旭川大高が最後の甲子園で全国の球児に与えた希望。王者・大阪桐蔭に一歩も引かず「どれだけ強い相手でもいい試合ができる」
終わってみれば大金星とはならなかった。だが、大横綱を土俵際まで追い詰め、慌てさせた。旭川大高(北北海道)は下馬評を覆す試合運びで、大阪桐蔭と渡り合った。
試合後、大阪桐蔭の西谷浩一監督は開口一番、このように語っている。
「『しぶとく、粘り強い野球』をウチは身上にしているのですが、それを相手に前半やられてしまいました」
下馬評を覆し、大阪桐蔭と五角の戦いを演じた旭川大高ナイン
秋の明治神宮大会、春の選抜高校野球大会を連覇。大阪桐蔭は秋春夏の高校野球完全制覇をもくろむ、誰もが知るエリート校である。全国各地から志の高い好素材が集まり、たしかなノウハウを持った指導陣のもと究極の域まで己を高める。他校にとってやっかいなのは、この名門は少しも油断せず常に勝利に飢えていることだ。
試合前のシートノックから大阪桐蔭の「圧力」は始まっている。超高校級の技術だけでなく、内野陣から「ゴォ〜」と湧き上がる雄叫びは迫力を増幅させる。初めて大阪桐蔭を見たファンなら、きっと圧倒されるはずだ。
ところが、旭川大高の正捕手を務める大渕路偉(ろい)は少し変わった見方をしていた。
「すごく勢いがあったんですけど、でも勢いがある分、ミスも起きるかな? と思っていました」
試合前から大阪桐蔭にのまれることはなかった。そして大渕の見方どおりなのか、大阪桐蔭はこの試合で2個のエラーを犯している。
大阪桐蔭が相手だからといって、特別な指示もなかった。今年で監督30年目の端場雅治監督は言う。
「自分たちの持っているものを100パーセント表現する。守りはノーミス、攻撃は送れるところは送って、チャンスで一本出す。やるべきことを100パーセントやろうと選手には伝えました。大阪桐蔭に対して(の指示)、ということではありません」
大阪桐蔭の先発投手は背番号1をつけた川原嗣貴。140キロ台の快速球とカットボール、スプリットを武器にするドラフト候補右腕である。
この日の川原について、ベンチの西谷監督は「一つひとつのボールは決して悪くない」と感じていた。ボールを受ける松尾汐恩も「球自体はいいボールを放っていた」と証言する。そんな川原に旭川大高打線は1回表から襲いかかる。
大阪桐蔭のドラフト候補・川原嗣貴から2ラン本塁打を放った旭川大高の藤田大輝
先頭の左打者・近藤伶音がいきなりセーフティバントを成功させる。「地区大会からああいう形で出塁するのが持ち味」と端場監督が語るリードオフマンが出塁し、バントで送って一死二塁。打席に入った3番の藤田大輝はこの日、神がかった打棒を見せる。
身長169センチ、体重74キロと体格的には平凡ながら、端場監督が「チャンスに強いし長打力もある」と評価するほど藤田の打撃力は高い。バットのグリップを頭上に掲げ、右足を高く上げるダイナミックで個性的な打撃フォーム。川原の140キロ台中盤に達するストレートにも、藤田はまったく振り負けなかった。
4球連続ファウルで粘った末に、最後は134キロのスプリットをとらえてレフト前へ。「憧れの場所で緊張していた」という藤田は、この打席で解き放たれる。以降はボールが今まで以上によく見えたという。
1対0とリードして迎えた3回表には、川原が内角寄りに投じた140キロのストレートを一閃。ライトスタンドに放り込む高校通算10号2ラン本塁打になった。
「甲子園球場に入った瞬間に『広いな』と感じたんですけど、(この打席は)打った瞬間に『近いな』と思いました。完璧な当たりで、最高でした」
ホームインした藤田がベンチに帰ると、興奮状態の仲間たちは口々に何かを叫んでいたが、藤田は「言葉にならない感じ」とまったく聞きとれなかった。まさに狂喜乱舞の先制攻撃で、旭川大高のリードは3点に広がった。
藤田は第3打席でも川原のストレートをとらえ、センター前ヒットを放っている。大会前のアンケートで自分の性格について「いい事があるとすぐ調子に乗るタイプ」と回答した藤田だが、この大舞台でその気質が存分に生きた。
だが、大阪桐蔭も黙ってはいなかった。3回裏には主将・松尾のタイムリーヒットとパスボールで2点を返すと、6回裏にはドラフト候補の大器・海老根優大がレフトスタンドに同点本塁打を放り込む。さらに7回裏には伊藤櫂人の勝ち越し本塁打が飛び出すなど、3得点で逆転に成功した。
旭川大高もチャンスはつくるものの、走塁ミスが相次ぎ得点を奪えない。9回表には藤田のこの日4本目となるヒットが出て二死満塁と見せ場をつくったが、あと一本が足りなかった。3対6。旭川大高の夏が終わった。
「旭川大高」としての最後の夏試合後、健闘を称えるような質問が相次ぐことに困惑した表情を見せていたのは端場監督だ。
「守備にしても走塁にしてもミスがいくつかあって、それが響いたかなと感じます。ウチが大阪桐蔭さん相手に勝つとしたら、ウチが100パーセントのゲームをしなければ勝てないと選手に言っていました。そこでミスが出たのが最大の敗因だったのかなと」
いくら善戦したとしても、負けは負け。本気で大阪桐蔭を倒そうとした勝負師らしい振る舞いだった。
一方、強烈な爪痕を残した藤田は上気した顔でこう述べた。
「今までで一番いい結果が出たと思います。最高の舞台でいい試合ができたのは一生の思い出です」
今後は大学で野球を続ける。「4年間で結果を残してプロに行きたいです」と、藤田は晴れやかに語った。
試合後に胸に迫るコメントを残したのは5番打者であり、リリーフでもマウンドに立った山保亮太だ。旭川のファンに伝えたいことを問われた山保は、このように答えた。
「世間に『大阪桐蔭が大差で勝つ』と思われていても、自分たちが今までやってきたことを信じて最後まで全力で戦えれば、どれだけ強いチームが相手でもいい試合ができると伝えられたと思います」
この言葉はおそらく旭川市民だけでなく、全国至るところで下剋上をもくろむ球児たちに響くはずだ。
今年度限りで校名が変わることが確実になっている旭川大高。だが、その名前はインパクト抜群の戦いの記憶とともに残り続けるはずだ。