「クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ」展示風景/アンディ・ウォーホール《マリリン・モンロー》1967年、東京都現代美術館蔵(C) The Andy Warhol Foundation for the Visual Arts, Inc. / Licensed by ADAGP, Paris 2022

 東京都現代美術館で開催中の「クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ」展の盛況が話題になっています。

 メゾン・クリスチャン・ディオールの70周年を記念して企画された展覧会で、2017年、パリの装飾芸術美術館で約80万人が来場する成功を収めた後、ロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館、上海のロング・ミュージアム、中国の成都当代美術館、ニューヨークのブルックリン美術館、ドーハのM7などで開催され、昨年12月21日から5月28日まで同館で開催中。日本初上陸のドレスや資料を含む1500点以上が展示されています。

 ぜひ観たいとは思いましたが、半年も開催しているし、そのうち行こうと思っていたら、オンライン予約優先チケット(日時指定券)はすぐに埋まってしまい、当日券も連日ほとんど午前中に完売してしまうという話を聞きました。実際にサイトをのぞいてみると、空きはなし。たまにキャンセルによる再販が出ても,即座に埋まってしまうようです。

 美術館は、5月13日からの土日に20時まで臨時で夜間開館を実施するなど対策を講じていますが、会期中のウェブ予約は、4月5日からの受付を残すのみで、この争奪戦は必至。見逃しては大変! と一念発起して、先日、平日の朝8時に美術館に行ってみました。

 すると、噂にたがわず、こんな早朝から100人は並んでいるかという大行列! ディオールのファッションでバッチリきめているカップルがいたり、外国語もたくさん飛び交っていました。さまざまな年齢層の女性が多くいらっしゃるのは当然として、男性も多く、関心の高さが感じられました。そして、無事10時半の回に入場することができました。

 展覧会に話を移しましょう。

 クリスチャン・ディオール(1905〜1957)は、言うまでもなく、世界に名だたるオートクチュールの第一人者。

「クチュリエ」とは、パリのオートクチュール組合に加盟する高級服飾店のデザイナーのこと。オートクチュールという手作業で仕立てられた独創的な衣服は、ファッションショーで発表された後、個々の顧客のサイズに合わせて仕立てられます。アトリエで用いられる高度な技術には、厳格な守秘義務が課されているという、まさにフランスの文化です。

 日本会場では、日本文化へのオマージュとして新たな空間をデザインし、クリスチャン・ディオールの先駆的なビジョンから始まった75年以上にわたる創造の情熱を展示。フロランス・ミュラーのキュレーション、空間演出はアメリカの建築設計事務所OMAパートナーで、注目の建築家・重松象平、ビジュアルおよびポスターは写真家の高木由利子を起用しました。

 クリスチャン・ディオールが日本と育んだ特別な絆を表す展示は、日本でしか見られないものです。

 なぜ日本? 実は、ディオール氏が生まれ育ったフランス・グランヴィルの家は日本趣味の家で、彼にとって、日本文化は幼少期から身近なものだったそう。

 また、国境を越えてメゾンの歴史を紡ぐ重要性を理解していた同氏は英国、米国との関係を築いたのち、1953年にコレクションを日本で提案。ディオールは日本に初めて進出したヨーロッパのクチュリエとなりました。鐘紡、大丸との間で、ディオールの型紙を用いて日本女性のスタイルに合わせたモデルを仕立てる契約も締結。1954年には、クチュリエは京織物の老舗である龍村美術織物の生地を用いて、コート「Rashomon(羅生門)」など3点を制作しています。

 さらに、1959年4月10日、明仁親王殿下(現上皇陛下)と正田美智子さん(現上皇后陛下)のご成婚祝賀行事にあたって、美智子さんがメゾン・ディオールのウェディングドレスを着用したことは、日本人にも強い印象を与えたはずです。

 展覧会の構成をざっくりお伝えすると、ディオールの名前を世界に広めることになった革命的な「ニュールック」の現代性にスポットを当てた展示からスタート。

 戦時中、スカートのすそ幅が制限されるなど、お洒落と縁のない生活を強いられていた女性たちが、胸が強調され、細いウエストから豊かに広がるプリーツスカートの、エレガントでセンスあふれる装いを見て戦後を実感したという、まさに「新しい装い」。アジアの笠のような帽子と服の対比も意表を突き、モノトーンの組み合わせは今でもまったく古臭くないのに驚きます。

 日本との絆に続いては、高木由利子の詩情豊かな写真を通した、ディオールの歴代クリエイティブ・ディレクターによるクリエイション。ディオールは、1957年に亡くなった創設者クリスチャン・ディオールの後、イヴ・サンローランはじめ、60年間、ブランドを牽引してきたクリエイティブ・ディレクターたちがいて、その精神を受け継いでいることに感激します。

 メゾンの高い技術力を表現する白い布のトワル(立体パターン)の展示、ディオール氏が代々伝わる庭園でコレクションのデザイン画を描いたように、歴代ディレクターが自然美を称えた作品が並ぶ「ミスディオールの庭」、パルファンからコスメ、帽子やアクセサリーまで「トータルルック」をデザインしてきたディオールのショーケースのような展示も見逃せません。

 グレース・ケリーやマリリン・モンローなど、女性スターたちを際立たせたドレスの数々もあります。そして、「ディオールの夜会」と題された仮装舞踏会のドレスが並ぶダイナミックな展示には歓声をあげるに違いありません。立体的な重松氏の空間演出は、ファッションにそれほど興味のない方にも見ごたえがあるように感じます。

「美しいドレスを完成させるには、そのドレスが実際にどのように動くかを想像し、デザインに取り入れる必要があります」と、ディオール氏は語りました。氏は裁断や縫製はしませんでしたが、デザイン画をもとに、信頼できる技術者たちとアトリエでパターンを作り、トワルを細かく切って、何通りも組み直し、マヌカンが着たトワルをもとに生地を選ぶ――そんな綿密な作業を繰り返し、現代にも色あせない、誰もが憧れるドレスを世に送り出しました。

 ドレスを見ているだけでも、ディオールの世界観を感じられ、幸せな気分があふれます。人が着れば、これらのドレスはさらに輝き、服を身にまとった人たちもまたより魅力的に見えて、ハッピーになるのでしょう。連綿と続いてきたファッションの力を感じる夢の世界。気がつけば2時間以上が過ぎていました。

横井弘海
東京都出身。慶應義塾大学法学部卒業後、テレビ東京パーソナリティ室(現アナウンス室)所属を経てフリー。アナウンサー時代に培った経験を活かし、アスリートや企業人、外交官などのインタビュー、司会、講演、執筆活動を続ける。旅行好きで、訪問国は70カ国以上。著書に『大使夫人』(朝日新聞社)