プロ野球の投手たちに指導するディーン元気(右から2人目)と小南拓人(奥)【写真:中戸川知世】

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野球×やり投げの合同自主トレーニング

 現役のプロ野球投手が陸上のやり投げ選手に教えを受け、自主トレーニングで互いの知見を共有し合う。異色の試みが12月中旬、都内で行われた。参加したのはプロ野球の第一線でバリバリに活躍している面々と、やり投げで五輪に出場した経験を持つディーン元気(ミズノ)と小南拓人(染めQ)。ともに「投げる」が共通項にある競技で、何を求めて交流するのか。前編では、参加した投手側の視点でやり投げ選手の凄みについて迫った。(取材・文=THE ANSWER編集部・神原 英彰)

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「うわあ、すげぇ!」
「ああー! 無理無理、絶対無理。血管切れそう」
「何なん、意味わからん……」

 現役のプロ野球投手たちが、やり投げ選手が実演するトレーニングと指導に、感嘆と悲鳴を上げていた。

 12月12日から4日間行われた合同トレーニングに集まったのは千賀滉大(メッツ)、則本昂大(楽天)、高梨雄平(巨人)という侍ジャパン経験者のほか、石川柊太(ソフトバンク)、田村伊知郎(西武)、津留崎大成(楽天)などの現役投手たち。そこに、ロンドン五輪代表のディーン元気と東京五輪代表の小南拓人というオリンピアン2人が加わった。

 目的は、やり投げで取り入れているトレーニングやストレッチなどのメソッドをレクチャーし、参加した投手たちが発見を持ち帰って、自らの進化のヒントにする――というもの。異色の融合のきっかけは、ツイッターだった。

 野球のパフォーマンスアップを目指し、多くの現役プロ野球選手も参加しているオンラインサロン「NEOREBASE」を運営する内田聖人氏、小山田拓夢氏が、同じ早大出身のディーンに合同トレーニングを打診。ディーンの後輩の小南も加わり、2021年12月に初めて実施した。今年はその第2回だった。

 取材に訪れたのは、最終日の12月15日。印象的だったのは、やり投げ選手のトレーニングにプロ野球の投手が悪戦苦闘していたことだ。

 例えば、冒頭のシーン。重りをつけていないウエイトトレーニング用のシャフトを腰の後ろから反動をつけ、背中側に半円を描くようにして頭上に上げるというもの。「お腹から全身に力を伝えて」とディーンは声をかける。文字にすれば簡単に聞こえるが、強靭な腹筋と体幹が必要になり、断念した選手もいたほど。

 やり投げのトップ選手であれば、これを数十キロの重りをつけてこなすという。実際に目の前でやってのけたディーンを見た参加者たちは声を失った。これに象徴されるように、同じ「投げる」という共通項がある競技といえど、フィジカルの差は歴然。しかし、ここにこそ、合同トレーニングの意味がある。

 自身もいまだ最速155キロを投げ、一緒にトレーニングに参加した、前述のNEOREBASE・内田氏はこう話す。

「150グラムのボールと800グラムのやり。やり投げは野球の5倍以上重い物を遠くに投げる競技。もちろん負荷の差は大きいですが、柔軟性(柔)も強さ(剛)も、基礎的なレベルが違います。野球は、柔あるいは剛のどちらかが突き抜けていれば戦えるかもしれないですが、やり投げは両方を突き詰めないといけない。圧倒的なフィジカル差を痛感しました。逆に、そこに野球界が発展していく余地があり、日本も世界も、技術もパワーも上がっていくヒントがある気がしています。

 トレーニングのメニューも全然違います。ウエイトなどオーソドックスな部分は同じでも、やり投げには柔軟性を出すモビリティ系やストレッチ系の中にも負荷をかける要素がある。参加した投手からも『これをやり続けたら160キロ出るんじゃないか』『自主トレでも取り入れてずっとやろう』という声が上がっています。野球界は良くも悪くも凝り固まり、内輪で固まりがちです。体にも脳にも刺激になるし、あらゆる理論の中で工夫しているやり投げから学ぶことは多いです」

 実際に参加した、ある投手もこれに同調し、驚きを隠さない。

参加したある選手「ここにいる選手は常識を壊しに来ている」

「やり投げの選手は、トレーニングの“当たり前”のレベルが本当に高い。野球界で僕らがやっている“トレーニング”が、彼らの“ストレッチ”くらいの感覚の差は凄く感じている。そもそもの常識が違う。でも、ここにいる選手は、それ(常識)を壊しに来ている。それを感じられるだけでも参加している意味があります」

 やり投げ選手のフィジカルに舌を巻き、さらにトレーニングの意義をこう強調する。

「ここまで(プロになるくらい)野球のキャリアを重ねてくると、野球をやって野球から学ぶことはほぼない。細々とした枝葉の部分をとっかえひっかえする感じ。逆に、他競技のトレーニングから学ぶことの方が多い。今回はやり投げだけど、他の競技をミックスさせると、土台になる幹や根っこの部分がちょっと作り変わる。木で言えば、より太く、強くなる。(間近で見て)やり投げ選手は強いです、単純に。プロ野球選手より多くのものを犠牲にしてフィジカルを作っているわけで。

 もちろん、僕らが同じ体になればいいわけじゃない。陸上はピーキングをして、全力を出す日は大会ごとにある程度決まっているけど、野球は毎日試合があって、そこそこの出力を続けるので。ただ、同じ人間で、同じ日本人でシンプルなトレーニングの差でこれだけ変わるのは、僕らがいかに余力を残しているか。(日本のスポーツ界で)食事面などの環境も恵まれている方だし、野球選手だって、まだまだ伸びしろがあるなと感じます」

 どんな組織や業界においても、慣習といった類の概念は思考を硬直化させるリスクもある。まして、野球という日本で歴史が長く一般化した競技であれば、なおさらだ。そこに、同じ「投げる」という共通項がありながら、全く異なるアプローチで戦うアスリート同士の交流から「常識を壊す」という礎になる。

 ディーンが重りを持ってこなした基礎的なストレッチを「これを重りを持ってやる発想がなかった」「俺らなら絶対に(ゴム製の)チューブでやってるよな」と参加者たちが驚く場面もあった。2つの競技特性の違いは理解しながら、新たな思考を生むためのヒントを掴もうとする。それが、何よりの財産となる。

 レクチャーするディーンと小南にとっても驚きがある。やり投げ選手から見たプロ野球選手の伸びしろは「恐ろしいものがある」という。その理由とは――。

(後編「プロ野球の投手の伸びしろは『恐ろしいものが…』 やり投げ選手が驚くフィジカル潜在能力」に続く)

(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)