新情報で振り返る韓国艦による火器管制レーダー照射事案 「自衛措置」は成立するか?
韓国海軍艦による海自機への火器管制レーダー照射事案の発生から3年半、これに関連した新たな情報が報じられました。当時の韓国政府は「自衛権」の範疇という認識だったといいますが、正当なものなのでしょうか。
韓国側の報道で明らかになった衝撃の事実
2022年8月18日(木)、韓国の大手紙である中央日報が報じたところによると、2019年2月に韓国軍当局が海軍に対して伝達した「日航空機対応指針」と呼ばれる文書の中で、警告に従わず接近してきた日本の哨戒機に対して「火器管制レーダーの照射」の実施を許可していたことが判明しました。
海上自衛隊のP-1哨戒機(画像:海上自衛隊)。
「火器管制レーダー」とは、ミサイルや砲を目標に対して誘導するためのレーダーで、実際にこの指針が伝達される直前の2018年12月には、韓国の駆逐艦による海上自衛隊の哨戒機「P-1」に対する火器管制レーダー照射事案が発生しています。一般的に、火器管制レーダーの照射は非常に危険な行為とされており、さらに韓国と日本は友好国であることから、当時この件は日本の防衛関係者に大きな衝撃を与えました。
さらに、中央日報の報道によると、「日航空機対応指針」において、火器管制レーダーの照射は「自衛権」の次元として現場指揮官の判断に一任されていたことも明らかになっています。果たして、こうした行為を自衛権の行使として実施することは法的に許されるのでしょうか。
自衛権にも種類がある?
まず、中央日報の報道にある「自衛権」という言葉についての整理が必要です。一般的に、国家が他国から攻撃を受けた際に反撃する権利のことを「自衛権(right of self-defense)」といいますが、実は、ひと口に自衛権といってもこれには種類があると考えられています。
ひとつは、前述のように「国家が他国から武力攻撃(一定の規模をともなう軍事攻撃)を受けた際にこれに反撃する自衛権」で、これを「国家自衛(National self-defense)」といいます。もうひとつは、「平時などに軍の部隊や艦艇がその活動地域で攻撃を受けた際にその場で反撃する自衛権」で、これを「部隊自衛(unit self-defense)」といいます。
火器管制レーダー照射事案を起こした韓国海軍駆逐艦「広開土大王(クァンゲト・デワン)」(画像:アメリカ海軍)。
「国家自衛」と「部隊自衛」の分かりやすい違いは、まず国家自衛の場合その行使を命じるのは政府のトップ(大統領や総理大臣)である一方、部隊自衛の場合は現場におけるトップである部隊指揮官や艦長になります。
また、国家自衛は自国の防衛を目的としているため、反撃のために行使できる武力に関して、その規模や地理的範囲(どこで武力を行使するか)などを必要に応じて広く設定することができます。一方で、部隊自衛の場合はあくまでも現場における部隊や艦艇の防護が目的のため、行使できる武力の規模やその地理的範囲などに大きな制約が課されると考えられています。
これらを踏まえると、中央日報の報道にある「自衛権」とは、現場海域において生じた脅威に対して現場の指揮官である艦長の権限で行使されるものであり、つまり「部隊自衛」を指しているものと考えられます。
海外で活動する自衛隊はどうなる?
ちなみに日本の場合も、こうした部隊自衛のような権限が現場の自衛官に認められています。たとえば現在、中東海域に派遣されている海上自衛隊の護衛艦に関して、もし護衛艦に対する攻撃が発生した場合には、それに乗艦している自衛官が一定の要件の下で武器を使用してこれを防護することができます。
これは「武器等防護のための武器の使用」(自衛隊法第95条)に基づくもので、この場合、護衛艦という「武器」を防護するためにその乗員である自衛官が護衛艦に搭載されている装備を使用してこれを防護するという仕組みです。
2022年8月現在、ソマリア アデン湾における海賊対処への取組として現地へ派遣されている第41次水上部隊の護衛艦「さみだれ」(画像:海上自衛隊)。
ただし、この「武器等防護のための武器の使用」では、攻撃してくる相手はテロリストや武装集団など国家以外の存在が想定されているため、基本的に他国の軍隊による攻撃に対してはまた別の法的根拠が必要になります。とはいえ、たとえばどこかの軍隊から突発的に攻撃を受けた場合など、相手の意図などが不明確な場合には、例外的に「武器等防護のための武器の使用」によって対応できる可能性はあります。
また、先述した「部隊自衛」では部隊に所属する要員や艦艇の乗員などの身体や生命を防護することを目的としていますが、「武器等防護のための武器の使用」ではあくまでも「武器」の防護が目的とされているなど、両者には大きな違いがあります。
韓国の行為は「部隊自衛」として認められるのか?
このように、確かに国際法上は、行動中の艦艇に対する脅威が生じた際に、現場の艦長の判断に基づいてこれに対応することが可能と考えられます。しかし、それはあくまでも実際に攻撃を受けたか、あるいはその差し迫った脅威が存在する場合に限られるとも考えられます。
たとえば、この「部隊自衛」について規定するアメリカ海軍やオーストラリア海軍のマニュアルを見てみると、その行使が許されるのはあくまでも現実の攻撃やその急迫した脅威が生じた場合に限定されています。
2018年12月20日15時ごろ、能登半島沖にて。海自P-1哨戒機が韓国艦「広開土大王」(中央上)より火器管制レーダー(FC)の照射を受けた(画像:防衛省公開動画より)。
これに照らして考えてみると、まず、2018年12月の事案に関しては、日本の防衛省が公開している映像からも分かる通り、当時の「P-1」の行動は韓国海軍の駆逐艦に対して一切脅威を与えるものではありませんでした。また、その後策定された指針に関しても、単に日本の哨戒機が警告を無視して接近してきたからといって、これに対して火器管制レーダーを照射することを「部隊自衛」として正当化することは難しいと考えられます。何より、これを友好国の軍用機に対して実施することは全く好ましいことではありません。
韓国側の対応が非協力的だったこともあり、ことの真相は未だ明らかではありませんが、しかし今後このようなことが二度と発生しないことを切に願います。