「マインドフルネスによって“正しく休む”ことが生産性を高める」精神科医・久賀谷亮氏インタビュー - BLOGOS編集部
※この記事は2017年02月15日にBLOGOSで公開されたものです
「休んでるはずなのに疲れが取れない…」「集中力が持続せず、すぐ疲れてしまう…」。こうした悩みはどうすれば解決するのだろうか。
近年、脳に関する研究が進んだ結果、アメリカを中心にマインドフルネスというメソッドが注目を集めつつある。マインドフルネスの概念や実践する際の注意点を、「世界のエリートがやっている 最高の休息法」の著者で精神科医の久賀谷亮氏に聞いた。【取材・執筆:永田 正行(BLOGOS編集部)】
脳を休息させるためのシンプルなメソッド
―現在、「マインドフルネス」という言葉はバズワードになっていて、「聞いたことはあるけど、実際にはどういうものなんだろう」と感じている方も多いと思います。具体的には一体どのようなものなのでしょうか。
起源は仏教にあるのですが、そこから宗教性と複雑さを除いたシンプルな脳を休息させるためのメソッドです。
ずいぶんと前のことになりますが、誰かが「小川に木の葉が流れて、それを自分が河辺でみている。自分の考えが木の葉の上にのっていて、上流から下流へと流れていくのを眺めている状態がマインドフルネスです」と説明しているのも聞いたことがあります。
当時はどういうことなのかわかりませんでした。しかし、今はマインドフルネスの概念を表現していることが理解できます。マインドフルネスを、あえて一言でいうならば、「明確なやり方で注意を向ける方法」だと言えるでしょう。
―アメリカでは様々な企業がマインドフルネスを導入しているそうですね。
2015年までのデータでは、アメリカの企業のおよそ22%程度が導入していると言われています。さらに、今年のうちに大体44%つまり2倍になるという予想もあります。また、学校という組織でも積極的に導入されていて、ニューヨークでは8000校と言われていますし、全米では何万という単位の学校が取り入れています。
アメリカでは、自撮りを意味する「セルフィー」という造語と並ぶぐらい非常にポピュラーなバズワードとなっています。
―マインドフルネスのひとつの形態として瞑想があります。「瞑想」と聞くと、オカルトチックなものを感じてしまう人も多いと思うのですが。
確かに、そうした印象を持つ人も多いと思います。しかし、そうした「オカルト」「スピリチュアル」といった認識は、様々な科学的なデータが出てきたことによって変わりつつあります。
また、先ほど指摘したように、マインドフルネスは定義の段階で、宗教的な部分を除いています。つまり、仏教に起源はあるのですが、その中からシンプルなエッセンスだけをメソッドとして利用しています。そうすることで、オカルト的な要素はなくなったと言えるでしょう。
マインドフルネスによって脳は“変化”する
―マインドフルネスを取り入れることによって、実際に脳が変化することが、研究によって実証されつつあるわけですね。
本書の中で詳しく解説していますが、脳が変化することを、「脳の可塑性」と言います。マインドフルネスによって、神経栄養因子的な物質が発生することや神経の連結、脳の容積も変化することがわかってきています。
極端な例になりますが、例えば脳梗塞になると、ある部分の脳の細胞が死にます。しかし、死んだ細胞の周辺の細胞が、それまで以上の働きをして機能を補うということがある。死んだ細胞は生き返りませんが、脳の機能としては、ある程度修復できるわけです。また、神経細胞は大人になってもまた生まれ出て来るということがわかっています。こうした研究は、1990年代から、ここ20年で大幅に進展しました。
―脳が変化することが明らかになったことで、マインドフルネスという疲れにくい脳へと変化させるメソッドが生まれてきたわけですね。
そうですね。例えば、脳は体重の2%ほどの大きさしかありませんが、身体が消費するエネルギーの20%を使っていると言われています。しかし、消費するエネルギーのうち60~80%が、デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)と呼ばれる回路に使われているのです。このDMNは、何のタスクをしていない、脳をアクティブな使い方をしていない時も、車のアイドリングのように常に動いている回路なのです。
そもそも脳自体が、エネルギーを高く消費する臓器なのですが、消費エネルギーの大部分を使用する回路を使いすぎると疲れてしまいます。アイドリングは確かに必要なのですが、やり過ぎると無駄にエネルギーを使用することになってしまう。しかし、マインドフルネスによって、動いてもいないのにエネルギーを消費するような回路の動きを弱めることができるのです。
「しっかりと休んでやるべきことをやる」があるべき姿
―日本では長時間労働が問題になっていることから、生産性の向上が叫ばれています。生産性向上に、マインドフルネスは有効だと思われますか?
実際に、そういうデータもあるので、有効なことは間違いないと思います。ダラダラ長くやるのではなく、生産効率を上げるために、マインドフルネスが役に立つでしょう。
ただ、注意してもらいたいことがあります。多くの日本人は勤勉で努力家で、自分を追い詰めていくのが好きですよね。なので、おそらく、マインドフルネスの要素の中でも、「生産性」「集中力」といった部分にばかりフォーカスしてしまっていると思います。
確かに生産性も向上させなければいけないのですが、「しっかりと休みをとりながら、やるべきことをやる」というのが正しい姿でしょう。なので、マインドフルネスを導入する際にも、「正しく休む」という視点で取り入れて欲しいと思います。生産性にばかり焦点をあてると、これまでの日本人の考え方の二の舞いですよね。
―確かに日本では「うつ病は甘え」といったような言説が、今でも一部に見られます。
「弱い」「怠けている」といった精神論に原因を求める言説もありますが、実際には、脳の中で起きている現象が原因なので、その人の性格は関係ありません。実際、日本はうつも自殺も多い国ですが、あまりに自分に厳しすぎますし、自虐的なので、そうした根性論、努力論というのはなくしていいと思います。
実際に、マインドフルネスを実践している方の感想を聞いていると、自分を追い詰めすぎる日本人の気質が透けて見えます。「きちんと出来ているかどうか」「どうしたら成果が出るか」「まだか、まだか」となっている方が多い。
そこで皆さんに気づいていただきたいのは、「うまく続かないのであれば、そこに気づいただけで1歩前進じゃないか」ということです。マインドフルネスは継続性が重要ですし、葛藤している過程で、問題に気づいただけでトライした価値があったと考えるべきです。
まずは5分、あるいは1分でもよいので、とにかく続けてみてほしいです。多くの方が、”正しい”やり方を追求しようとするのですが、正しくなくてもよいので、継続することが重要です。そのために、「1日の決まった時間にやる」「誰かと一緒にやる」いった工夫をすると良いと思います。
瞑想を行うときは、呼吸に注意を向けて、「1、2…」と10までカウントしていきます。10まで言ったら、また1にもどってカウントしていく。もし、呼吸に注意を向けることが、「どうしても自分に合わない」ということであれば、体の感覚や周囲の音といった他のものに注意を傾けることにトライしてみることもお薦めします。すべての人にとって呼吸に注意を向けることが最適なわけではないので、試行錯誤をしてみると良いでしょう。
―最近、日本では『嫌われる勇気』というアドラー心理学の書籍がベストセラーになっていますが、その中でも、「過去や未来ではなく今に集中すべき」といったエッセンスが出てきます。これはマインドフルネスの考え方に非常に近いのではないでしょうか。
それは非常に面白いポイントですね。私もアドラー心理学の本を読みましたが、医学の世界で「認知療法」と呼ばれるようなエッセンスも入っていると感じました。
また、『嫌われる勇気』というタイトルが示すとおり、いわゆる承認欲求や自己肯定感が非常に大きなテーマだと思います。これは、先ほどから話題に上がっている”日本人的な気質”、つまり非常に自分を追い込んで、ゴールに対して根性で向かって行くといった自虐的な態度と関連があるのではないでしょうか。つまり、もう少し自分に優しく、自分を高評価出来る、自己肯定感を持てるようになっていいと思うのです。
アドラー心理学が日本でブームになっていることは、これまで良しとされていた日本人的な気質を見直すタイミングが来ているとも考えられます。そして、脳科学の見地からも、もう少し自分に優しくしてあげた方がよいと私は考えています。
<プロフィール>
久賀谷亮:医師(日・米医師免許)/医学博士(PhD/MD)。
イェール大学医学部精神神経科卒業。アメリカ神経精神医学会認定医。アメリカ精神医学会会員。2010年、ロサンゼルスにて「TransHope Medical」を開業。同院長として、マインドフルネス認知療法やTMS磁気治療など、最先端の治療を取り入れた診療を展開中。臨床医として日米で25年以上のキャリアを持つ。
ダイヤモンド社