今、目の前に落ちている正義 - 赤木智弘
※この記事は2016年09月24日にBLOGOSで公開されたものです
今、あなたの目の前に「正義」と書かれた何かが落ちていたとして、それをあなたは拾うだろうか?自分だとしたら、それを拾うとすれば、極めて慎重に拾うだろう。そしてそれはその場で周囲にひけらかさず、その内実を考えたり調べたりしてから周囲に提示できると判断したときに初めて見せるだろう。
しかし、ネットの風潮はそうではない。落ちている正義を見つけたら、できるだけ早くそれを広い、これは正義だ!!と周囲にひけらかすことが当然の振る舞いであるかのように認識されている。その結果、わかりやすい正義はすぐさま拡散し、正邪の判定がすぐについてしまう。多くの人たちは深く考えぬままに、ただその判断を受け入れて納得し、結果だけを残してその他のことはすぐに忘れ去ってしまう。
たとえそこに重大な誤解が含まれていたとしてもだ。
J-CASTニュースが「回転寿司「シャリ残す」女性が増殖中 「糖質制限中だから」は許せるか」(*1)という、見出しの記事を配信した。
内容としては、SNS等でシャリを残すという内容が数多く出てきたという。記事では「その中心は「ダイエット中の若い女性」のようだ」「「糖質制限ダイエット」が流行したこともあり、寿司屋であっても頑なにシャリを食べない人が増えたとみられる。」と考え、それが見出しの表現になっている。
この見出しを見た人たちが、Twitterなどで盛んに「バカ女が回転寿司に来てまでシャリを残している、それならスーパーで刺身でも買って食ってろ」と書き込んでいた。
ところが、記事をよく見ると、なんとなくこの記事がおかしなことに気づいてくる。まず、記事中で取材した大手回転寿司チェーン各社は「シャリを残すといった行為は把握していない」と口をそろえており、実際にシャリを残す人が増えたという実態自体が本当かどうか疑わしいのである。
そこが疑わしい以上に、そもそもシャリを残していたのが糖質制限ダイエット中の女性であるかどうかも疑わしい。ある人がこの記事を見て、Twitterで「実際にシャリを残している写真をツイートしている女がこんなにいる!」と、該当ツイートを3つほど紹介していた(*2)が、その指摘されたツイート主が、どうも全員男性らしいということがコメント欄で指摘されているのである。
確かに、糖質制限ダイエットは流行っているし、あまりご飯を食べなくなったという人も少なくない。しかし、そのことと、女性が回転寿司屋に行ってシャリを残して切り身だけ食べているという事例が増えているかどうかが、全く結びつかないのである。
しかし、このニュースを見かけた大半の人は、そうした疑わしさに気づかないまま、ただ「回転寿司屋でシャリだけを残すような、けしからんバカ女が増えている」ということだけを頭の片隅に記憶してしまう。
そもそも、特にまっとうな根拠もないのに、女性ばかりが回転寿司屋でシャリを残すかのように思い込んでしまうのは、そこに「女性はダイエットをするもの=女性は痩せている方が好ましい」「女性はバカである」という偏見が存在するからである。
この話題に飛びついた人たちは、食べ物を粗末にする悪を批判する正義だと、自分のことを思って欲しいのかもしれない。しかし、残念ながら、内容も精読せぬままに自らの差別心を声高に表明してしまった人たちである。そう思われてしまうのである。
もしも正義が目の前に落ちていたとしても、慌てて拾い上げるべきではない。
*1:回転寿司「シャリ残す」女性が増殖中 「糖質制限中だから」は許せるか(J-CASTニュース)
*2:【糖質制限?】回転寿司でシャリだけを残す人たちが急増→「追い剥ぎ」と言って最も失礼な行為です(Togetter)