“豊洲移転”が実現すれば仲卸は新たなチャレンジができる ― 生田よしかつ氏インタビュー - BLOGOS編集部

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※この記事は2017年03月09日にBLOGOSで公開されたものです

石原元都知事の記者会見を経てもなお、着地点の見えない状況が続く築地市場の豊洲移転問題。なぜ、豊洲への移転はここまでこじれてしまったのか。移転に向けて必要なものは何なのか。築地市場場内でマグロ仲卸業を営み、メディア上でも積極的に情報発信を行っている生田よしかつ氏に話を聞いた。

コメンテーターの”的外れすぎる指摘”に驚き

―豊洲移転が、ここまでこじれてしまった原因は何だとお考えですか。

結局はメディアの問題だよね。

当初、「あるコメンテーターがTwitterで豊洲の問題点を指摘している」というので、Togetterでまとめたものを見たんだけれど、正直「何言っちゃってんだ、この人」と思った。僕ら現場を知っている人間からしたら、本当に的はずれで。

でも、今やそれがドンドンひとり歩きをしていって、まことしやかにテレビでも、「店が狭くて包丁が引けない」なんてことが言われている。でも、実際の寸法は築地と大して変わらない。「体の向きを変えれば引けるよね」というだけの話で。本当にそれだけのこと。

仲卸の店舗にしても、「寸法が狭い」なんて言われるけど、あれは卸売市場法で、仲卸売り場全体の面積が決められている。だから、マグロ屋、寿司ダネ屋、近海物屋、海老屋、干物屋などなど、それぞれの業界の希望の最大公約数をみんなでディスカッションをして店舗の縦横の長さ(アスペクト比)を決めた。そういう経緯を無視して、コメンテーターが「これは狭い」なんていうのは、チャンチャラおかしいわけ。

一度、そのコメンテーターとTV番組で一緒になったことがあるんだけど、「ここ(ターレ)曲がれないですよね?」って言うから「いや、曲がれるよ」と。「包丁引けませんよね?」「いや、引けるよ」と言った。その時、僕は「あんた達だって、スタジオの使い勝手が100%良いと思ってやってないだろ?」って言ったよ。「与えられた環境の中でどう工夫してやるのが仕事だろ。違うのか!?」って言ったら、アナウンサーも「そうですよね」って。

―そもそも豊洲移転の背景には築地市場の老朽化があります。過去に再整備を2回試みるものの、出来なかった。そうした状況の中で、豊洲の安全・安心という議論がされていますが、そもそも現在の築地は安全なのでしょうか?

安全なわけない。そんなの20~30年前から感じている。だけど、実際に営業もしているし、移転をするのか、再整備をするのか分からないから、「ねずみが走っている」なんて、誰も言えなかった。1回、僕がポロッと言ったことが新聞に書かれたけど、すぐ呼び出されてメチャクチャ怒られた。

―「築地より豊洲の方が安全」という前提は、なかなかメディア上でも共有されていないように思います。

「安全より安心」というのは理解できるとしても、それはもはや科学ではなく感情の話だよ。

以前、ある番組で反対派と議論したけど、最終的に「科学を盲信するなんて最も危険です」といわれてしまう。言わんとしていることは分かるけれど、これじゃ話が進まない。物事を前進させようというときに、安全性がハードルになるなら、科学で判断するしかない。

確かに「盛り土がどうのこうの…」という問題があったのは事実だけど、土壌汚染については、きちんと処理して問題がないことが東京都のホームページにも出ている。だからこそ、豊洲に移転しないとデメリットが増えるどころか、中央卸市場が終わっちゃう。もうそんな悠長な時ではなくなっているんだよ。

―豊洲移転は築地だけの問題ではなく、日本の食料品の流通全体の問題だと?

現在、中央卸売市場廃止論が農水省内で検討されている。廃止というのは、要するに民営化。指定管理者をたてて市場を運営していこうという流れになっている。だけど、中央卸売市場を廃止すると、第一次産業の人達が、在庫をコントロールしなければならなくなる。

特に魚類は、消費者が100必要という時に、150捕れる。逆に100必要と言われた時に、80しか捕れないこともある。それは野菜なんかも同じ。そうなると、100必要な時に150捕れて余った50を、「大手の小売が産直で買ってくれるんですか」という話になる。でも、「いやいや、うちは違うところで買うからいいよ」「うちは予定量あるからいいよ」となって、誰も買ってくれない。

生鮮食品は在庫として残すことが出来ないから、野菜も魚もその日に流通させなかったら廃棄するしかない。それをいくらかでもお金に替えられるかどうかという役割を仲卸が担っている。それがなかったら第一次産業は間違いなく潰れる。冷蔵庫に入れときゃいいだろっていうけど、それでも2日しか持たない。今日は10余っちゃったから在庫にしとこうといっても明日までには廃棄せざるを得ない。そこを忘れて、中央卸売市場を廃止するというのは、とんでもない話。第一次産業がみんな解体しちゃう。

今回の豊洲移転がうまくいかずに、築地で営業を続けるとなると、そういう方向にガーッと動いていく。だから食料品流通の破綻に繋がっていくという話なんだよ。「中央卸売市場を排除すれば、値段が安くなるんじゃないか」とか言っているけど、そんなことないから。

―豊洲移転が停滞し続けることで、都民が負担する金額はかなり大きいですよね。

仮に豊洲移転が白紙撤回されたら、6000億円をドブに捨てることになる。そこに、我々仲卸が出資した分である1000億ぐらいプラスされて、都民の負担になるんだよ。だって、東京都が勝手に移転しようとして、勝手に辞めて、僕らがそれに振り回されただけなんだから。

都民の負担の問題もそうだけど、本当に深刻なのは、先程説明した中央卸売市場の存続の問題。豊洲移転を撤回したら、中央卸売市場ってものが崩壊する。仮に崩壊したら、都会の食はヤバイ状態になる。東京という都市では何の食料も採れないので、流通が1日でも滞るとおかしくなるんだよ。

―先日、実際に豊洲新市場に行ってみたのですが、壮大な道路の建設が止まっている。正直、「本当にこれを止めるのか」と信じられない思いでした。

いや止める方向なんでしょう。仲の良い都議が「今7:3の7で止める方向だ」と言っていたと教えてくれました。

昔の大臣の不祥事でも、現大臣が謝るのが普通

―過去の議論の積み重ねがあったにも関わらず、昨年7月に小池都知事が誕生して、8月末には移転の延期を決まりました。こうした経緯を、どのようにご覧になっていますか。

僕らからすると行政の連続性が棄損されている。普通、政権や大臣が変わっても、決まったものが続いていくというのが当たり前の理解でしょう。特に行政がやっている豊洲移転みたいなテーマは、都の方針に従ってやっている。例えば、厚労省で何か問題が起きたら、昔の大臣の失敗でも、今の厚労大臣が謝る。これが行政の連続性だよ。

今、小池都知事は、過去を否定して「こいつが悪いんだ」と言い出した。「違うよ、お前が今、謝らなきゃいけないとこだよ」って。基本的な方向性は決まっていたはずなのに、トップが変わるたびに根底からひっくり返ったら国なんて成り立たない。10年、20年かけて、プロジェクトを進めてきたのに。

―現在、石原元都知事を追及する動きがありますが、こうした動きが豊洲への移転を後押しする材料になるとは思えません。

これは、石原さんが平成22年に、市場の業者全員に配った手紙です。これで豊洲移転が、ほぼ決まった。僕も当初は移転反対派でしたが、「ここまで言うんだからしょうがないね」という風に諦めた。

―業者の方々の中にも反対派がいます。そういう人たちは「延期になってよかった」と感じているのでしょうか。

よくマスコミが「現場の人の意見が聞きたい」というけど、現場の人間はそれほど積極的に情報を集めてないんだよ。

我々みたいな人間がそうなるのは、ある意味仕方ない。朝1~2時から仕事が始まって、魚買う・売る・片付けるどうのこうのが終わって、売上の集計をやる。そうすると、大体、落ち着くのが14~15時になるから、そこからワイドショーかなんかつけて、「そんなことになってんのか、ひっでえなー」って言って。17時になったなら、「1杯やろうか」といって飲んで20時前には寝ちゃう。そういう生活ですよ。

だから、そこから政治の問題を追及していこうなんていう人間は少ない。僕みたいなのは特殊なんだよ。

―先日、築地市場の業界団体「東京魚市場卸協同組合(東卸)」の理事長に移転慎重派の方が就任しましたが、その影響はあるのでしょうか。

市場の中は、村社会なので、鮪の組合、寿司ダネ屋の組合、鮮魚の組合、塩干物の組合…といったように細かく分かれている。

これはムラ社会独特の文化なんだけど、「この間は、マグロの業界がやったから、今回は寿司ダネ屋の業界が理事長になるんだ」みたいなことを言ってるわけ。「今はそういうレベルで判断している場合じゃないでしょう?」と言っても「冗談じゃねえよ、あっちの業界にやられるわけにはいかねえよ。俺らだって黙ってらんねえよ」っていう雰囲気なんですよ。組合は、ずっとそういう流れで生きている。

―市場全体の利益みたいなものよりも、横の争いがあると。

本当にくだらない。魚河岸が始まって500年っていうけどさ、500年の中で一番難しい2年間だよ。そこで理事長やるんだから、物事分かっている人間だったら、おっかないから絶対手を挙げない。案の定、東京都から何か聞かれたとしても、今の理事長がどこまで答えられるのか…。話がかみ合わなければ東京都から相手にされなくなってしまうかも知れない。

環状2号線問題は東京オリンピックにまで影響

―「ターレが曲がれない」「柱が傾いている」といったデマは否定されて、建物についての安全宣言も出ている。あとは、都として判断をすれば移転できる。でもそれをしていない。現在移転を妨げているものは一体何なのでしょうか。

妨げているのは、小池都知事。挙句の果てには、住民投票という無責任極まりない発言をしている。移転を延期したのであれば、安全宣言なり撤回宣言して移転を進めることもできるはず。それが為政者の仕事じゃないか。

何か困ったら、いちいち「住民投票やりますから」なんて、世の中が混乱するだけ。政治家なり役人なり、きちんと勉強して、現実的に物を考えている人間が「あんたたちこう思っているかもしれないけど、将来こうなるからこっちの方向にいくぞ」と道を示すのが、リーダーシップであり、政治家の役割なはずなのに、それをやらない。

―小池都知事は延期を決断した時に、「安全性」「都庁内のガバナンス」「情報公開」という三つの問題点を挙げていました。

当時、僕がテレビ番組に出演して主張したのは、「僕らがこの3つの理由を聞いて理解できるのは、百歩譲って安全性だけだ」と。2番目の都庁内のガバナンスの問題なんて、僕らが移転をして、そこで商売をするということと、まったく関係ない。

その時、「ロッキード事件の時に、トライスターは飛んだけど、田中角栄は逮捕されただろう」とも言ったけど、我ながら巧いと思う。飛行機を買う時に汚職があったとしても、乗客には何の影響もないから飛行機は飛んでいいと。それと同じだよ。

安全性の部分だって、実際にはクリアになっていたから、僕からすると3つの理由なんてない。百歩譲って安全性の部分だけ認めて、「最後のモニタリングが出た後に移転を」と思っていた。小池都知事だって本当はそう思っていたはず。

ただ、都知事選の時に「立ち止まって考えるのもありじゃないでしょうか」なんて公約みたいになっていたから、11月下旬に出るモニタリング調査の結果を見て、問題なければ「ここまで待ってよかったですね。安心していけますよ」という形にしたかった。そうしたら、「盛り土」の問題がでてきてしまった。

確かにそうしたガバナンスの問題はあったけど、それは我々が移転をするかどうかとは関係ない話だよ。それなのに煮詰まって、どうしようもなくなっちゃった。

生鮮食料品を流通させるには何が大切か。安全な食品の流通が大事。そうすると、築地で安全性の確保が出来るのかというと出来ません。豊洲の方がはるかに安全な流通が出来るし、管理についても申し分ない。であれば、あとは都庁のガバナンスの問題。でも、それは移転をストップし続ける理由にはならない。

―移転延期が決まった昨年夏ぐらいから、積極的に情報発信をされていますが、この半年ぐらいで論調が変化していることはお感じになりますか。

正直ココんとこでだいぶ潮目が変わってきてるように感じる。あと、築地市場が移転することによって開通する予定だった環状二号線の問題を誰も指摘しないのが不思議でならない。環状二号線が出来ないと深刻だよ。

晴海には東京オリンピックの選手村が出来る予定だけど、現在晴海通り1本しかないところに、工事車両が1日2500台入る。今でさえ渋滞している道に工事車両が集中する。選手村は20階建てが20棟建つんだから。

晴海の住民は、自分達が買ったマンションの近隣を工事車両が通ることになるから怒っている。晴海の人間が怒ったら、選手村の建築計画は変更を迫られるかもしれない。選手村が出来ないということはないだろうけど、出来なかったらそれこそ国際問題になる。

環状二号線があれば、こうした問題は避けられたはずなのに、デッドラインだった去年11月7日を過ぎてしまったから、もう仮設道路でやるしかない。

―現状の段階から移転を実現させるために、何が必要でしょうか?

小池都知事は今、「進むも地獄、退くも地獄」という状況だと思う。進めば、「あんなに危険を煽っておいて何言ってんだ」という声は絶対上がってくるでしょう。じゃあ「移転をしません」となれば、築地の安全性や環状2号線やオリンピックに影響する問題になってしまう。

6000億円を無にすることは絶対に出来ないだろうけど、何か新たなきっかけがないかぎり、都知事も移転を決断できないだろう。1923年に市場を日本橋から築地に移転した時も、関東大震災で全部焼け野原になって、すったもんだがあった末に、「しょうがないから築地」という話になったんだから。それにしても、おそらく都議選(7月2日)までは、この状態を引っ張るんじゃないかと思う。

―今、読者の皆さんに何を知ってほしいですか。

「豊洲が安全だ」ってことを知ってほしい。風評被害が広まってしまったのが許せない。場内の連中も「あんな土地のところに行けるか」なんて言い出している。今までは僕らが先に築地に市場として存在していて、そこに様々な人々が集まってきたから、威張っていられたけど、今回は豊洲という街に僕らがお邪魔する形になる。

だから、そこは謙虚にやるべき。「みなさんの静かな生活のところに、我々みたいなうるさい、厄介者の市場が入ってきます。みなさんの生活が楽しくなるように我々も協力するから、一緒にやりましょう」というスタンスでやらなきゃうまくいかない。それを分かってない連中が、「あんなドブの土地に行けるかよ」なんて言っている。

だけど僕は移転中止が決まる前から、豊洲の町会や商売の団体の理事長といった方々とは、一緒に食事して「豊洲市場が出来上がった暁には、こういうイベントを町会とやりましょう」という話をしている。そういうところから始めるのが大事。

豊洲市場に移転したら、市場自体のイメージが変わるようにしたいと僕は思う。広くなって、買回りが大変だって声があるなら、「セグウェイでやらないか」とか、荷物を運ぶのに4足歩行ロボットを使うとか。メーカーだって宣伝になるから喜びますよ。それに見ていて滑稽でしょう(笑)。

そうすると、今度は魚市場っていうイメージが変わってくるでしょ。僕はそれが大事だと思う。魚市場といえば、努力と根性と忍耐と妥協の世界で「てめえ馬鹿野郎!」みたいな言葉が飛び交っているというようなイメージを変えていかなきゃいけない。もう21世紀なんだから。豊洲移転が実現すれば、そういう新たなチャレンジが出来るんだよ。