「怖い」と言われ…日本に住む黒人たちの苦悩
日本に住むアフリカ系アメリカ人が直面している課題とは(写真:ABC/PIXTA)
12年間日本に住んでいるアフリカ系アメリカ人のアヤナ・ワイズさんは、かつて自身が教えていた関西の幼稚園で心をえぐられるような体験をした。ある園児の親が彼女のことを理由なしに嫌うようになり(「怖い」と言われたらしい)、これが多くの保護者の心情に悪影響を及ぼし、ワイズさんは結果的に契約を打ち切られてしまったのである。
アフリカにルーツを持つ人々の日本におけるアーティスト活動などを支援する「ブラック・クリエイティブ・ジャパン」の創設者でもあるワイズさん(36)は、この体験を経て、日本人と一緒に仕事をしたりすることに警戒心を抱くようになったほか、外国人ゆえに日常的に誤解が生まれることに疲れてしまったという。
ワイズさんは2020年に日本の会社で、フルタイムで働くことは辞めてしまった。「今はパートタイムで仕事をしていますが、多くの人と接触することはありません。それに耐えられないし、うまくつきあえません。今ではできるだけリモートで仕事をしたいと思っています」(ワイズさん)。
日本での仕事にはいつも不安が付きまとう
こうした生活を続ける中で、彼女は自身の心の健康に疑問を持つようになった。
「怖いと言われたり、嫌われたりしたとき、私は皆が私のどこに反応しているのか理解できなかったので、どうしたらいいのかわかりませんでした。私はポジティブな人間で、一生懸命働いていますが、おそらくADHDの要素を持っているので、時々誤解されることがあります。
日本でやったことのあるフルタイムの仕事では、ほぼいつも不安を感じていました。ただ、生活費が必要だったので、何とか乗り切るしかありませんでした。日本を離れたかったのに、お金がなくて、それができなかったのです」
ワイズさんは先月東京で開かれた『Let's Talk About It - Mental Health』のパネルディスカッションに登壇した1人だ。100人が参加した同イベントでは、日本に住む外国人と、外国人を対象にカウンセリングサービスなどを手掛ける「TELL Japan」の専門家らが、日本での生活に適応する難しさなどを語り合った。
言葉も文化もまったく違う国に住むことはエキサイティングであると同時にストレスやショックを受ける場面も少なくない。中でもアフリカ系の人々は、ほかの外国人とは違うストレスを感じている、思うことも少なくないようだ。
東京で開かれたメンタルヘルスについて語り合うパネルディスカッションには約100人が参加した
世界的プロダンサーが体験した「差別」
日本に長期滞在しているテリー・ライトさんも、自身が日本で感じるストレスはほかの外国人のそれとは異なると感じている。
同氏は世界的なプロのダンサーかつスインストラクターで、マライア・キャリー、ウィル・スミス、リル・キム、故ホイットニー・ヒューストンらと共演したこともある。
ライトさんは「ジョージ・フロイド事件」で、アメリカがアフリカ系の人々を不当に扱ってきたことに世界が注目したとき、彼は自身がいかにストレスを感じてきたかを実感したという。もっとも日本文化において黒人がどのように見られていうかを知っていたので、状況が改善することはないと感じていた。ストレスを感じる特定の出来事を挙げるのは難しいが、と前置きしながら、こんなエピソードを話してくれた。
「ある日、息子と一緒に自転車に乗って歩道を走っていたら、年配の日本人男性が、歩道を走っている私を責めながら、肋骨を殴ったんです」とライトさんは、苦笑しながら語った。
「それから彼は私にこう言いました、これは日本だ。ここにはルールがある。気に入らないなら、出ていけ! と。こういった状況では、私たちは少数派です。誰とも話すことができず、孤立して、心の中に溜め込んでしまいます。しかし、こういったことを胸の中に抱え込むことは、間違いなく私の精神的健康によくないでしょう」
「息子の前だったので、言い返すこともできませんでした。とても傷つきました」と、ライトさんは加えた。
「そういう状況では、自分がどう見えるかを気にかける必要があります。その状況で、感情を抑えなければなりません。私の行動全ては、私たち全員に影響してしまう。日本人は、そういった傾向で私たちを見ているのです。これもまた、私の精神的健康への負担となります。本当に孤立感を強く感じます。ボウル一杯の砂糖の中の、ひとつまみのコショウのような気分ですよ」
ブリアンナ・スローターさんは、関西の大学の大学院生だ。スローターさんは、教育目的で来日したアフリカ系アメリカ人だが、留学当初精神的な健康を損ねたのは、クラスメイトの人種差別的な態度と、学校がこうした態度を許容していたことになると考えている。
2017年、高校卒業後すぐ日本にやってきたスローターさんは、その後どういうことが起こるのかまったく想像がつかなかったという。
「その場にいたアフリカ系の学生たちとはほとんど友達になりましたが、黒人ではない学生たちの多くは非常に人種差別的でした。香港出身の学生のことを覚えています。初対面で彼が言ったのは、『はじめまして。私は今まで黒(Black)に会ったことがありません』でした。黒人(Black person)でさえなく、「黒」です。彼は流暢な英語を話していたので、言語の問題ではありません。それは、彼が黒人を指す方法だったということです」
「当時、ほかの留学生と一緒に寮に住んでいました。でも、私が入居したときは、妙な緊張感が漂っていました。全員で一緒に登校して、その中に私がいないことを確認していました。とても奇妙でした」
クラスで人種や奴隷制のような問題が取り上げられるときでさえも、教師は黒人の命を軽視したり、疎外したりする生徒たちの回答を抗議や非難せず、容認していた。そのため、スローターさんは非常に孤立し、ストレスを感じることになった。
メンタルヘルスに影響を与える原因や要因
TELLの執行委員のモーリス・ラブさんよると、ワイズさんらの話は日本に住むあらゆる国籍の多くの外国人のメンタルヘルスに影響を与える原因や要因に触れているという。これらの要因には文化的ショック、言語の壁、仕事関連のストレス、社会的孤立、経済的ストレス、集団や人種に対する差別、環境ストレス(特に地震、台風、津波などを経験したことがない人には影響が大きく、大きなストレスを引き起こす)、そして日本のメンタルヘルスシステムの遅れが含まれるという。
「メンタルヘルスの問題に付随するスティグマ(偏見やラベリング)は、TELLで取り扱う最大の問題の1つです」とラブさんは話す。
同氏によると、TELLのサービスは多く3つの要素に分かれている。1つは英語の自殺予防ホットラインで、すぐに助けを求めることもできる(TELLはもともと、Tokyo English Life Line略)す。2つめはカウンセリング。さまざまな言語でライセンスを持つセラピストと対面で話すことができて、必要に応じて薬を処方できる精神科医に紹介もしている。
そして3つめはアウトリーチで、TELLのカウセラーが例えば、今回のようなイベントに参加するなどしてメンタルヘルスの問題や、TELLについての認識を高める活動をしている。
アフリカ系アメリカ人独自の「課題」
アメリカ出身のンタルヘルスカウンセラーで、パネルディスカッションにも登壇したジャタアン・グラスさんは、アフリカ系アメリカ人たちが日本で直面する独自の課題についてこう語った。
「アフリカ系アメリカ人は、ほかの国の黒人とは異なる自己概念を持っています」とグラスさんは語る。「私たちは自ら愛することを否定され、いわば飢えている状況にあります。だからこそ、日本へ来て自己概念を培おうとするとき、さまざまなニュアンスや発見を認知する必要があり、それがしばしば認知的不協和を引き起こします。学んだことが、人生で経験していることと一致しないことがよくあるのです」
アメリカで「否定された」と感じた人々は、日本へきて同化を試みるが、これもなかなか難しい。自ら「この社会にどうやって溶けこもう、人々は私をどう見ているのだろうか、私は自分をどう見ているのだろうか」と問いかけ続けるという。
「私たちはこれまで安定的かつ健康的な生活を送るために必要なスキルを育てることすら許されていませんでした。もともと(母国での)承認やサポートが欠けていたことに加え、今は同化に対処しなければならないのです。これはアフリカ系アメリカ人特有の体験ではないでしょうか」(グラスさん)
もちろん日本の伴侶や友人、同僚を持ち、日本で素晴らしい経験をしているアフリカ系外国人も多くいる。すべての日本人がアフリカ系の人々に向けて偏見を持ち、差別的に接しているわけでもないが、一部の人の言動がスティグマを与えてしまうことがある。
在日外国人にとって重要なのはTELLのような組織の存在を知ることだろう。一方、日本人も日本に住む外国人と触れる機会が増える中で、彼らが孤独感や孤立感を感じていないか、言語などで不便な思いをしていないかなど、まずは周りの人に対して思いを巡らせてもいいのではないだろうか。
(バイエ・マクニール : 作家)