐々に加熱が必要な食材を切りましょう。
魚を刺し身にして食べたい場合、シンクの中で下処理をすると、まな板が汚れず海水と内臓の菌をまな板に持ち込みません。まな板で内臓を処理したときは、そのまな板をしっかり真水で洗って水気を拭いてから刺し身にしましょう。
食品工場では、加熱したものと非加熱のものを接触させないなど、さまざまな工夫がなされています。家庭でも加熱前の肉をつまんだ箸で加熱した料理を取り分けるのを避けるなど、調理前後の食器類の使い方にも注意が必要です。そう考えると、家庭で鶏肉が入っていたトレーを洗う場合は、食事後が望ましく、その際にシンクもしっかり洗うのが安全だと分かりますね」
Q.家庭で丸魚を開きや干物にする場合は、どうしたらよいでしょうか。塩水を使う場合もあると思います。
早武さん「干物づくりに慣れている人は塩水で内臓を洗う場合もあります。ただ、菌の観点から考えると、家庭ではエラと内臓を取ってから真水でしっかり洗った後、水分を拭き取った上で開き、塩水を使って干物にする方法がお勧めです。
水分が少なくなると悪くなりにくいので、素早く乾かす方法もさまざまですが、冷蔵庫の中で乾かすと初めてでも失敗はないでしょう。暑い日はお勧めできませんが、常温で乾かす場合は風通しが良い場所か、難しい場合は扇風機を使ってもいいですね。丸魚を三枚におろすと骨に身が残ってしまいますが、開きであれば骨に身が残っても無駄にならないので、そういう意味で失敗はありません。
丸魚を買って、魚を下処理しながら一尾ずつ内臓の鮮度などを見極めて、『このイシダイは刺し身』『サバは開きで翌日焼こう!』などと楽しむと手間ではなくなるはずです。丸魚は処理の手間がかかっていない分、安く買えるのでお得ですよ」
Q.魚の切り身を調理するときは、洗わなくても問題ないのでしょうか。
早武さん「基本的に海水や内臓の菌がいない状態で切り身にされているので、洗わなくても問題ありません。ただ、切り口から『ドリップ』と呼ばれる液体が出て気になる場合は、キッチンペーパーで拭いてもいいですし、表面をざっと水洗いしてペーパーで拭く人もいます。塩を振って余分なドリップを外に出してからペーパーで拭くと、さらに生臭さが軽減されますが、好みによるでしょう。
ただし、水分を拭き過ぎると小麦粉などが付きにくくなるので、ソテーに使う場合は、ほどほどに拭きましょう」
刺し身をおいしく食べるには?
Q.刺し身のおいしい食べ方について、教えてください。
早武さん「消費期限が翌日のサク(刺し身用に切り分けた身)を買った場合、当日に半分食べてください。もう半分を翌日に食べると、味と硬さが変わったことに気付くはずです。1日置くと、うまみが増えて食感が柔らかくなっているでしょう。
取れたての魚の刺し身は硬めでうまみは弱いですが、時間がたつと硬さが緩まり、うまみが強くなります。どちらがおいしいかは好みによります。刺し身にする際は、手に菌が付かないように気を付けましょう。
私は硬い食感が好きで、刺し身でも筋部分や皮目などの普通は提供されない部分を食べたい派なので、丸魚をさばくしかありません。
さらに硬さを求めるのであれば、釣りの腕の問題で、まれにしか釣れないスズキのように、活締めの魚が入手できたときだけ楽しめる『洗い』があります。薄切り後に氷水に付けて水分を拭いて食べますが、氷水に付けるのは菌の問題ではなく、鮮度が良過ぎる魚の筋肉に低温刺激を与えることでさらに硬くするためです。硬めの食感が好きな人にはお勧めです。
ここまで深く入り込まずに、アツアツの白米の上にお刺し身をのせて表面に少し熱が通って食感が変わったタイミングで味わったり、しょうゆだけでなくドレッシングでカルパッチョ風にして食べてみたり、サクを買うときに腹側を買うか背中側を買うかで脂のノリを考えたりなど、普段の生活の中で魚を楽しめる方法はいろいろあります。『菌が怖い!』などと前近代的なことを考えずに、普通の生活の中にお魚を加えてくださいね」
このほか、早武さんは、「丸魚の状態で買うと、頭と骨を使っておいしいだしスープを作ることができます。梅雨の時期はイワシがお勧めですし、夏に向けてアジもおいしくなります。外気温に気を付けながら魚をしっかり冷やした状態で持ち帰り、おいしく食べてください」とアドバイスをしています。