「いまは″行き場のない悪意″がウロウロしている時代」 - 映画 『ミュージアム』大友啓史監督インタビュー - BLOGOS編集部
※この記事は2016年11月11日にBLOGOSで公開されたものです
雨の降る日、カエル男が猟奇的な殺人事件を起こす--。ショッキングな内容が話題となった巴亮介原作の漫画『ミュージアム』を、NHKドラマ『ハゲタカ』や大河ドラマ『龍馬伝』、大ヒットとなった映画『るろうに剣心』を手がけた大友啓史監督が映画化。公開に先駆け、今作に込めた想いを聞いた。【村上隆則・野呂悠輔(BLOGOS編集部)】
「日常に潜む悪意」を表現するにはぴったりな題材だった
--今回、『ミュージアム』という作品を監督した理由を教えて下さい。
大友啓史(以下、大友):実はこの作品、最初は二の足を踏んだというか、あまりやりたいと思わなかったんですよね。全編を通じてカエルのマスクを被った男が猟奇的な連続殺人事件を起こしていくわけですが、そのやり方に、結果として被害者の生活や行動をシニカルに揶揄するような方法を選んでいる。自らの残虐な行為の責めを相手に負わしているんですね。その生理が気持ち悪いというか、物語としてどういう風に解釈したらいいのかなと。こういった劇場型犯罪を、影響力の大きい映画というメディアでエンターテイメントとして公開していいものなのか、躊躇してしまったんです。
一方で、原作を読み込んでいくうちに、面白いと思うポイントが色々と見つかってきた。今回作中で被害に遭う人達は、ほとんどが我々と同じ市井の人なんですよね。無論それぞれのキャラクターが、多かれ少なかれ「脛に傷」は持っているんですが、それが理由で殺されていいはずはない。普通に生活していた人達が、自分とはまったく無縁だと思っていた悪意に晒されて、危険な目に遭っていく。
日常暮らしていると、さすがに殺人事件に遭遇することは中々ないと思うんですが、もっと日常レベルのもの、それこそ、普通の人がTwitterで悪気なく書いた一言が見ず知らずの誰かに晒されることによって突然炎上してしまうとか。今の時代って、行き場のない悪意みたいなものが、矛先を向けるターゲットを探してウロウロしているような気がするんですよね。今回の原作は、そういった「日常に潜む悪意」を表現するにはぴったりな題材だと思ったんです。
--作中、凄惨なシーンも多いですよね。
大友:死体の描写に関しては、かなりリアルに作り込みました。映画では暗めに映していますが、撮影現場では俳優陣も「食欲がなくなった」と言っていたくらいです。
ただ、死体はカエル男の身勝手な「作品」として重要な要素であり、自分の家族がそれと同じ目に遭わされているかもしれないという主人公の思いが今回のドラマをけん引していくエンジンになっていますから。しっかり向き合わないといけない要素の1つでしたね。
ハリウッドとの違いは「エンターテインメントへの理解」
--監督はハリウッドに留学していた経験があるそうですが、日本とアメリカの映画作りに違いはあるのでしょうか。
大友:大きく違うのは、エンターテインメントに対する行政や警察の理解・協力だと思います。たとえばカーチェイスを撮ろうと思っても、日本の都市では難しい。市街地で追いかけ合うはずが、許可が下りずに山奥で撮ることになったりもします。ハリウッドでは撮影のために高速道路を通行止めにすることもありますから、当然、撮れるものには差が出てきますよね。
一方で、地方のフィルムコミッションのおかげで撮影がしやすくなっている側面もあります。ある地域のフィルムコミッションでは、街中でのカーアクションなどもかなり大規模で撮れるよう頑張ってくれると聞いてますし、その他の場所でも文化財を撮影に利用させてくれるところが増えてきています。
今作のクライマックスシーンで使った洋館も、2009年にNHKのドラマ『白洲次郎』で使おうとしたときには許可が下りなかったんですが、今回は利用することができました。少しずつではありますが、そういった変化はありますね。
--今作では裁判員制度も題材の一つとなっています。
大友:制度とはいえ、普通の人が他人を裁くのはやはり難しいですよ。学生時代に受けた法医学の講義で、裁判の証拠となるような死体の写真を見る機会があったんですが、やっぱり一部の学生達は具合が悪くなって教室から出て行くんですよね。そんな写真を何の訓練も受けていない一般の方が見たとして、冷静な判断が下せるものなんでしょうか。アメリカの陪審員制度だって、「自分たちの国は自分たちで支える」という意識があるからこそ成立していると思うんです。
裁判では一人の人間の生活とか自由とか、場合によっては命のあり方についても判断しなければならなくなってしまう。そういったプレッシャーに対する手当てはきちんとされているんだろうか。日本の司法制度に対して取材過程で感じたそういった部分は、しっかり映画の中に取り入れたつもりです。
--小栗旬さん演じる沢村刑事が捜査に打ち込むあまり、家族関係が破綻していってしまう様子も描かれていますね。
大友:主人公の沢村刑事は、それこそ家庭を顧みず、寝食を忘れて24時間仕事に打ち込むような熱血刑事なんですよね。一方で彼の家庭はバラバラになる寸前で、奥さんが子どもを連れて家を出て行ってしまう。でも、社会が刑事や官僚、政治家、メディアなんかに求めている仕事ぶりは、そういうものだったりしますよね。「税金でメシ食ってんだから、自分のことなんか考えずにやれ」と。
それが普通の人の正直な気持ちだと思うんですよ。社会の中の公的な部分を背負う仕事ですから。しかも刑事という仕事は、人の生命や安全な暮らしを守るための仕事でもある。そう考えると、確かに9時5時で割り切れるような仕事ではないんですが、正義感や使命感の強い個人が背負ってしまったその負荷の結果が、今回の物語のような事件の呼び水になった部分はあります。
沢村はカエル男が引き起こす事件に巻き込まれていくことで、足元の家族をないがしろにしていた自分に気付いていく。相当な荒療治ですが、カエル男のおかげで家族との絆を取り戻していく。この映画を観ることで、若い人は働くお父さんの仕事の有り様を理解できるかもしれないし、反対にお父さん側から見ると、家族が感じている寂しさに気付けるかもしれませんね。
「ジャーナリズムの視点」を学んだNHK時代
--働き方についても、最近話題になっています。
大友:仕事について若い人達に私が言いたいのは「仕事を覚えるのは、時間がかかることだ」ということです。具体的な仕事の内容ばかりではない、それを巡る人間関係の構築もその中には含まれますからね。昔の日本では一つの仕事で一人前になるまで10年かかると言われていたくらいですから。今は世の中のスピードも速くなっていますが、それでも3年くらいは1つの仕事を頑張ってみるといいかもしれません。
私はNHKに入った22歳の時に、30歳になるまでに必要な技術と思考を身に付け、自分の腕で食べていける職業人として自立したいと思っていました。それからハリウッドに留学して日本に戻ると32歳になっていたんですが、その時でもまだ自立して腕一本でやっていける自信はなかった。やっぱり、仕事について知れば知るほど、自分が会社を辞めて一人でやっていけるのか不安になってきたんですよね。だから、仕事を辞めるにしたって時間がかかるということは知っておいて損はない。
一方で、仕事と私生活のどっちが大事かという問題もありますよね。その点、今の人たちはプライベートも大事にしたいという価値観を持つようになってきている。当然のことですよね。会社の中には様々な世代の人がいるわけですが、そういう若い人達の価値観に合わせられない上司達がいて、簡単に「仕事が遅い」と追い込んでしまったりもする。
仕事が遅いのは未熟なんだから当たり前なのに、それをむやみに追い込んだりしても意味がないですよね。今の人達は私たちの若い頃よりも、よっぽど自分の人生について真摯に考えていますから。彼らが成長するプロセスを見つめ、それを尊重できるような社会にしていかなければいけないですよね。
--裁判員制度や働き方についてもそうですが、監督の作品にはいつも時事性や社会性が盛り込まれていますよね。
大友:やはりフリーになる前にいたNHKで、ニュースやドキュメンタリーを経験していたことが大きいと思います。NHKでは「なぜ今その企画をやるのか」ということがいつも問われていました。それはもちろん「流行っているから」ではダメで。「世の中でこういうことが起きているから、この内容を届けることに意味がある」という説明ができなければ、デスクやプロデューサーを納得させられなかった。
映画監督になってからもそういう考え方はずっと持ち続けていて、どこかで「商業的な成功だけではなく、今の時代にこの映画を届ける意味はあるのか」と自問自答しています。映画監督という仕事にはアーティストとしての側面が大きいとは思いますが、一方で私にとってはジャーナリズムの視点も欠かせないように思えるんです。
--ありがとうございました。
映画『ミュージアム』 11月12日(土)全国ロードショー
監督:大友啓史
出演:小栗旬 尾野真千子 野村周平 松重豊 / 妻夫木聡 ほか
原作:巴亮介『ミュージアム』(講談社「ヤングマガジン」刊)
公式サイト:http://www.museum-movie.jp
(C) 巴亮介/講談社 (C) 2016映画「ミュージアム」製作委員会
プロフィール
大友啓史
1966年生まれ、岩手県出身。90年NHK入局、秋田放送局を経て、97年から2年間L.A.に留学、ハリウッドにて脚本や映像演出について学ぶ。帰国後「ハゲタカ」(07)、「龍馬伝」(10)等の演出を務める。11年にNHKを退局、株式会社大友啓史事務所を設立。『るろうに剣心』(12)などのヒット作を手がける。日本アカデミー賞話題賞など、国内外の受賞多数。