■『今こそ女子プロレス!』vol.9
桃野美桜 後編

(前編:身長149cmでも「全女」をきっかけにプロレスの道へ。「ピカーーーン!って、プロレスの神様が降りてきた」>>)

 2020年10月、マーベラスのエース・彩羽匠が全治10カ月の怪我で長期欠場を余儀なくされた。1995年に長与千種が旗揚げし、数々の伝説を残した女子プロレス団体・GAEA JAPAN一日限りの復活興行「GAEAISM」の開催に向けて、GAEAロードが始まった矢先のこと。突如、桃野美桜と門倉凛が団体を背負うことになった。彩羽がいない間にマーベラスが舐められるわけにはいかない。桃野は自らのファイトスタイルを変えてまで、団体を守ろうと必死になった。

「それまで自分は、『やるか、やられるか』みたいなバチバチした試合って、あんまりやってこなかったんですよ。それよりもお客さんを楽しませることを優先していた。けど、匠さんが欠場してからは、(可愛らしい)入場曲が鬱陶しく感じるくらい、殺伐とした空気の中で『やるか、やられるか』の試合ばかりになりました」

 そして迎えた、2021年6月13日、GAEAISM大田区総合体育館大会。桃野はマーベラスの"エース"として、メインイベントに立った。

 迎え撃つは、センダイガールズプロレスリング(仙女)の橋本千紘、岩田美香、DASH・チサコ。長与千種の弟子・里村明衣子が育てた強豪だ。仙女の3人に続いて、マーベラスから桃野、門倉、星月芽依がリングに現れる。GAEAの至宝であるAAAWシングル王座、AAAWタッグ王座、仙女の至宝であるセンダイガールズワールドシングル・タッグ両王座、計6本のベルトを賭けたイリミネーションマッチが始まった。

 まさに"死闘"と呼ぶに相応しい闘いが繰り広げられ、最後は橋本と桃野の一騎打ちとなった。158cm、88kgの橋本の岩のような肉体に、149cmの桃野が果敢に挑む。橋本にオブライト(ジャーマン・スープレックス)で豪快に投げられるも、回転して着地する桃野。パワーでは橋本に到底敵わない。しかし驚異的なスピードとスタミナで、桃野は橋本を追い込んでいく。覚醒する2人。目を覆いたくなるほどに激しく、残酷な攻防――。最後は超高角度オブライトで、橋本が勝利した。

「身長が低くてパワーで勝とうとしても無理なので、スタミナだけは絶対に負けたくない。男子も含めて、すべてのプロレスラーに勝ちたいです。坂とか階段とか、心臓がちぎれるかと思うくらい走りこんでます」

 この試合で、桃野の評価は格段に上がった。6月27日、仙女新宿FACE大会にて門倉と組み、橋本と優宇のタッグ「チーム200キロ」からセンダイガールズワールドタッグチームチャンピオンシップを奪取。桃野は新たな時代を築こうとしていた。しかし9月、腰の怪我で再び長期欠場を余儀なくされる。

「100%の力でやるから怪我をするんだ」

 2016年6月、デビュー直後に肘を怪我して3カ月欠場した。2018年12月、左膝前十字靭帯断裂のため11カ月欠場。2019年11月に復帰戦を行なうも、翌月、再び試合中に怪我をして8カ月欠場。そして今度は原因不明の腰の怪我だ。

 なぜ桃野はこんなに怪我が多いのか。試合中、特別に無茶をしているようには思えない。

「『100%の力でやるから怪我をするんだ』って、よく先輩方に言われるんですよ。本当にすべてを100%で出し切って、100%で受けきってるから怪我をする。『手を抜くことも覚えなさい』って言われるんですけど、その感覚はまだちょっとわからなくて......。試合中に手を抜くって、どういうことなんだろう。それがわかるようになったら、またグレードアップするのかなと思うんですけど」

 原因不明の腰の怪我。欠場を発表した時は、「やっと痛みから解放される」と安堵した。少し休めば大丈夫――そう思っていた。しかし注射を打ち続けても、腰の状態はどんどん悪くなっていく。病院での治療法は注射を打つことしかない。整体、バイタル、針、気功......効果がありそうなものはなんでもやった。

 セカンドオピニオンを求めて腰の名医の元を訪れるも、注射を打たれて終わり。絶望した。セコンドで仲間のレスラーたちが輝く姿を見ても、なんの感情も抱かなくなった。悔しくもない。悲しくもない。「自分がそこにいたい」という気持ちもない。プロレスラーとして、自分は終わったと感じた。

 2021年11月、長与とともにサードオピニオンを求めて、とある病院へ行く。「椎間板に液を入れる検査をして、痛ければそれが原因」と言われた。検査を受けると、全身が圧迫され、息ができず、頭の血管が切れそうなほどの痛みを感じた。泣き叫んだが、原因がわかったことが嬉しくてたまらず、病院の帰りに長与と2人で泣きながらジュースで乾杯した。

 手術をしたが、その後も壮絶な痛みに苦しめられる。3カ月後に復帰できる見込みだったが、復帰戦の予定は次、また次と延びていく。子供の頃から夢や目標に向かって頑張るのが好きな桃野だが、「無理なものは無理」と思うようになった。苦しくて仕方なく、毎日、朝が来るのが怖かった。大好きなプロレスをやめようと初めて思った。

 それでも仲間やファンに支えられ、そしてなによりもプロレスが大好きだから、桃野は諦めなかった。2022年6月24日、新木場大会で9カ月振りのリング復帰。門倉凛と組み、彩羽匠、永島千佳世と対戦した。負けてしまったが、全身でプロレスを楽しもうとする桃野の姿がそこにはあった。欠場期間を経て、「ありのままの自分を愛せるようになった」という。

どう頑張っても、長与千種にはなれない

「プロレスラーがリングに出せるのは、感情」――桃野は繰り返しそう話す。

 桃野美桜の"感情"――。落ち込む時はだれよりも落ち込むが、嬉しい時はだれよりも嬉しい。喜怒哀楽が激しく、負けず嫌い。そういった感情すべてをリング上でそのまま表現している。スイッチを入れてキャラクターを作り上げる選手が多い中、ありのままの自分を出すのが桃野という選手だ。

「ひとりでも多くの人が、自分が出す感情に乗っかれるようなレスラーになりたいです。昔の映像とか見ていると、お客さんは立ち上がる勢いじゃないですか。今は後ろの人とか気にしちゃって、そういうのがない。お客さんが前のめりになるくらい、心を持っていきたいです」

 以前、彩羽匠はインタビューで「昔の熱狂を取り戻したい」と話していたが、桃野も同じ考えだ。しかし、彩羽とは少し異なる。長与の遊び心は誰よりも継承したいが、"長与イズム"を継承したいとは思っていない。

「もちろん教わっていることはたくさんあるし、それを受け継いでいきたいというのはあるんですけど、どう頑張っても長与さんにはなれない。無理なんですよ。ああいうカッコよさだったり。そこと同じところに行っても仕方ないし、長与さんみたいな人は匠さんひとりでいい。自分は、なんなら真逆になりたい。匠さんとか長与さんが行けないようなところに行きたいです」

 今年10月、アメリカのWest Coast Pro Wrestlingでクイーン・アミナタと対戦。海外進出にも意欲的だ。目標は、AEWでヒールレスラーとして活躍するナイラ・ローズと組み、かつてのユニット「マブダチ♡厨二病卍卍」を再結成すること。「ヒール怪獣のナイラと、『ヘーイ!』みたいな軽いノリでタッグを組みたい」と笑う。

 野望は「100歳までプロレスラー」だ。

「ヨボヨボの100歳じゃなくて、バリバリに元気な100歳で。自分は150歳まで生きるので、あとの50年間はなにもせず自由に生きます」

 これまで多くのプロレスラーにインタビューをしてきたが、桃野ほど純粋に「プロレスが大好き」という選手に会ったのは初めてだ。桃野は女優の木村多江ファンを公言しているが、木村多江を好きになった時、「プロレスに対して失礼じゃないか」と悩んだくらい、プロレスが好きで好きでたまらないという。

「プロレスが好きという気持ちでは、すべてのプロレスラーの中でだれにも負けないと思ってます。好きって最強ですよね」

 2022年6月、長期欠場からの復帰が発表されたあと、桃野はブログにこう綴っている。

「ただ真っ直ぐに自分の『好き』を信じていても、その『好き』さえ疑う時もあるけど。でもその好きからは逃れられなくて、それがまた苦しくて。それでも自分の好きを離さないで進んでこれたら、どんな景色が見られるのか。まだ途中の景色だとしても、その景色は間違いなく美しいに決まってる」

 桃野がリングで目にする景色が、これからも美しいものであるように。桃野美桜というレスラーが描く景色が、世界中の人に届くように。願わずにはいられない。

【プロフィール】
■桃野美桜(ももの・みお)
1998年5月30日、千葉県市原市生まれ。149cm。高校1年生の時、『マツコ&有吉の怒り新党』(テレビ朝日系列)の豊田真奈美特集をきっかけに、プロレスにハマる。2015年春、高校を中退し、マーベラスに入門。2016年2月13日、ニューヨークで行なわれたMarvelous USAにて、レネー・ミッシェルと組み、対木村響子&デビエンヌ戦でデビュー。2021年6月27日、センダイガールズプロレスリング新宿FACE大会にて門倉凛と組み、橋本千紘と優宇とのタッグ「チーム200kg」からセンダイガールズワールドタッグチームチャンピオンシップを奪取し、11代目王者に輝く。度重なる怪我と長期欠場を乗り越え、常に100%の全力ファイトでファンを魅了する。Twitter:@Mio0207415