【▲ハッブル宇宙望遠鏡とチャンドラX線観測衛星によって捉えられたイータカリーナ(りゅうこつ座η星)の合成画像。改良されたニュートリノ検出器は、イータカリーナや類似の星が超新星爆発を起こす数時間前に警報を発出できるかもしれません(Credit: NASA/CXC; Ultraviolet/Optical: NASA/STScI; Combined Image: NASA/ESA/N. Smith (University of Arizona), J. Morse (BoldlyGo Institute) and A. Pagan)】


「ニュートリノ」という名称は、日本に住んでいる私たちにとって比較的なじみがあるかもしれません。「カミオカンデ」および「スーパーカミオカンデ」という巨大な研究施設を用いてニュートリノを観測し、ニュートリノに関わる大発見を成し遂げたことで、小柴昌俊さんと梶田隆章さんという二人のノーベル物理学賞受賞者を輩出したからです。


【▲スーパーカミオカンデの検出器内部。タンクの内壁を覆うように並んでいるのが光センサー(光電子増倍管)(Credit: 東京大学宇宙線研究所 神岡宇宙素粒子研究施設)】


とはいえ、ニュートリノは「幽霊粒子」とも言われるように、とらえどころのないイメージがあります。ニュートリノは、これまで17種類見つかっている素粒子の一つです。実際には宇宙1ccあたり平均300個ものニュートリノで満たされていて、この瞬間にも地球や私たちの身体を通り抜けています。しかし、私たちは何も感じることなく、検出も困難なため幽霊粒子と呼ばれているのです。


一方、宇宙を支配している力に注目すると、いまのところ「重力」「電磁気力」「強い力」「弱い力」の4つが考えられています。ところが、ニュートリノは電荷を持っていないため電磁気力がはたらかず、また重力と弱い力は受けるものの強い力もはたらかず、ほとんどの物質と相互作用しません。そのため、ニュートリノは地球や身体を透過してしまうのです。これが幽霊粒子と呼ばれる所以なのです。


【▲素粒子物理学の「標準理論」による17種類の素粒子。物質を構成しているのはクォークとレプトンで、ニュートリノや電子はレプトンの仲間(Credit: 名古屋大学 素粒子宇宙起源研究所)】


物質を構成しているのは「クォーク」と「レプトン」と呼ばれる素粒子です。原子核を構成している陽子と中性子はクォークで作られています。一方レプトンであるニュートリノは、やはりレプトンの仲間である電子、ミュー粒子、タウ粒子に対応して、「電子ニュートリノ」「ミューニュートリノ」「タウニュートリノ」の3種類があります(反粒子としての反ニュートリノも同様に3種類あります)。この分類は、ニュートリノが持つ「フレーバー」と呼ばれる属性に基づいています。


当初ニュートリノは、これまた幽霊のように質量もないとされていました。ところが、ニュートリノは飛んでいるうちに種類が変わる性質があり、これを「ニュートリノ振動」と呼びます。このニュートリノ振動はニュートリノが質量を持つ証拠とされ、この発見が梶田隆章さんをノーベル物理学賞へと導いたのです。


また、ニュートリノは発生源によっても分類され、大気圏で発生する大気ニュートリノ、太陽内部で発生する太陽ニュートリノ、超新星爆発の際に発生する超新星ニュートリノ、地球内部からやってくるニュートリノ、原子炉や加速器で作られるニュートリノなどが知られています。


1987年に大マゼラン雲で超新星「SN 1987A」が出現し、その際カミオカンデがその超新星に由来するニュートリノを観測しました。その超新星ニュートリノの発見が小柴昌俊さんのノーベル物理学賞につながり、ニュートリノ天体物理学の幕開けとなりました。


【▲超新星SN 1987Aの爆発前(右)と爆発後(左)(Credit: アングロ・オーストラリア天文台)】


カミオカンデが捕捉した超新星ニュートリノはわずか11個でしたが、さらに多くのニュートリノを捉えるために建設されたのが、その後継装置であるスーパーカミオカンデです。スーパーカミオカンデは5万トンもの純粋で満たされていて、ニュートリノはそのタンク(水槽)の中へ入ってきます。ほとんどのニュートリノは何事もなくタンクを通過していきますが、まれに水の分子とぶつかると「チェレンコフ光」と呼ばれる微弱な青い光を発生します。タンクの内壁に設置された1万3千本の光センサー(光電子増倍管)でチェレンコフ光を観測しニュートリノ事象を捉えるのです。


スーパーカミオカンデはこれまでもニュートリノの解明に貢献してきましたが、2020年にタンクの純水にレアアースの一種であるガドリニウム(硫酸ガドリニウム八水和物)13トンを加え、新たな装置として観測をスタートさせました。これにより、特に「超新星背景ニュートリノ」の観測が高感度で行えるようになりました。


【▲超新星背景ニュートリノとは、宇宙が誕生して以来、超新星爆発によって宇宙に放出されたニュートリノが蓄積したもの(Credit: 東京大学宇宙線研究所 神岡宇宙素粒子研究施設)】


宇宙が誕生してから現在まで、超新星爆発によって放出されたニュートリノは宇宙に拡散され蓄積されています。超新星背景ニュートリノとは、そのような宇宙に漂っているニュートリノを指し、この観測により超新星爆発や宇宙での元素合成解明の進展が期待されます。しかし、超新星背景ニュートリノは他のニュートリノと比べて低エネルギーのため、さらに観測が難しくなっています。純水にガドリニウムを溶解することで、その観測性能を向上させることができます。


関連:新生スーパーカミオカンデが観測開始、超新星背景ニュートリノの初観測目指す


ガドリニウムを追加し改良された新生スーパーカミオカンデは、超新星背景ニュートリノの観測に役立つだけではありません。超新星爆発を予測できる可能性があるというのです。


大質量星など超新星爆発が予測されている星では、その終末期にますます激しい核反応が起きます。2022年11月22に付けでAAS Nova/Astrobaites に掲載された記事「超新星を予測するための初心者向けガイド(A Beginner’s Guide to Predicting Supernovae)」(および2022年8月12日付けで「The Astrophysical Journal」誌に公開された論文「スーパーカミオカンデの超新星前警報システム(Pre-supernova Alert System for Super-Kamiokande)」)によると、超新星爆発のわずか数時間前に、ケイ素が核融合反応で生成される際(ケイ素核融合やケイ素燃焼過程とも呼ばれます)、結果的にニュートリノが放出されます。ガドリニウムを溶した改良型スーパーカミオカンデは、そのニュートリノを観測できる可能性を持っています。


有名なベテルギウスの場合、超新星になる約10時間前にケイ素核融合が始まるといわれているため、天文学者は超新星爆発の10時間前以内に警報を受け取ることができます。その間に望遠鏡や検出器を超新星の候補である星に向けることができることになります。


【▲メガ電子ボルト(MeV)単位のニュートリノエネルギー(x軸)に対するスーパーカミオカンデ検出器でのニュートリノ検出数(y軸)の予測値。この予測はベテルギウスのような星を用いた計算に基づいており、ニュートリノは主に星の一生の最後の10時間に起こるケイ素核融合により発生すると予想されています。色のちがいは異なるシミュレーションによるもので、実線と破線はそれぞれ通常(NO)と逆(IO)の質量順序から予想されるニュートリノを示しています(Credit: Super-Kamiokande Collaboration 2022)】


これらのニュートリノに対するスーパーカミオカンデの検出感度は、いくつかの要因に依存するということです。


・星の質量:質量の小さい星は、検出可能なニュートリノを放出する確率が低くなります。これは、放出されるニュートリノが全体的に少ないためです。
・星までの距離:星が遠くにあると、検出可能なニュートリノが観測される可能性が低くなります。
・星の進化:星の進化の過程は各々異なっています。たとえば、より多くの金属を含む星は異なる振る舞いをし、検出可能なニュートリノを放出するタイミングと数に影響を与えます。
・ニュートリノの質量順序:ニュートリノの質量は,信頼できる測定値がないため,あまり制約されていません。どのフレーバーのニュートリノの質量が多いか少ないかさえ不確かなので,これらの異なるニュートリノに基づいて通常の質量順序と逆の質量順序を仮定しています。


スーパーカミオカンデの検出器を使えば、地球から2000光年近く離れた星が超新星爆発を起こすかどうかがわかり、その数時間前に警報を発出することができると、論文の著者たちは確信しているということです。


2022年6月、スーパーカミオカンデはさらに26トンのガドリニウム(硫酸ガドリニウム八水和物)の追加導入を開始し、同7月に完了しました。こちらの動画でガドリニウム追加導入の様子が紹介されています。



今後、数か月の試運転を経て、本格的な超新星背景ニュートリノ探索を開始するとのことです。超新星背景ニュートリノを探索・観測し、その業績がニュートリノに関連した3人目のノーベル賞授賞につながることを期待したいものです。


 


参考文献
・『ニュートリノ 小さな大発見』(梶田隆章・朝日新聞科学医療部・著、朝日新聞出版、2016年)
・『物理屋になりたかったんだよ』(小柴昌俊・著、朝日新聞社、2002年)
・『進化する宇宙』(海部宣男・吉岡一男・編著、財団法人 放送大学教育振興会、2011年)


Source


Video Credit: 東京大学宇宙線研究所 神岡宇宙素粒子研究施設Image Credit:NASA/CXC; Ultraviolet/Optical: NASA/STScI; Combined Image: NASA/ESA/N. Smith (University of Arizona), J. Morse (BoldlyGo Institute) and A. Pagan、東京大学宇宙線研究所 神岡宇宙素粒子研究施設、名古屋大学 素粒子宇宙起源研究所、アングロ・オーストラリア天文台、Super-Kamiokande Collaboration 2022AAS Nova/Astrobites - A Beginner’s Guide to Predicting SupernovaeThe Astrophysical Journal - Pre-supernova Alert System for Super-Kamiokande東京大学宇宙線研究所 神岡宇宙素粒子研究施設 (1) (2)

文/吉田哲郎