「メンタルが自己崩壊していく」清水富美加がコントで魅せた才能 - 松田健次
※この記事は2017年02月20日にBLOGOSで公開されたものです
【連載】松田健次の「ジダイの笑いをすべて記憶にとどめたい」
清水富美加に唸らされ、大笑いさせられた。
渦中にある「幸福の科学」出家の一件ではない。2015年10月~12月に放送された深夜番組「SICKS ~みんながみんな、何かの病気~」(テレビ東京)で見せたコントキャラクターの話だ。
「SICKS」は、おぎやはぎ、オードリー、アンガールズ田中卓志らを主軸に、現代人特有の病的な人格を登場キャラクターに配した長編コント作品だ。例えば「何事に対しても上から目線の評価をせずにいられない/レビュアー病」「人の注目を集めるためなら手段を選ばず煽ってしまう/バズりたい病」「IT・危機管理意識が極端に欠如してしまう/リテラシーゼロ病」他。これらをオムニバスで描きながら、やがて点と点が線でつながり、ひとつの物語を形成してゆく快作だった。
ここで、ひときわ異彩を放っていたのが清水冨美加だった。アイドル℃‐uteの中島早貴とのコンビで、マニアックな擬人化BL(ボーイズラブ)のマンガ同人誌作りに励むオタク腐女子を演じた。マユきち(清水)がネームを考え、リコポン(中島)が作画を担当。代表作はインクジェットプリンターと非純正カートリッジの擬人化愛で「壊れちゃう、ああでも安くていい・・・」というディープな比喩に2人が盛り上がる。
この、清水演じるマユきちはマンガ・アニメ・ゲームなど趣味の話題に浸っているときはすこぶるゴキゲンだが、いったん思い通りにならない事が起きるとキレて攻撃的になる通称「フルボッコ病」。第1話では好意を抱く声優(夏井様)の話題に興じている際中、彼の結婚を知らせる速報が入りキレてしまう。この場面が白眉だった。
< 2015年10月9日放送 「SICKS ~みんながみんな、何かの病気~」(テレビ東京)#1より採録 >
―――リコ(中島早貴)の部屋、オタク趣味のポスターやグッズに囲まれている。マユきち(清水富美加)が声優・夏井様に関し実は好き過ぎることを隠しながら自論を展開していると―――
リコ「ちょっと待って、うちの裏垢のTLが祭りになってるんですけど・・・悲報、夏井様終了のお知らせ。出た、結婚」
マユ「・・・え! へー、あ、あ、そうなんだ(小刻みに震えだす)」
リコ「まあこの兄さんも35だし、フラグも立ててたよね。見てこれ(夏井ファンのツイッター画面)、律儀にオタ発狂してっけどフーンって感じだよね」
マユ「(ショックで自己が崩れ始める)うわ、うわあ~、冷静になれよ・・・超キモチわりぃ~、げっ、ふわあ~、マジキモチわりぃ、うわあうわあ」
リコ「あの大丈夫? ぜんぜん冷静じゃなくない?」
マユ「(開き直って)は? 冷静ですけど。まったく気になってませんけど(言いながらスマホを必死に操作)」
リコ「すっごい何か検索してない?」
マユ「(異様な形相で)違うよ、ふつうにショッピング。あれ、アマゾンって毒薬の取り扱いないの? プライム対象にしてるからかな」
リコ「(心配になり)マユきち?」
マユ「大丈夫、飲むのは私だから、だからいったんは奴の声が聞こえてこないから深く深く埋めてください、ちきしょー!だまされたあ!」
リコ「落ち着いて!まあ確かにそうそうないから」
マユ「(激しくキレて)非モテぼっちアピールしやがって油断させといてとんでもない二枚舌ですわ。そりゃ二枚も舌があったらセリフの活舌もいいし、ビッチな嫁も大喜びですわ。ビッチな長文を相手の嫁のブログにコメント投下してもいいよね?」
リコ「そんなことしてる場合?」
マユ「(スマホでコメントを打ちまくる)たとえ女の精神崩壊してもウチらに罪は無いよね。だってウチらは夏井の軽はずみな行為によってもっと苦痛を味わされてるもんね。心病んだ嫁抱いて夏クソの黒光りした声帯よ不能になれ!」
リコ「ちょっと待ってマユきち! それやったらウチら・・・おしまいじゃない?」
マユ「ああ?」
リコ「まがりなりにもさ、これからエンターテインメントの送り手側を目指そうとしている人間が、いかにも民度の低い身勝手な受け手側のノリでいちいち駄文タレ流すのって痛くない?」
マユ「(手が止まり表情が落ち着き)・・・百里ある」
リコ「うん」
マユ「・・・でもま、ここは書き込むよね~~(再びスマホ連打)」
リコ「やめないんだ! 痛いのわかってもやるんだ」
マユ「関係ねえよ!」
リコ「関係ねえか!私も書き込もう~」
清水はマユきちのメンタルが自己崩壊していく様を、繊細な表情と抑制ある誇張で演じた。ちょっと可愛くイカれてる、この時代ならではの屈折したキャラクターをリアル(?)に見せてくれた。内側からにじみ出るサブカル体質、外側を覆うキャラクター造形がいい両輪だった。キャラクターは暑苦しいのに押しつけがましさが無かった。何より芝居のテンポが良く、おかしくてたまらなかった。
女優を評する言葉に「憑依的」という表現がある。だが、ここでの清水は天上から降臨するような演技ではなく、台本に向き合い、地道に逡巡し、ひとつずつプランを積み上げた印象だった。それでいて2割ぐらい演じきらない「芝居と素の汽水域」・・・ヌケのようなものがあった。それが適度の風通しを生み、キャラクターの愛嬌につながっていた。
こうして獲得されたキャラクターは、他の誰かが容易に代替出来るものではないだろう。もし、同役を器用な女性芸人が演じたとしたら良かれ悪しかれ誇張が強まり、そのぶん笑いの量が増えるかもしれないが繊細なおかしみが消えてしまう気がする。
そしてこのコント、オタク用語やネットで流用される造語だらけの台詞が全編で速射砲のように飛び交う。と同時にワード解説のテロップが矢継ぎ早に画面に表示される。例えば【百理ある】――理屈が十分理解できた上での納得の意。一理あるの百倍――という具合に。この熱量みなぎる精緻な脚本(担当:土屋亮一)の作者にも、それを身体に入れる演じ手にも頭が下がる。
それらを含めて、ただただ、バカバカしく、この「同人作家マユとリコ」のコントに唸り、笑った。
女優・清水富美加のベストワークスのひとつ、「SICKS ~みんながみんな、何かの病気~」はDVD化されている。「同人作家マユとリコ」は#1~#3で基本パターンが見られる。
ちなみにマユきちはその後、攻撃的な喋りの才を買われワイドショーの名物コメンテーターになったり、社会に蔓延した危機を救う為に奔走したり、波乱の末、親友リコと新たな道を歩みだす。もし、清水富美加自身が先々の道で、いつか「SICKS」制作スタッフと再会する日が来たならば、またちょっと手間が大変なコントを作ってほしい。