部下が動かない…そんな悩みも管理職にはあります(写真:kapinon/PIXTA)

「日本人の2倍働いて3倍稼ぐ」と言われる外資系管理職だが、どうすれば、そのような働き方ができるのか。また、AI・テクノロジー社会で生き残る管理職の条件とは何か。

このたび、ロングセラー定番書の新版『新 管理職1年目の教科書:外資系マネジャーが必ず成果を上げる36のルール』を刊行した櫻田毅氏が、「2倍働き、チームの成果を最大化」する外資系管理職に共通する、意思決定、部下育成、権限委譲などの仕事のルールについて解説する。

「君ならできる」では部下は動かない

環境変化のスピードが速く、正解のない問題に直面することが増えてくる時代です。チームのメンバー一人ひとりが、未経験のこと、新しいことに挑戦する気持ちがなくてはチームの成果は上がっていきません。


そこで、上司は部下に挑戦的な仕事や難易度の高い仕事を任せようとするのですが、喜び勇んで前向きに取り組もうとする人がいる一方で、「いや、私には」と尻込みする人もいます。

自信がないため、気持ちが消極的になってしまうのです。そのようなとき、上司は「大丈夫だ、君ならできる」という言葉で励まそうとします。部下も、そのような上司の言葉に後押しされて、「わかりました、やってみます」と返す――このようなケースがよく見られてきました。

しかし、時代とともに、このようなやりとりが成立しなくなっています。上司が「君ならできる」と励ましても、部下からは「いや、私には」としか返ってこないのです。

なぜ、このようなことが起きているのでしょうか。そして、上司は部下にどのような言葉をかければよいのでしょうか。

そもそも「君ならできる」というのは、なぜそう思うのかという根拠を添える必要がない、言いっぱなしで許される語感を持っています。すなわち、誰でも、いつでも、特に根拠がなくても使える、上司にとって極めて都合の良い気合いの言葉なのです。

それでも、これまで、「君ならできる」が通用したのは、雇用が保証されて職業人生に不安がない時代だったからです。上司に対して忠実に役割を果たしておけば立場が保証されているからこそ、部下はそこまで言ってくれる上司の期待に応えようとするのです。

そこで、上司側にも、「君ならできる」と言っておけば部下はやってくれるだろうという甘えが生まれ、「君ならできる」「やってみます」という気合いの応酬で仕事が成り立っていました。

ところが、時代とともに雇用や処遇の保証がなくなりつつあります。自分の能力や成長に不安を持ち、このままで自分は大丈夫だろうかと、ネガティブに考えてしまう人が増えてきました。そのような人たちは、何の根拠もなしに「君ならできる」と言われたところで何も変わりません。

部下に示すべきは「君だからできる」の根拠

上司が本当に部下を信じているのであれば、かけるべき言葉は「君だからできる」です。「君だからできる」には、言いっぱなしではなく、その根拠を言わざるを得ない語感があるからです。

「この前も自分で考えたアイデアを実現した君だから、そんな君だからこそ私はできると思っている」「これまで地道に業務改善を行ってきた君だからできると思う」「失敗から本質的な顧客ニーズの重要性を学んだ君だから、そんな君だからこそ、私はできると思っている」

「君ならできる」とその場のノリで言いっぱなしにされる場合と違って、なぜそう思うのかといった根拠を伴う上司の「君だからできる」によって、部下は自分でも気づいていなかった能力や成長を自覚し、「できるかも」と感じます。

米国系企業に勤めていたときの私の上司だった米国人のM氏は、私に仕事を依頼するときには難易度が高ければ高いほど、”You are the best person, because……(あなたがこの仕事に最もふさわしい人だ。なぜならば……)”と、そう思う根拠を真剣に語ってくれていました。

自分でも忘れていたようなことまで覚えていて、自分のことをよく見てくれているという安心感とともに、そこまで言われるならと、全力で応えようという気になっていくのです。

さらに、彼は常に、「自分にどのようなサポートができるのか?」とも聞いてくれていました。M氏は日本法人のCEOとして米国親会社の幹部連中と太いパイプを持っていたので、米国の社員の協力を仰ぐ必要があるときなど、「では、1つお願いが」と力を貸してもらっていました。

このように、上司は「君だから」を伝えたあとに、自分がサポートすることを明確に伝える必要があります。部下に挑戦してもらうだけでなく、自分も必要なサポートをすることをコミットするのです。

部下を理解するための「部下データベース」

「君だからできる」の根拠を伝えるためには、普段から部下をよく観察しておく必要があります。何となく見ているだけでは、部下の経験や専門的なスキル、仕事への意欲や特性などを正確に把握することはできません。それでは、せっかくの「君だから」に添える言葉が、その場限りのでまかせになってしまい逆効果です。

私は部下には内緒で「部下データベース」をつくっていました。職歴、専門性、これまで経験してきた業務、ここまで出してきた成果などをエクセルに記録しておくのです。

さらに、自分が感じた部下の特性や強み、苦手だと感じること、成長してきたと思う分野なども、随時、更新していきます。日常のコミュニケーションはもちろんのこと、能力開発や育成にも役立てていました。

セキュリティには細心の注意を払っていましたが、情報を蓄積する受け皿をつくっておくことで、部下の仕事ぶりにより一層の関心が向くようになります。部下の顔を思い浮かべながらデータを更新するたびに、部下の情報が頭に刻み込まれます。

正解のない時代に自分で考えて行動する部下を育成するには、しかも自信を持てなくてネガティブになりがちな部下に対しては、まず、自分が信じて期待していることを明確な根拠とともに伝えることです。そのうえで、挑戦の機会を与えて必要なサポートをすることで、成功体験を積ませることが大切です。

自分をよく見てくれている上司から根拠のある激励を受け、さらに具体的なサポートを確約してくれる――そのとき初めて部下は、「自分だからできる」と思い始めるのです。

(櫻田 毅 : 人材活性ビジネスコーチ)