児童相談所の職員がメンタル不調で倒れるケースが相次いでいる。児童相談所の元職員で、現在は親子支援のNPOを運営する宮口智恵さんは「メンタル不調による休職者を抱える児童相談所は3割で全産業平均の約5倍。離職率も高く、このままでは子どもを虐待から守る児童相談所が崩壊してしまうと懸念している」という――。
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■メンタル不調で休職する人が多い職場

――いま児童相談所にはどんな課題があるのでしょうか。

【宮口】私が児童相談所に勤めていたのは15年前ですが、当時から業務の過酷さで心を病む職員が続出していました。

「令和2年度子ども・子育て支援推進調査研究事業 児童相談所職員のメンタルヘルスに関する調査」によると、回答のあった全国165カ所のうち50カ所ではメンタルヘルスの不調で1カ月以上休業している人がいました。これは30.3%に上り、全産業の平均(6.7%)の5倍に近くになります。さらにそのまま退職してしまう割合も7.8%(全産業平均は6.8%)でした。

国は児童虐待相談対応件数の増加を受けて、児童福祉司と児童心理士を合わせて約2000人を増やす計画です。しかし、次々と職員がメンタル不調に陥るような状況で、果たして担い手はいるのか。このままでは虐待から子どもの命を守る児童相談所が崩壊してしまうのではないかと強い危機感を抱いています。

――なぜメンタル不調に陥る職員が多いのでしょうか。

【宮口】相談対応件数が増加して、職員に過重な業務負担がかかっていることがありますが担当職員がつらいのは、保護者、子ども、関係機関からの怒りや攻撃の矛先になること、そして社会からのバッシングです。

児童相談所では、子どもが危険な状態に置かれていると思うケースは強い権限を持って「一時保護」を行います。その中で子どもを取られた親御さんから激しい怒りをぶつけられたり、脅されたりします。もちろん、児相への怒りも示しますが、つらいのは担当者への個人攻撃です。

「どうなるか覚えておけ」「あなたが私を追い詰めた。私が死んでもいいのですね」と保護者から脅された職員も少なくありません。

■親や世間から向けられる怒りの矛先

――親御さんから怒りをぶつけられるというのが少し意外でした。ネグレクトのようなケースでは、親は育児から解放されて、ほっとするのかなと思いました。

【宮口】誰かに介入してもらってほっとするという人もいますが、一番多い反応は怒りです。

自分の所有物や依存の対象のように感じていた子どもが突然奪われる。子どもは不快でストレスの原因だったとしても、日常生活の中で子どもがいたことでなんとかバランスを保って暮らしているのです。ネグレクトの場合には、ヤングケアラーのように、親が子どもを頼りにしていることも少なくありません。その日常が突然奪われたことは親にとって大きな喪失であり、苦しみです。その苦しみの怒りの矛先が児童相談所に向かいます。

本来なら、一時保護してから、どう親子をつなぎ直していくのか、そこからの支援がもっとも大切です。ですが、親御さんとの関係も築きにくいなかで、緊急のケースが次から次に上がってきて、一人ひとりの方に丁寧に向き合って継続的に支援していくことが、当時児相にいた私にはなかなかできませんでした。

こうした状況にさらに追い打ちをかけるのが、虐待事件などの報道後の世間からのバッシングです。私が児童福祉司として働いていた時も、新聞報道がされるような虐待事件が起きてしまったことがありました。その子どもを担当していた児童相談所には日常業務がままならないくらいの数の苦情の電話がかかってきて、サポートとして電話対応に入ったことがあります。

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■「責任を取って死ね」

――どんな苦情が入るのですか?

【宮口】「子どもが飢えている時に、おまえらはのうのうと飯を食っていたのか」「責任とって死ね」などと見えない相手からの攻撃でした。

本当にすさまじい怒りで、電話をかけている人たちの闇やトラウマを感じました。子ども時代にケアしてほしかったのに、ケアしてもらえなかった方かもしれません。自身の未解決の怒りを児童相談所にぶつけているように思いました。

こうした声にさらされていること自体、職員が暴力を受けていることになります。ただでさえ、支援ができなかったことへの強い罪悪感がある中で、周囲からの攻撃が続けば児童相談所自体が安全でなくなり、さらには子どもや家族を支援するという本来の仕事を続けていくことができなくなるのです。

■「介入」と「支援」の役割分担が必要

――「ちゃんと保護しろ」という世間と、「なんで子どもを奪うんだ」という親の怒りの板挟みなのですね。さきほど一時保護したあとに、親子をつなぎ直すのも児童相談所の役割だけど、親が怒って関係構築ができず、それもままならないと伺いました。そもそも親から子どもを保護する権限を持つ児童相談所の職員が、親子をつなぎ直す支援も行うというのは無理があるのではないでしょうか。

【宮口】はい、よく児童相談所に課せられている家庭への「介入」と「支援」という二つの役割は「右手で叩いて、左手で握手する」と表現されます。親御さんからしたらそんな児童相談所の職員に悩みを正直に打ち明けるのは難しいことです。実際、当時「あなたに本当のことのこと言ったら、また子どもを連れていくでしょ」「だから、本当のことは言えなかった」と再び子どもを傷つけてしまった親から言われたこともありました。

15年前に親子関係再構築のためのプログラムを実施する民間団体、チャイルド・リソース・センター(以下、CRC)を立ち上げたのは、権限を持つ児童相談所と異なる立場での支援が必要であること、怒りを持つ親も本当は支援を求めていて、それを支える第三者が必要であると、考えたからです。近年では児童相談所においても、家庭移行支援の組織を設置し、役割分担をしながら継続的な支援を行っている自治体も出てきています。「子どもを保護された親」の声を聴いていく役割が、子どもと親のその後の人生をつないでいくためには必須です。

■親と子、それぞれに「安心基地」をつくる

――CRCのプログラムでは、どのようなことをするのですか?

【宮口】私たちは児童相談所の委託を受けて、一時保護後、施設入所となった子どもと親が再会する場面で「CRC親子プログラムふぁり」を実施しています。その目的は、親が将来にわたり、子どもの「安心基地」になることを求められていると自覚し、子どもへの関わりを適切なものに改善することにあります。

安心基地(そして安全な避難所)は「不安や恐れがあるときに特定の人にくっついて安心感を得る」というアタッチメントのことを意味しています。それは人間が生きていくためには不可欠なものです。安心感がないと子どもは生きていくことができないし、遊びや勉強をする気持ちも起きません。それは、虐待してしまう親も同様です。

そこでふぁりでは、子どもと親、それぞれに支援者(ファシリテーター)がついて、いっときでも親と子の「安心基地」になるべく、関係の再構築に寄り添い、伴走します。

プログラムは全10回で、毎回、それぞれのファシリテーターと過ごす「親時間」「子ども時間」と、みんなで一緒に過ごす「親子交流時間」で構成されています。親時間には、テーマに合った心理教育を行ったり、親が自分自身のことを知るためにファシリテーターとふりかえりの協働作業をしたり、親子交流時間を録画したビデオを見て、その時々に自分や子どもがどんな気持ちだったのか「見る」練習をしていきます。

出典=『虐待したことを否定する親たち』

■「見る」ことで親子関係は改善する

――プログラムで、虐待をする親が変わるのでしょうか?

【宮口】はい、一番大事なことは、「見る」ことができるようになることです。子どものことも、自分のことも見る。これが安心基地づくりの始まり、親が変わるきっかけになります。

たとえば、あるお母さんは久しぶりに会った子どもに声をかけたのに、反応が乏しい様子を見て、子どもが緊張していることを理解できず、「無視された」と激高してしまいました。

この親御さんの成育歴をふりかえっていくと、親からネグレクトされており、「無視」が子ども時代の恐怖を呼び起こすトリガーの可能性も推測されました。この時の怒りは、親が子どもを恐れているサインなのです。

ファシリテーターは、このような親の行動の背後にある不安や恐れに意識を向けます。「子どもに無視されてつらかったね」と、親の気持ちに寄り添っていきます。すると親は少しずつ自分の「苦痛」に気づき、それを見つめられるようになります。その感情に圧倒されずに、持ちこたえることができるようになっていくのです。誰かに自身の感情を分かってもらって初めて、子どもにも寄り添えるようになるのだと感じます。

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「反応が乏しかったのは、緊張していたんだな」
「泣いていたのは、私を困らせるためでなく、不安を受け止めてほしかったんだな」

こういった言葉が出てくると、私たちは親が子どものサインに気づいたことが分かります。

子どものサインに気づけること、それが何より大切な変化です。

■「安心基地」は児童相談所の職員にも必要

――虐待防止のために必要なのは、気持ちに寄り添ってくれる「安心基地」の存在なんですね。

【宮口】はい、そうです。この安心基地は、誰にでも必要です。親子はもちろん、親子を支える人たち、児童相談所の職員にも必要なのです。

さきほどお話したように、何かミスがあると児童相談所にはものすごい数のクレームや社会からのバッシングがあります。そのため児童相談所は「もう二度とミスは許されない」とリスクマネジメントばかりに時間が割くようになってしまいました。目の前の親子にゆっくり向き合う時間が取れず、また、何かトラブルがあっても相談しにくくなって、孤立化していきます。すると専門家として適切な判断もできなくなっていきます。

実際、イギリスの児童福祉学者のムンロー氏は、虐待死事件が起こったあと、児童保護機関がリスクを恐れるあまり、組織が硬直化し、従来のソーシャルワーク機能が低下したことを理論的に検証しています。

■虐待を防ぐためにできること

【宮口】そもそも虐待やネグレクトは基本的に隠されるので、認定したり、予見するのは困難と言われています。まずは社会全体でそのことを理解して、児童相談所で働く人たちが孤立しないように、外にいる私たちが応援していかないといけないと思います。そうしていくことで児童相談所が機能するようになり、一人でも多くの子どもを守ることにつながっていきます。

児童相談所は、子どもを守るために、「親子の危機」に介入します。それは最大の支援のチャンスです。時として、親や子どもの意に反しても子どもを守られねばなりません。その毅然(きぜん)とした対応に、親は憤りを示すでしょう。だからこそ、親にも子どもにもその混乱した状況に寄り添う誰かが必要なのです。それは「失敗してもやり直せる」こと、誰かの助けを借りてやり直していけることを親も学んでいくチャンスです。

宮口智恵『虐待したことを否定する親たち』(PHP新書)

そんな時に児童相談所の職員は冷静でいることは簡単ではありません。しかし、親や子どもと一緒に揺れながらも、「子どもにとっての安心基地」を守り、親と対話を重ねて頑張っている児相職員に親たちは心を開いていきます。それを私は見ています。

「あの時、子どもを保護してもらってよかった。あのままだったら危なかった。今は何かあったら児相のAさんに相談したい」とおっしゃった保護者もあります。子どものために誰かとつながる意味を実感されています。

児童福祉の仕事は、いろいろな困難を抱えながらも必死で生きている親子の人生に深く関わることができます。大変なことがあっても、それでも一緒にやり直して生きていく。この社会は捨てたもんじゃないと感じられる。児童福祉司2000人増員した時に、若い人たちがやりがいと希望を持てる仕事としてあってほしいのです。

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宮口 智恵(みやぐち・ともえ)
認定NPO法人 チャイルド・リソース・センター代表
神戸大学大学院総合人間科学研究科前期博士課程修了。児童相談所で勤務後、2007年にチャイルド・リソース・センターを設立。21年より認定NPO法人。同法人は設立時より、児童相談所の委託を受け、虐待などの育児に困難を抱える親とその子どもに「親子関係再構築プログラム」を提供している。日本初の取り組みであり、これまで250組以上の親子にプログラムを提供。著書に『虐待する親への支援と家族再統合』(共著、明石書店)。
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(認定NPO法人 チャイルド・リソース・センター代表 宮口 智恵 構成=プレジデントオンライン編集部)