注目の若手芸人″ペンギンズ″が見せる「アニキと舎弟」の奥深さ - 松田健次
※この記事は2017年08月24日にBLOGOSで公開されたものです
純度の高い「兄弟愛」が放つ美しさとおもしろさ
言い過ぎておくが、最近テレビに映る人達の中で、ペンギンズがいちばん美しいと思う。ペンギンズは寡黙でヤクザなアニキ、アニキ大好きなチンピラのノブオの二人組だ。もちろん設定された架空のキャラクターではあるが、それでもこんなふうに互いに互いを固く結びあっている人間関係を、2017年の現実世界に探し出すことは、とても途方に暮れるだろう。
今年は日々、四方八方から、人と人の関係のもろさを見せつけられている。昨日まで慕い慕われていた関係だったと思いきや、あくる日、そんな蜜月は微塵も無かったように変わり果てる。その反動も含みつつ、ペンギンズは美しいのだ。
<2017年4月1日放送 「決戦!お笑い有楽城」(ニッポン放送) ペンギンズ ネタ>
ノブオ「きょうはアニキと漫才やらせて頂きやす、笑ってください!(センターから上手に下がって)
アニキ「(ゆっくり登場)」
ノブオ「よっし、アニキ来たぞ、よっしゃよっしゃ」
アニキ「(センターマイクの前へ)・・・・どうも、(ノブオを指して)アロハシャツと、(自分を指して)セクシードレスでやらしてもらってます」
ノブオ「アニキおもしれぇ!アハハ、OKきょうも決まったぞアニキ!よっしゃーOKよっしゃー」
アニキ「ノブオー!」
ノブオ「はい!」
アニキ「今のはボケたんだからツッコむのがスジってもんだろう」
ノブオ「(青ざめて大声で)あぁ、すいませんでしたー!!」
アニキ「・・・・・・・・のど大切にしろよ」
ノブオはこらえようがないほどアニキを慕っている。アニキはそんなノブオを冷静に見つめながらも、常に気にかけている。いったい彼らの人生にどんな過去があったのか、任侠界から芸界に転身し、笑いに挑んでいる。アニキのほうが笑いに一日の長があり、ノブオはアニキにひたすら付いていく関係・・・という設定だ。
<同上より>
ノブオ「(嬉しそうに)アニキ~!」
アニキ「どうしたノブオ」
ノブオ「母の日にかけてあげたい言葉って色々ありやすよね」
アニキ「色々あるなぁ。次は三段オチ、すなわち3つめにボケるから、しっかりツッコめよぉ!」
ノブオ「よっしゃオラ~ッ!」
アニキ「母の日の言葉と言えばまず、お世話になってます」
ノブオ「ひとつめ・・・ふぅふぅ」
アニキ「ありがとう」
ノブオ「ふたつめ・・・ふぅふぅ」
アニキ「・・・・・」
ノブオ「なんでやねーん!(思い切りアニキをツッコむ)よしOK、よしOK、できた、これがツッコミだぞ。できたできた」
アニキ「ノブオ」
ノブオ「はい!」
アニキ「ちなみになんて俺がボケてたか聞こえてたか」
ノブオ「・・・やべえ、えっと、お世話になってます、ありがとう、こんぺいとう?」
アニキ「俺は有賀さつきってボケたんだよ。こんぺいとうだぁ?」
ノブオ「すいません・・・」
アニキ「・・・いただいとくよ」
ノブオ「アニキおもしれえ!ああ良かった」
漫才を通して、アニキの懐の深さ、ノブオのまっすぐな純情が伝わって来る。二人はどこまでもお互いを必要とし、信じあっている。この二人の関係が他者を寄せ付けず、二人だけの世界に閉じれば閉じるほど兄弟愛は純化し、美しさを増していく。「超・共依存」が美しさの核であり、美しくなればなるほど(二人を客観視する我々には)おかしさに転化していく。
ペンギンズ――、現時点ではブルゾンちえみのようなブレイクとまでは言い切れないが、そのネクストステージに位置する、2017年注目の若手芸人だ。まだ結成2年目だが、アニキとノブオ、二人とも芸歴に紆余曲折あり、今や40歳(アニキ)と32歳(ノブオ)の中堅年齢にある。この年齢の積み重ねが彼らのキャラクターに説得力をもたらし、ファンタジーなキャラのまま現実世界に居続けることに、いい折り合いももたらしている。
人間関係が希薄な時代に現れた「アニキと舎弟」ファンタジー
そして、この「アニキとその舎弟」という組み合わせは、別段珍しくない。映画・ドラマ・漫画などでひとつの定型にある設定だ。たとえば・・・、
<60年代>「ハリスの旋風」石田国松&アー坊
「男はつらいよ」渥美清&佐藤蛾次郎
<70年代>「ど根性ガエル」ひろし&五郎、ゴリライモ&モグラ
「傷だらけの天使」萩原健一&水谷豊
「ムー一族」細川俊之&たこ八郎
<80年代>「とんぼ」長渕剛&哀川翔 ・・・etc
古いところかになったが、60年代以前、90年代以降にも目を凝らせば、この「アニキと舎弟」の組み合わせはあるだろう。ある沸点を超えた時、互いに危険をかえりみず、命を賭して身を投げ出す覚悟に裏付けされた親族以上の相互献身がこの関係の主体だ。
だがこの関係は、現・2010年代後半から見返すと前時代的に映る。人と人のつながりが、ほぼデジタルツールで覆われてしまった希薄な時代だから、という、いかにもな理由も添えつつ、これは人が生きる為に親族以上の絆を他人を結ぶ必要があるかどうか、の必要性がその時代にどれほどあるか、という話だ。
遡れば、仏門の師弟や、武士道の御恩奉公あたりを根源に、やがて様式美にもなって脈々と刻まれてきた「アニキと舎弟」の関係は、すでに80年代あたりから現実に無いモノとして相対化され、ファンタジーへと追いやられてきた。
そのファンタジーをペンギンズはまとって現れた。ファンタジーな彼らは始めから「つくりごと」との親和性が高い。その特性は漫才のシメにある「泣き」のパターンで如実に活かされている。
<同上より>
アニキ「じゃあ最後に一発ギャグを」
ノブオ「待ってやした!」
アニキ「♪右手もグーで左手もグーで(こぶし重ねて)雪だるま」
ノブオ「(小声で)アニキおもしれえ・・・」
アニキ「おまえホントはおもしれえと思ってねえだろ」
ノブオ「いや違うすアニキ」
アニキ「何が違えんだよ」
ノブオ「(すすり泣き)アニキそのギャグ、こないだおれっちが兄貴のために考えてあげたやつっすよね。アニキそのギャグ見たときは、こんなクソつまんねえの絶対やんねえかんなって言ってたのに、今日こんな大事な有楽城の舞台でやってくれたから嬉しくて~。声出なかったんです。アニキすいませんでした」
アニキ「ノブオ~~~」
ノブオ「はい」
アニキ「ルノアール行くぞ~(立ち去る)」
ノブオ「はい!(アニキについていく)」
男と男のメロウは哀しいほどバカバカしい。「ノブオ~、○○行くぞ」は「フレーズ替え」の効くフォーマットとしてすばらしい発見だ。稀に見る完成されたギャグフォーマットだと思う。
幸運を引き寄せたペンギンズは「もっている」
ペンギンズは2016年夏に、この「アニキと舎弟」の設定を始めたという。その3か月後、同年12月には若手芸人発掘番組の「マイナビLaughter Night」(TBSラジオ)で月間チャンピオンになり、翌年4月には「決戦!お笑い有楽城」(ニッポン放送)で優勝している。芽の出方が早い。キャラクターの完成度がキャリアを必要としないのは昨今のお笑い界の傾向だろう。
自分が初めてペンギンズを認識したのは、2017年3月22日「決戦!お笑い有楽城」(ニッポン放送)の収録時だった。そこで彼らに感じたのは何より「懐かしさ」だった。こういう設定、昭和に定番だったよな、という郷愁だ。51歳の目からはそう映った。
だが、会場に集っていた百名程の若い観客たち、概ね90年代以降に生まれただろう20代を中心とする観客たちにはどう見えていたのか。「懐かしさ」とは別の「新鮮さ」だったのだろうか。
そして、ペンギンズのネタはすこぶるウケた。その日出演した若手芸人の中で、観客投票1位の評価を獲得した。「お笑い有楽城」という番組では毎回12組の若手がネタを披露し、観客&審査員投票で上位3組が決勝に進む。決勝では5分のフリートークを聞かせ、審査員によって優勝が決められる。決勝に残ったのはペンギンズ、パーマ大佐、ポイズンガールバンドだった。
ラジオを想定したフリートーク、ここでペンギンズは素に戻り、アニキとノブオは声のトーンを地声に戻すのだろうか? キャラ声のままで5分のフリートークはなかなか荷が重いと思うがどうするのだろう・・・この場にいる多くの人々がそんな思いを抱いていたと思う。
コンテストで勝つときはそれが実力であれ運であれ、往々にして見えない風が吹くものだ。このとき、決勝のフリートークに入るペンギンズの紹介をする番組アシスタントだった笹木香利(太田プロ)が図らずもその風を招いた。
<同上より>
笹木「それでは決勝ラウンド、エントリーナンバー3番、ペンギンさんです、どうぞ!」
ノブオ「(舞台袖から)てめぇ、ナメてんじゃねー、ペンギンじゃねーぞ、ふざけんなコノヤロウ!アニキに失礼だろ謝れコラ」
※(会場爆笑)
笹木「(仕切り直して)それでは決勝ラウンド、エントリーナンバー3番、ペンギンズさんです、どうぞ!」
このトチリで、ペンギンズへのシンパシーが会場に充満した。ペンギンズはキャラ設定のままフリートークへ入った。その「このキャラでどこまでいけるのか?」という不安感を客席は逆に歓迎し、行けるとこまで行けばいいと背中を押すようだった。その前向きな空気がウケ方を3割増しにしていた。トーク内の多少のまごつきも好意的な笑い声が逐一カバーした。
幸運を引き寄せる力を指して「もっている」と言うが、ペンギンズはもっていた。ここでは追い風を強める偶然の間に恵まれた。トークの持ち時間は5分で、喋り手と観客に残り時間を知らせる「30秒前」、「10秒前」という天の声が流れる仕組みだった。トークは前半からノブオが引っ張り、すでに終盤に差し掛かっていた。
<同上より>
ノブオ「じゃあアニキ、そろそろアニキの大爆笑トークでシメたいと思いやすんで、アニキ最後にお話のほうお願いします」
アニキ「俺はワンコが大好きなんだけどもね」
ノブオ「カワイイ!アニキカワイイ、めちゃくちゃカワイイ、アニキのそういうとこいいと思う。やっぱりアニキそういうとこいいからな、そういうとこ付いてきて良かったなって思う」
アニキ「しゃべらせろよ!」
ノブオ「すいません」
アニキ「しゃべらせろよ、ワンコの話してえんだよ」
ノブオ「ワンコの話お願いします。アニキ早く話さないと時間ないす」
アニキ「おまえがじゃましてんだよ」
ノブオ「アニキ5分しかないって言ってるのに」
NA(天の声)「30秒前」 ※(会場爆笑)
ノブオ「(天に向かって)おいアニキしゃべってんだろうがよ!アニキしゃべってんだろうがよ!30秒前じゃねえぞコラ、姿見せろ誰だおい、甲高い声のヤツよ! アニキ大丈夫すから別にオーバーしてもいいすからね、いきましょう話」
アニキ「こないだ道を歩ってましたらね、前に」
NA(天の声)「10秒前」 ※(会場爆笑)
ノブオ「(天に向かって)アニキしゃべってんだろうが!アニキもう時間ないんで、3文字の面白い話でいいすか?3文字でお願いします。ごめんなさいもう時間がないんで3文字3文字」
アニキ「こけた」 ※(会場爆笑)
SE(タイムアップのゴング)
持ち時間を知らせる天の声が、絶妙のタイミングでアニキいじりになって爆笑を引き寄せた。それに加え、残り時間があわただしい中でのノブオのシメ方とアニキの返しもコンビネーション良く、追い風に着地をつける器用さも発揮した。ペンギンズの優勝が発表された時、客席は大きな歓迎ムードに包まれていた。
ペンギンズのネタが持つ「古典」の美しさ
前後して、放送業界ではペンギンズの評価が同時多発のように起きたようだ。地上波露出は春から夏にかけ着実に増えた。幾つかの出演番組の中で、彼らの魅力をピンポイントで掘り下げていたのが、放送作家・鈴木おさむが企画とMCを務める「冗談手帖」(BSフジ)だった。
この番組は鈴木おさむが若手芸人に課題を与え、そのテーマに沿った「実験ネタ」を創作&披露させる。そこから若手芸人が売れるための新たな可能性や芸域を探る趣向だ。ペンギンズに与えられた課題は「アニキの恋」だった。
<2017年5月10日放送 冗談手帖(BSフジ)より ペンギンズ「アニキの恋」>
ノブオ「きょうはアニキ行きつけのスナックのアケミママが観に来てくれてるんで、アニキと一生懸命漫才やらせて頂きます。アケミママ!(客席に手をふって、いつものポジションへ)アニキアニキ!」
アニキ「(登場するが、ノブオの後ろに隠れる)」
ノブオ「あら?アニキ違うっす!こっちです、どうぞこちらへ(センターへ)こっちっす。どうぞどうぞ、自己紹介お願いしやす!」
アニキ「・・・(小声で)アロハシャツとベビーフェースで」
ノブオ「声ちっちゃい声ちっちゃい!アニキ漫才はおっきな声でいつもやるって言ってたじゃないすか」
(中略/アニキが実はアケミママに恋しているとノブオが察し、漫才中にアニキを持ち上げる方向へ)
ノブオ「(下手隅で)そしたらオレっち、きょうアニキのサポートいっぱいしますんで」
アニキ「そうか」
ノブオ「おれっちいつもホットドッグプレス読んでるんで大丈夫すよ」
アニキ「ホットドッグプレスだぁ?・・・ぜってぇうまく行くじゃねえかよ」
※(中略)
ノブオ「(客席に向かってアニキの良さをアピールしている)アニキと付き合ったら色んなとこ連れてってもらえるし、色んな美味しいものも食べに連れてってもらえるし、どんどんどんどん二人の時間が増えて・・・(ふと気づいて表情が曇る)・・・ノブオとの時間は減って、毎週行ってたヘラブナ釣りも行けなく なって・・・、でもおれっちアニキの為なら我慢できます。アケミママ、アニキをお願いします。(頭を下げる)」
アニキ「(客席のママに向かって)ママー、デートの約束は、デートの約束は」
ノブオ「がんばれアニキ!」
アニキ「デートの約束は、キャンセルで」
ノブオ「デートの約束してたんすか!?」
アニキ「ノブオ~」
ノブオ「はい?」
アニキ「・・・上州屋行くぞ(立ち去る)」
ノブオ「はい!(ついて行く)」
ノブオはアニキを、アニキはノブオを、それぞれに思いあう。義兄弟ペンギンズの絆は、間に女性を寄せ付けないほど強いことが明かされた。この新たに掘り起こされたドラマチックなエピソードは、新ネタではあるが懐かしさを伴っていて、「アニキと舎弟」パターンで過去に多くの脚本家たちが描いてきたいい話のテキストに沿った様式美だった。
ペンギンズの美しさは、「古典」の美しさなのだ。
この先、ペンギンズはどんな道を辿るのだろう。美しいものは儚いというが、彼らの芸人ロードが儚いとは思えない。なにしろ、彼らの引き出しには「古典」の膨大なテキストが眠っている。そして、アニキが何かを繰り出せば、必ずノブオが成長するという構図がある。ものがたりの道は延々と伸びている。
<追記>
ペンギンズのことをずっと考えていたら、ノブオのアロハシャツの色柄が山下達郎の新譜「COME ALONG3」のジャケットに重なってしまった。80年代のFM専門誌「FM STATION」(ダイヤモンド社)を知る世代としては、鈴木英人のサマーブリーズなイラストは懐かしく気分を高めてくれるが、しばらく眺めていると切なさが忍び寄って来る。真夏の向こうに身をひそめる晩夏が、じんわり透けて見えるからでもある。
晩夏――、もし、ペンギンズの二人を季節に例えるなら、ノブオは夏でアニキは秋か。だとすれば、晩夏は一年のうちで唯一二人が行き交う短いあわいだ。言い過ぎておくが、ペンギンズにとってちょっととくべつな季節になる。
そんな季節にペンギンズのラジオ特番があるという。8月26日(土)27:00~「ペンギンズのオールナイトニッポンR」(ニッポン放送)だ。夏の終わりのペンギンズ、きっと哀しければ哀しいほど、切なければ切ないほど、バカバカしいはずだ。