家、ついて行ってイイですか?を生み出した奇才が語る「1秒で惹きつけて、1秒も飽きさせない技術」 - 放送作家の徹夜は2日まで

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※この記事は2021年12月20日にBLOGOSで公開されたものです

テレ東の人気番組『家、ついて行ってイイですか?』を生み出したテレビ東京局員・高橋弘樹さん。テレビマンの本とは思えない500ページを超える著書『1秒でつかむー「見たことないおもしろさ」で最後まで飽きさせない32の技術』の中から現役放送作家が厳選した2つのテクニックをご紹介します。

放送作家の深田憲作です。

今回は「テレビ東京を代表する演出家の1人」について書いてみたいと思います。YouTubeで人気の「本の要約チャンネル」を“テレビマンの本でやってみるコラム”の第9弾です。

今回はテレビ東京局員・高橋弘樹さんの『1秒でつかむー「見たことないおもしろさ」で最後まで飽きさせない32の技術』という本をご紹介します。

1秒でつかむ――「見たことないおもしろさ」で最後まで飽きさせない32の技術 Kindle版

高橋さんはこれまでに『家、ついて行ってイイですか?』『吉木りさに怒られたい』『ジョージ・ポットマンの平成史』といった番組を手掛けられてきました。

テレビ東京のバラエティ制作者といえば、現在は退社されていますが『ゴッドタン』『あちこちオードリー』などを手掛ける佐久間宣行さんや『モヤモヤさまぁ~ず2』『緊急SOS!池の水ぜんぶ抜く大作戦』を手掛ける伊藤Pこと伊藤隆行さんの2人の知名度が高いかと思います。

高橋さんはメディアで取材を受ける機会が多くないため、世間的な知名度は佐久間さん、伊藤さんに及んでいないかもしれませんが、2人と並ぶくらいの結果を残しておりテレビ東京を代表する演出家の1人だと思います。少なくともテレビのバラエティ制作者ならば誰もがその名前を知っていて、一目置いている存在でしょう。

『1秒でつかむ』は2018年に発行されたもので僕も早い段階で書籍を購入して読了していたのですが、このコラムで取り上げるのには躊躇がありました。というのもこの本、テレビマンが書いた本の中ではかなり異例というか異質な内容。「日々の仕事だけでもクソ忙しいはずなのにこの1冊を書き上げるのにどれだけの熱量を使ったんだよ!?」とツッコミたくなるほど中身が濃いのです。質だけでなく量も常軌を逸しており、ページ数は500超。その分量でありながら一切飽きずに読み切れる圧巻の内容でした。

本の中で高橋さんは「説明書ではなく体験書にしたいと思って書いた」と述べているのですが、1冊を通しての構成も実に緻密に練り上げられており、さまざまな伏線や仕掛けが施されています。ビジネス書でありながら、それはまるでミステリー小説のような仕上がりと言っても過言ではないでしょう。そのため一部分をハイライト的に切り取る要約コラムで扱うのは申し訳ない気持ちがあって躊躇していました。

「この人、異常者なんじゃないか…?」と思いながら読み進めていると、後半でその理由が明らかになり謎の安堵を感じたのですが、高橋さんはこの本を“自身が演出する番組の若手ディレクター”に向けて書いたそうです。

どういうことかというと、高橋さんが演出する『家、ついて行ってイイですか?』では35人の若手ディレクターが働いており、番組の精度を高めていくためにノウハウを彼らに細かく伝えていかなければいけません。(通常、1つの番組に関わるディレクターは15人いれば多い方だと思います)35人もの若手ディレクターに自身の細かい仕事術を伝えるのは至難の業。そこで仕事のマニュアルを作ろうかと迷っていたところに出版社の方から依頼があり、この本を作ることを決意したそうです。

そのため本の内容は「テレビマンとしてのキャリアで培ってきた番組作りのノウハウや体験談を時系列に述べていく」という表層的なものにとどまらず、それを読んだ人が即スキルとして使える実践的なものになっています。

もちろん、若手ディレクターに向けて書いた内容でありながら多くのビジネスマンにとっても使える内容に昇華されているため、このコラムを読んでいるほぼ全ての人にお勧めできる本となっています。

『1秒でつかむ』という本の概要を紹介する“つかみ”にここまで約1500文字を消費してしまい恐縮ですが、ここから具体的な本の内容について触れさせていただきます。

人気番組『家、ついて行ってイイですか?』の構造と実績

『1秒でつかむ』と銘打っているのに相応しく「はじめに」の項の書き出しから読者を惹きつける強い言葉が並んでいます。書き出しは以下の通り。

「本書を読んだ後のことについて3つを約束します。①仕事で使える圧倒的な武器が身についている②日々のテレビを見る時間が超有意義になる③脳内にLet It Beがかかる」

「圧倒的な武器とは何か。それはコンテンツづくり、ものづくり、PR・広報、企画、営業、メディアなどの現場において①誰も見たことのないおもしろい企画を作る②見えない魅力を引き出す③興味がない人にその魅力を伝える④1秒で惹きつけて、1秒も飽きさせない⑤人の心に深く突き刺さるための武器です」と。

これらを伝えるうえでの前提として高橋さんが演出する『家、ついて行ってイイですか?』という番組の構造とその実績についても言及しています。

まずは『家、ついて行ってイイですか?』でスポットを当てているのが、明石家さんまさんやマツコ・デラックスさん、乃木坂46といった人気タレントではなく、夜の街で終電を逃しただけの“市井の人”だという点。

そして、本来なら視聴者が興味を持ちにくい“ごくごく普通の人”をメインで扱っているにも関わらず「視聴質」というAIによって測定されたデータでは地上波の全テレビ番組の中で『大河ドラマ 「西郷どん」』『謎とき冒険バラエティー 世界の果てまでイッテQ!(以下、世界の果てまでイッテQ!)』に次ぐ3位にランクインするという結果を残しています。(※2018年1月クール)

AIによってその番組を見ている人がどれだけテレビを凝視しているか(=テレビを見ている時の目玉がどれだけ動かないか)を計測できるらしいのですが、その値に関しては全バラエティ番組の中で1位だったそうで、『世界の果てまでイッテQ!』や『アメトーーク!』よりも視聴者の目がテレビ画面を凝視しているという結果が出たということです。これがいかに驚異的な結果であるかはテレビ関係者でなくともご理解いただけるのではないでしょうか。

そんな“市井の人”をメインに扱った番組を2014年からレギュラーで毎週演出してきたからこそ、高橋さんは“1秒たりとも飽きないで見てもらう”ためのノウハウを積み上げてきているわけです。そのためこの本に書かれている内容の持つ説得力は確かなものがあるかと思います。

見たいと思わせるために大切な“設定”

この本で重要に感じる部分は読者によって異なると思いますが、ここでは僕自身が感銘を受け、かつどんなビジネスマンにも役立つであろうと思った2点をご紹介します。たった2点ですみません。

1つ目が…「すべては設定力」という項で述べられていた内容。放送作家である僕が主戦場としているテレビ番組やYouTubeでのコンテンツ作りにおいて「見たら面白いというのは最低条件。見たいと思わせることが大事」というのは制作現場でよく言われます。

映画館で見る映画とは違い、テレビ番組はチャンネルを合わせて数10秒、下手するとほんの数秒で面白くなさそうと思われたらチャンネルを変えられてしまいます。その意味で『家、ついて行ってイイですか?』は「それを見たいと思う。見続けたいと思う。そして見たら面白い。(人気タレントではなく市井の人をメインで扱っているにもかかわらず)」を実現させている番組なので、その「見たいと思わせるためのノウハウ」に言及しているこの項は個人的に大変興味深く読ませていただきました。

高橋さんは「見たいと思わせるには設定が必要」と述べ『家、ついて行ってイイですか?』を例に以下のような説明をしています。

①人の家を見せてもらう番組
終電を逃した人の家を見せてもらう番組

②のように「終電を逃した人」という設定にすることで①よりも見たいと思う興味の度合いは強くなります。同じ“市井の人”を撮影するのでも「どの瞬間」を切り取るかの設定を変えるだけで訴求力が上がるということです。そして、もう1つ設定を作りこむ手段として「方法」があるといいます。

①終電を逃した人の家を見せてもらう番組
②終電を逃した人の家を、いますぐに見せてもらう番組

これも①に比べて②の方が見たいと思える興味の度合いが増しています。このように「どういう手段」で切り取るかによっても興味が高まるということです。

『家、ついて行ってイイですか?』では終電を逃した人という設定のほかに「祭りの後」「銭湯で風呂上りの人」「居酒屋で飲んでいる人」などシチュエーションの設定を変えて行っているのですが、これらに共通するのは「人の心が解放的になっている瞬間を狙ったもの」だと述べています。

同じ“市井の人”の家を見せてもらう番組でも設定によってそれを「見たい」と思えるものかどうかが大きく異なることはこの具体例でご理解いただけたのではないでしょうか。これはテレビ番組以外のもので例えると、同じカレーでも「100時間煮込んだカレー」「イチロー選手が愛したカレー」「ジブリ映画に登場したカレー」という設定が加えられただけで「食べたい」と思う興味の度合いが大きくなるのも同じ原理だと思います。

この設定の考え方は読者のみなさんが会社で新企画をプレゼンする際、営業で商品を売り込む際、恋人にデートでこれから行くお店について話す際などにも使えると思います。

『家、ついて行ってイイですか?』は、すっぴんの人妻が見たいという欲望から生まれた

そして、僕がこの本で感銘を受けた2つ目が…「自分の欲望肯定力」という項で述べられていた内容。僕にとってはとても勇気が出る言葉から始まるのですがそれが「深く刺さるコンテンツ作りとはどこか狂っている」というもの。たとえば、宮崎駿さんは1作品の映画を仕上げるのに自ら1000枚以上のコンテを描き、『風立ちぬ』では関東大震災の混乱の中で群衆が行き交うわずか4秒のシーンに1年3か月もの時間をかけています。

高橋さんは、宮崎駿さん、新海誠さん、黒澤明さんを引き合いに出して「この人たちはただの天才だからここまで狂う必要はないが我々は“ほどよく狂う技術”が必要」と述べています。そしてそんな狂気は「熱量と欲望」の2つで構成されており、熱量をかけられるだけの「自分のやりたい企画や仕事」を実現させることが必要であるといいます。

『家、ついて行ってイイですか?』も最初に企画書を提出した段階では「深夜にすっぴんの人妻を見たい」という高橋さんの欲望から端を発した『奥さん、見せてください』というタイトルの企画でした。仕事終わりのサラリーマンが溢れる街で「あなたの奥さんを見せてください」とお願いして家についていくという内容だったのですが「この内容では女性視聴者がついてこず数字が取れない」とテレビ東京の上層部から助言を受け、企画内容を再考したそうです。

そこで突き詰めて考えた結果、高橋さんの欲望は「無防備な深夜のプライベート空間」と「不動産」にあったのだと自己分析。そこからその欲望をより多くの人に見てもらえる内容に昇華させたのが『家、ついて行ってイイですか?』という企画として着地したわけです。

高橋さんは自分の欲望をそのまま企画にすると世間に受け入れられないものになってしまいますが、昇華させすぎると“深く刺さらないもの”になってしまう危険性についても警鐘を鳴らしています。それをステーキに例えて「肉を完全なレアで食べたらお腹を壊すけどウェルダンすぎると本来の肉の風味を損なう。欲望の程よいミディアムレアが深く刺さる企画だと思う」と説明しています。

これは多くのビジネスマンが1度は直面したことがある問題ではないでしょうか。自分の好きなモノを企画に落とし込むとどうしても独りよがりになってしまい世間の需要が見込めない。逆に自分は全く興味がないのに世の中の需要だけを考えて作ったモノには深みが出ない。自分の欲望をミディアムレアに昇華させ、圧倒的熱量で作品や商品作りに挑む。それこそが成功への近道なのだと思いました。

このコラムでは本のごくごく一部、0.1%すら紹介できていないのですが、実際に読んでいただければ必ずやあなたに武器をもたらせてくれる内容になっていると思います。興味を持っていただけた方はぜひ、ご購入いただき読んでみて下さい。

1秒でつかむ――「見たことないおもしろさ」で最後まで飽きさせない32の技術 Kindle版