ネガティブシンキングは否定的にとらわれがちですが、問題はそれをどうコントールするかです(写真:mits/PIXTA)

「明日のプレゼンはうまくいくだろうか」「昨日はあんなことを言ってしまった」など、私たちは日々、頭の中で話をしている。
このような「頭の中のひとりごと」(チャッター)はしばしば暴走し、あなたの脳を支配し、さまざまな問題を引き起こしてしまう。
一方、この「チャッター」をコントロールすることができれば、あなたは本来持っている能力を最大限に発揮できるという。
賢い人ほど陥りがちな「考えすぎ」をやめる方法とは何か? 今回、2022年11月に日本語版が刊行された、40カ国以上で刊行の世界的ベストセラー、『Chatter(チャッター):「頭の中のひとりごと」をコントロールし、最良の行動を導くための26の方法』について、脳神経外科医の菅原道仁氏に話を聞いた。前編と後編の2回に分けてお届けする。

脳のクセから解放されるには


内なる声「チャッター」は、無意識下と意識下の対話ともいえます。

人間は、基本的に1つのことだけにとらわれず、注意力が分散するようになっています。そのほうが生き残る可能性が高くなるからです。古代には、食事をすることだけに集中してしまうと、自分が恐竜に食べられてしまうかもしれない時代があったわけですからね。

しかし、無意識下のパワーは強大で、何かにフォーカスしてしまうと、他のことが頭に入らなくなってしまいます。これは、人間の脳のクセのようなものです。

このクセがあるから、マジシャンという職業が成立します。1つのことに注意を引き寄せて、けむに巻く。人間の注意力には限界があるということです。

同じように、内なる声や、抱えている感情に脳が支配されてしまうと、他に気が回らなくなり、多大なミスが起きてしまいます。それを書いたのが、本書『チャッター』です。

内なる声は、すべて悪いものだとはいえません。自分の声に集中しなければいけないときもありますし、「お前ならできる」というような、良いチャッターによって自信を持つ場合もあるでしょう。

チャッターを「リスク」と置き換えることもできます。成功している人には、リスク管理能力があります。内なる声をたくさん聞いていて、湧き上がる不安や心配を尊重し、それに対処しているのです。

「株価が下がったらどうしよう」「資金繰りはうまくいくだろうか」。その声を1つひとつ潰していく。その方法は、本書に書かれている方法かもしれませんし、その人オリジナルの方法かもしれません。

心配事に支配されてしまうと、「成功しない心配性の人」になってしまいますが、心配することそのものは悪いことではありません。コントロールすることが大事なのです。

ネガティブシンキングこそ最強思考

僕はむしろ、ポジティブシンキングは怖いもので、ネガティブシンキングこそが最強だと考えています。

ポジティブシンキングは、問題点が起きると、そこにフタをしてしまうタイプの考え方ですから、また同じトラブルに巻き込まれがちです。

一方、ネガティブシンキングは、問題点を見ることのできる思考力ともいえます。問題が起きても、それに立ち向かう勇気さえ持てばいいのです。

頭の中でチャッターが起きたときは、まず、自分と対話をすることが大事です。

本書には、著者のイーサン・クロス氏が、自身に届いた脅迫状がきっかけで、不安のチャッターに襲われ、バットを手にして警戒してしまったというエピソードが書かれています。

しかし、チャッターがまったく存在せず「大丈夫だ」とポジティブなことしか考えていなかったら、もしかすると、無防備なまま、本当に暴漢に襲われたかもしれません。

このときのイーサン氏は、チャッターに支配されてしまったことが問題だったのです。ある程度のリスク対策が準備できたところで、「ここまで準備ができたから、もし暴漢がやってきたら、次は警察を呼べばよい」と考えることができればよいわけですね。

ある言葉がチャッターとなって頭の中をぐるぐる巡るということは、それを問題点として自覚しているということでもあります。

その問題に対する対策を粛々とやっていくことが、人生において繰り返されることでもあり、それこそが、自分の行きたい道へ進むということでもあるでしょう。

頭の中のひとりごとは、決して怖いことではありません。ひとりごとと握手をして、飼い慣らしていけばよいのです。

あがり症は「セルフイメージ」の調整を

チャッターに支配されないためには、セルフイメージを正しく調整しておくことも大切です。

大事なプレゼンや商談などを迎えて、「失敗したらどうしよう」「恥ずかしい」という感情に襲われ、あがってしまうことは皆さんよくあると思いますが、それが極端に大きくなり、恐怖感にまでなってしまう「あがり症」の人がいます。

そういった人の特徴は、日ごろから「自分はうまくいかない」と思っているのではなく、「もっと自分はすごいはずだ」と過大評価していることです。

つまり、「すごい」はずの自分に、「プレゼンや商談がうまくいかない」という事実を突きつけられるのが怖いのです。

自信がないからではなく、万能感を抱いているために、現実がバレてしまうことを恐れ、心を防衛するために、あがってしまうわけです。

セルフイメージが大きすぎる人は、チャッターも大きくなってしまいます。自己イメージは、本来は、小さいときに親から教わったり、友達とのコミュニケーションによって調整されていくものですが、どうしても歪んでしまう人はいます。

自分と向き合うのは苦しいことですが、やはり、イメージや信念を整えておくことは大切です。

サービス業こそチャッターを学べ

誰もがチャッターを抱えているわけですから、自分が誰かのチャッターを解消してあげよう、という視点で本書を読むのもよいでしょう。

医療やメンタルの話だけではなく、特に、サービス業の人にとっては、本書の「チャッターを制御する26の方法」は、通じるものがあるように思います。

例えば、洋服を買おうとして、似合うかどうかを迷っているとき、その人の迷いのチャッターを読み取って、うまく鎮められる店員がいれば、納得して購入することができます。ほかにも、ホテルマンやレストランなど、癒やしを提供する仕事の方には、必要なテクニックでもあるでしょう。

チャッターという言葉そのものは、まだ耳に馴染みがないかもしれませんが、幅広く、普遍的な話です。40カ国でベストセラーになっているのは、それが理由でしょう。

(構成/泉美木蘭 後編へつづく)

(菅原 道仁 : 脳神経外科医・菅原脳神経外科クリニック院長)