※この記事は2017年04月09日にBLOGOSで公開されたものです

ここしばらく、ヤマト運輸の労働状況に注目が集まっている。

労組などの言及により、Amazonの荷物が増え、現場の従業員の負担が極端に増えていることが明らかとなったことがスタートだった。(*1)

単純な話、ヤマトの経営側が安易に仕事を請け負った結果、荷物が増大したにもかかわらず、必要な増員や増強を行えず、末端の従業員の負担が増えて疲弊して破綻しかけたという、典型的な「現場を見ないダメ経営」って話だと思うのだが、何故かネットでは「Amazonで買い物をするのが悪い」とか「過剰なサービスを要求するのが悪い」という、よくわからない話になっており、さらにヤマトが値上げの検討をしたり、当日発送撤退の方針を出すと「ヤマトスゲー」なんて言い出す人までいる始末。いや、これ、以前に牛すき鍋でオペレーション破綻起こした、牛丼チェーンのすき家と同じダメさ加減なんだが……

すき家はその後、問題を把握して労働環境の改善を行っているが、さて、ヤマトはどうなるかというのが本題ではなくて、本題はこれに合わせたかのようなタイミングで出てきた、環境省の動画だ。

環境省は今回のヤマトの事態に合わせたかのように「COOL CHOICE」というプロジェクトの動画を発表した。(*2)(*3)

「COOL CHOICE」とはCO2排出による地球温暖化という問題を解決するために、冷房の使いすぎとか暖房の使い過ぎとかに対する自制を呼びかけていくプロジェクトである。(*4)

その1つとして「君野イマ」と「君野ミライ」という2人のキャラクターを主人公にした3DCG動画がある。内容は早速見ていただくとして、端的に評すれば「環境省は、なぜ再配達が発生するかを、全く理解していない」ということに尽きる。

基本的な構図としてズボラなイマが、しっかりしたミライに導かれるというのは、キャラクター性として仕方ない部分はあるのだが、現実には宅配便を1回で受け取れず、再配達を発生させてしまうのはしっかりしたミライのような人である。逆にズボラでずっと家にいるようなイマのような人ばかりであれば、再配達は発生しないのである。

実際、Amazonのようなネット通販を利用するのは、普段は家にいられない単身者が多い。単身者は朝から晩まで会社で働き、帰ってくる頃には開いているのはコンビニ程度しかないということが、多々ある。

もちろん、コンビニもなかった昔よりは便利ではあるが、それでもコンビニにある商品は生活必需品に限られる。ちょっといいものや、趣味のものなどは手に入らない。かといって、そうした店に行く時間もない。だからネット通販なのだ。

だが、ネット通販はそのサイトによって仕組みが異なる。時間指定ができないサイトもあれば、時間指定が有料のサイトもある。そして時間指定をしたとしても、その日その時に本当に家にいることができる保障はない。突然のトラブルで残業を余儀なくされ、家に帰れないかもしれない。

そうして、また家のポストには、今日も不在票が挟まれる。こうしたことに、しっかりしている人であればあるほど、不在票を入れられてしまうことに、約束を破ったかのような苦悩を感じているのだ。

ここで動画を見直してみよう。動画ではズボラなイマが、不在票を貯めてしまっていることを、ミライに非難される。そしてミライはイマに対して、いかに再配達がCO2を増やすかを主張し「何度も再配達させるのはドライバーの人たちと未来に対する罪よ」と言い放つのである。

動画の中だけの話であれば、しっかりしたミライがズボラなイマに対して言う言葉であるし、こうしたアニメのキャラクターが独断調に相手を断罪するのは珍しくはないのだが、実際にこの「罪」という言葉が指し示しているのは、朝から晩まで働き、宅配便をちゃんと受け取ることができない、現実の人たちである。

一生懸命に働いているからこそ、宅配便を受け取れない人たちを、環境省のお役人たちが「罪だ!」と責め立ててしまっているのである。これは単身者に対する侮辱以外の何物でもない。現場にも単身者はたくさんいたのだろうに、どうしてこのような侮辱的な動画が作成されてしまったのだろうか。

もし、この動画が、再配達は発生させたくないが忙しくてちょっとスーパーなどに買い物にいった合間に不在票を入れられて困っているミライと、自宅にいるので宅配便を当たり前に受け取れるから、その苦労がわからないイマというストーリーであれば、共感も得られただろう。

そうした動画にならなかったのは、この動画にOKを出す権限を持つ人間が、専業主婦を養えるようなお金持ちだからだろう。いくら働いても家に誰かいる人からすれば、不在票があるということ自体が理解できないに違いない。かくして、宅配便の利用者を侮辱するような動画が産まれたのではないかと、僕は憶測している。

また、動画内で語られる「コンビニでの取置きの利用」についても、僕は批判的である。

コンビニ配送はまだ荷物の量が、レジの後ろに置いておける程度の少量だからこそ成り立っているのである。この量が増えて、レジの後ろに置けなくなった時点で、コンビニ取り置きは破綻する。

そもそもコンビニには「倉庫」がない。店に入って客が見渡せる空間のほかは、飲料置き場の裏のウォークインと、レジ脇に2、3畳の事務所しかないのがせいぜいである。コンビニは倉庫の役割を配送センターに持たせることで成り立っているのであり、細かく配送センターから品物を送ってもらうことで、狭い店舗でも品切れの少ない在庫状況を確保しているのである。

倉庫がないから、荷物の取り置きが増えれば破綻する。だからこそ、宅配各社は駅前やコンビニなどに「受け取り用のロッカー」を設置して、コンビニに依存しない、ちゃんとした場所を確保しようとしている。しかし、まだまだ数が足りないのが現実だ。

しかし、そうした現実もこの動画では全く伝えられていない。

この動画ではそうした様々な問題をないこととして、最初から最後まで一貫して「再配達をさせる利用者ことが罪人である」という利用者責任のテイストで統一されているのである。

働いている人ほど、宅配便を受け取れないというライフワークバランスという問題の責任を、利用者個々人に押し付け、違反する人を「罪だ」と貶めるのが「COOLなCHOICE」だなんて、冗談ではない。

環境省は、省庁としての責務を今一度自覚し直すべきであろう。

*1:アマゾン宅配急増、ヤマトに集中 「今の荷物量、無理」(朝日新聞デジタル)http://www.asahi.com/articles/ASK2R5WFCK2RULFA03S.html

*2:「何度も再配達させるのは、未来への罪」環境省、萌えキャラのアニメで啓発(ハフィントンポスト)http://www.huffingtonpost.jp/2017/04/04/cool-choice_n_15797212.html?ncid=tweetlnkjphpmg00000001

*3:再配達防止編:COOL CHOICE イメージキャラクター3DCG動画(環境省COOL CHOICE 動画チャンネル)https://www.youtube.com/watch?v=nhixrlYJoNo

*4:COOL CHOICEとは|COOL CHOICE 未来のために、いま選ぼう。(環境省)http://ondankataisaku.env.go.jp/coolchoice/about/