※この記事は2015年03月27日にBLOGOSで公開されたものです

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バイラルメディアや“まとめ記事”が大きなページビューを集め、「コンテンツに手間暇を掛けない」傾向にあるWebメディア業界。そんな中で、編集者と共に作り込んだWebコンテンツを提供し続けているのが、有料メディアプラットフォームcakesだ。ローンチから2年半経過したcakesの現在について、株式会社ピースオブケイクの代表取締役CEO・加藤貞顕氏に話を聞いた。(取材・執筆:永田正行【BLOGOS編集部】)

「クリエイターと読者をつなぐサイト」を実現しつつあるcakes


―cakesは、2012年9月にローンチして、約2年半経ちました。これまで運営してきて感じた手応えや、現状をどのように分析しているのか聞かせてください。

加藤貞顕氏(以下、加藤):cakesというプラットフォームは、さまざまなコンテンツを作る場として機能しています。ここから紙の書籍もたくさん生まれていて、ベストセラーも何冊も出ています。

また、cakesはコンテンツを作る場であると同時に、出版社にとってはマーケティングの場にもなっています。つまり、cakesではコンテンツを作りながらマーケティングできるようになってきています。

ここに並んでいるように、cakesの連載から書籍化された事例はたくさんあります。出版社がマーケティングの一環としてcakesに掲載したものも含めると、150冊以上あるのではないでしょうか。

―出版社がcakesの連載を書籍化したり、自社の本のマーケティングの場として活用しているわけですね。

加藤:cakesの中では、コンテンツ作りと宣伝・マーケティングの境目がなくなってきていると思うんですよね。僕らとしては、面白いものが掲載されていれば、それでいいと思っているので、そこの区別はあまり重要視してはいません。

そもそもcakesは「有料メディア」として始めたわけではなく、「有料メディアプラットフォーム」を目指して開設しました。最初からそういう前提だったので、実際にそういう風になってきているなと思っています。

このページは、メディアファクトリーのコミックエッセイ編集部がまるごと使ってくださっています。本の内容すべてではなく、一部掲載のものが多いですが、このページだけでも10冊以上のコンテンツが掲載されています。連載の各ページにAmazonのリンクが貼ってあるので、読者が気に入ればそこから本が買えるようになっていて、このリンクから実際に本が売れてています。数としては、僕らが把握しているだけでもそれなりの数で、当然書店でも売れていると予想されるので、書籍販売の初速が速くなるのに役立っているんじゃないかと感じています。

出版社の中にはネットに載せると売れなくなるんじゃないかと心配するところもあったのですが、そうではないことが証明できてるのかなと思います。特に、『統計学が最強の学問である』『ゼロ』『嫌われる勇気』といった作品は、本の内容がcakesに全部載っているにも関わらず、どれも数十万部を超えるベストセラーになっています。

―規模感でいうとどれぐらいですか?例えば、BLOGOSでも著者インタビューなどをやらせていただくのですが、ヒットすればそこから100冊以上売れることもあります。

加藤:コンテンツによりますが、それよりも売れる場合もよくありますよ。

cakesでは、一つの連載が、たとえば本一冊分だと20記事ぐらいの数になっているので、長期的に読まれるようになっています。ですので、その連載全体の中から何百冊というレベルで売れていくという感じです。

―cakesはメディアプラットフォームですから、一般のWebメディアと消費のされ方が違うというわけですね。

加藤:そうですね。おそらく無料のWebサイトにおける記事の賞味期限というのは、通常数日だと思います。それとはかなり違っています。

cakesでももちろん新しい方が読まれやすいという部分もあるのですが、僕自身はニュース性よりも、作り込んだ面白さを大切にしたいと思っています。

cakesの多くの連載は、最新話と第一話を無料で読むことができます。「これ面白いからさかのぼって読もう」「続きも読んでみたい!」となると有料になるのです。最新話は期間を区切って無料で公開していて、その期間は連載ごとに設定できます。その無料期間を過ぎると有料になるので、そこで課金していただくパターンが多いですね。

―Web上での販促というのは、出版社が苦心しているところかもしれません。間口の広いものはともかく、多少専門的なものになると、しっかりと刺さる読者に向けた販促の場を探すのは難しいですよね。

加藤:出版社の書籍や雑誌の販促媒体は、いままでは新聞がほとんどで、ネット上で宣伝する方法にあまり良いものがなかったんですよね。ネットでは面白いものしか見てもらえないので、宣伝するならば内容を出すしかないだろうとずっと思っていました。

読者にとっては宣伝か否かは関係なく、単に面白いものが読めるかどうかが大事です。本の中身や、それに付随するインタビューなどを読んで、気に入ったら買う。仮に、サイト上ですべて読んだとしても、「改めてちゃんと勉強したい」「良いものなので手元に置いておきたい」と思えば買います。『統計学が最強の学問である』などは、正にそういうケースですね。

ネット上でしっかりと内容が見られて、かつコンテンツに対する興味が高くコラムや記事を読むのが好きな読者が集まっている場所というのは、今までなかったと思うんです。cakesが今、そういう場所になってきたなと思っています。

紙の原稿よりも、高い原稿料を稼ぐことができる


―ローンチ時に注目を集めた点として、原稿料に加えて、ソーシャルでの拡散などについてもマーケティングフィーを払うということがあったと思います。Webメディアの中では、「原稿料が1文字1円にも満たない」というような話もよく聞きますが、クリエイター側から見た際にcakesの環境はどのようになっているのでしょうか?

加藤:原稿料は、読まれた量に応じて払う仕組みになっているのですが、上位陣はそれなりに稼いでいただいてますね。

週一、月4回の連載で数十万円の人もいますし、そこまでいかずとも月十万円ぐらい受け取っている人はたくさんいます。

―クリエイターにとっても魅力的なプラットフォームになりつつあるわけですね。

加藤:読まれた量に対して原稿料を配分する仕組みは、長期的に活動しているライターさんにもうれしい仕組みなんですよね。過去の記事が突然バズったりすると、その分もきちんと支払われます。

例えば、「ドワンゴが角川と合併」というニュースがあると、ドワンゴ会長の川上さんの古い記事が急にバズったりして、川上さんにも、それを書いたライターさんにもお金が入る。ですので、ライターさんが以前に書いた記事を紹介するインセンティブにもなりますし、時期に関係なく面白いものを読みたいと考える読者にとっても有益だと思います。

―「クリエイターと読者をつなぐプラットフォーム」と掲げてスタートしているわけですが、そこにはかなり近づきつつあると?

加藤:「クリエイターと読者をつなぐ」というテーマに対して言うならば、cakesというのは第一歩に過ぎないというか、様々なサービスの形が組み合わさることで、そういう世界ができていくのだろうなと考えているんです。

例えば、文藝春秋社が出来たとき、一番最初に『文藝春秋』という雑誌をつくったわけですが、『文藝春秋』によってコンテンツが蓄積されると、次の一手として単行本を出すわけです。つまり、雑誌が“集合的なメディア”であるのと対照的に、単行本というのは“個人メディア”なんですね。

こうした流れを考えると、Web上にもやはり個人に紐づいたメディアが必要なんじゃないかと考えてnoteをリリースしました。個人に紐づいて、コンテンツを作成して、売る仕組みが必要だと考えたわけです。

―“集合メディア”としてのcakesと、“個人メディア”としてのnoteという風にとらえているわけですね。

加藤:そうです。ちょっとcakesに話を戻すと、デジタルにおける“集合メディア”の新しい形が必要で、それがこういう形なんじゃないかと考えて作ったのがcakesなんですよ。

で、cakesをリリースする際に、いろんな人から「このメディアのテーマは?」「趣旨は?」と聞かれました。雑誌であれば、テーマや趣旨が必要なので、こうした質問は的を射ていると思います。

しかしcakesでは、あえてテーマを設定していません。ナタリーの大山さんも「何でもやるのが良いんだ」と言っていますが、感覚としてはかなり近いものがあります。テーマはあえて設定せず、何でもある場所がこれからの形なのではないかと考えています。

もちろん、読者一人ひとりは、「なんでも全部を見たい」とは考えていません。読者が読みたいのはごく一部の記事でしょう。もちろん、広告媒体として売るのであれば、読者を絞ってメディアを作った方が断然やりやすんですけどね。ただ、そうじゃない形が最終形というか、行き着く先だと思っているので。いろんなメディアに参入してもらって、読者それぞれが見たい記事をcakesで見てもらえるのが理想の形だなと思っています。

一方で、「これはやらない」と決めていることは2つあります。それは、悪口と極端なエログロ系の記事です。逆に言うと、それ以外は何をやってもいい。悪口というのはPVが稼ぎやすく簡単に作れるので、Webに限らず、メディアをやっているとそこに行きがちなんですよね。でも、そういうものを本当に好きな人ははたしてどれだけいるのかなと。特にお金を払うということを考えると。広くみんなに届ける、有料のものは、ポジティブなものだろうなという発想で、“集合的なメディア”cakesを運営しています。

―noteには、個性的なコンテンツが多いですよね。例えば、田中圭一さんの「うつヌケ」は個人的にも楽しみにしています。

加藤:あれはcakesの経験に基づいて、角川さんと共同で進めているプロジェクトです。

マンガのWeb展開は個々の出版社ごとにも行われていますが、それぞれで読者を集めるのがたいへんなわけです。課金したいとなると、その仕組みも必要ですし。だから、こういう最初から一定数の読者を抱えているサイトと組んでやるやりかたは有力だと思っています。しかも、田中圭一さんみたいにキャラクターが立っている人にとって、ファンを集約する機能があるnoteというプラットフォームは、相性がいいですよね。

Webサイトをつくるというのは、「砂漠の真ん中で叫ぶ」みたいなところがあって、つまり、集客がたいへんなんですよね。だからこそ、noteに自分のファンを集めておいて、そこに対してビジネスができるというのは効率が良いのではないでしょうか。

また、田中さんのプロジェクトは、出版社と原稿料の持ち合いをしています。つまり、「1ページあたり○○円」という原稿料の一部を出版社がもち、一部を弊社のほうで売り上げの最低保証をしています。

noteでの販売で最低保証額に達した場合は、雑誌で連載する際の原稿料よりも高くなり、出版社にとっては、原稿料の負担が減る上にネットで話題になればマーケティングにもなる。実際、有料の記事ですが、すごく読まれています。あとは本が売れれば完璧ですね。本は来年発売予定なのですが、とてもおもしろいので、売れるんじゃないかなと思いますよ。

このやり方は、今後広げたいと思っていて、ほかのマンガ家さんや出版社とも話をしているところです。この記事を見て、やりたいと思った方はぜひ連絡をいただければと思います。

無茶ぶりが“偉大な作品”を生み出す

―現在は、バイラルメディアが注目を集めていますが、そういうメディアでは可能な限り手間をかけずにコンテンツを作ろうとします。一方で、そういうメディアに対しては批判的な声もあります。Webに限らず、“未来のメディア”に関する議論が盛んにされていますが、加藤さんの考えるメディアの未来像はどのようなものでしょうか。

加藤:僕は、作りこんだコンテンツを作る側の人間なので、バイラルメディアなどを見ていると、正直、微妙な気持ちになります。でも、おもしろいとは思いますし、FacebookやTwitter上に出てきたら見たりもするので、やっぱり普及していくんですよね。また、CGMのマンガアプリなどにも注目しているのですが、あれもすごいですよね。かなりいいと思いました。

ただ、それはそれでいいのですが…。ちょっと語弊があるかもしれませんが、そういうメディアが「偉大な作品が生まれる場所」になる気はしないんですよね。偉大な作品なんかいらないよという立場も当然あるとは思うんですけど、僕としてはやっぱりそういう作品を作ること、作ることができるようにすること、に興味がある。

本に限らず、すごく面白くてちょっと尖った作品というのは、やっぱり編集者やプロデューサーのようなパートナーと一緒になって作っているものが多いのではないでしょうか。編集者である僕がいうとポジショントークになってしまうんですけど。

僕は仕事をする上で、「依頼」というものが重要だと思っているんです。自分で選んだ仕事ばかりやっていると、いま出来ることだけをやるだけになりがちで、自分の能力がなかなか広がっていかない。人から無茶ぶりをされて、そんなことできるのかなと思いながらチャレンジした結果、良いものができたという経験が人を成長させていく。ものづくりに限らず、仕事ってそういうものですよね。

クリエイターが、編集者と話していて、「こういう作品があったら、ヤバくないですか」みたいな話をすることは非常に重要で、そこからクリエイターの限界を超えた作品が出てくる。偉大な作品というのは、そうやって生まれてくるんだと思うんです。

もちろん読者の支持を集める方法は一つではないので、手間暇をかけないものやCGM的なコンテンツも、それはそれでいいと思います。でも、映画なんか完全にそうだと思うのですが、クリエイターがパートナーと一緒にものづくりをする空間も必要だと思うんですよね。

それをするために何が必要かというと、やっぱりお金ですよね。お金が動いている場所でしかそういうことはできない。なので、Webコンテンツの世界でしっかりとお金が回るような仕組みを作っていきたいと思っています。

―最後にcakesの今後の展開についてお聞かせください。

加藤:cakesが出版社にとって「マーケティングしながらコンテンツを作る場になっている」という話をしましたが、それを出版社向けにメニュー化して提供しようと考えています。ですので、近々、出版社向けの説明会を実施します。

メニュー化することで、リテラシーの高いアーリーアダプターだけでなく、誰でも簡単にcakesでコンテンツを公開できるようにしたいと思っています。

とにかく「ここに面白いものが集まっている」という状況を作りたいと思っています。そのためには、出版社側にもメリットが必要なので、それが販促ということであれば、それでいいと思います。面白いものが集まっていて、読者がそれを見ることが出来て、まとめたものがほしければ、本を買うことが出来る。これをもう少し仕組み化してやっていこうと考えています。

また、田中圭一さんのようなnoteの利用法も出版社にとってはメリットがあると思います。マンガの場合、すべてを無料公開してしまうとWeb上ではすごく読まれるけど、単行本はさほど売れていないという例が結構あります。実用書として役に立つものは、Web上で全部読んでいても「ちょっと資料としても置いておこうかな」となるのですが、マンガはWeb上で読み終えられてしまう部分がある。

なので、よくWebで連載していたマンガを出版する場合は、Web上のものを消すという対応を取ったりします。しかし、それではせっかくバズったリンクが全部死んでしまうわけですから、非常にもったいない。だから、一部を無料で公開して、残りは有料というのが実際に読んでもらいながらマーケティングが出来て、しかも売り上げが立つという一番いいバランスだと思うんですよね。こうした取り組みも出版社に提案したいと思っています。

―noteについては、いかがでしょか?

加藤:いままでnoteは、勝手に書いて、勝手に拡散してという感じだったのですが、そこを運営側でコンテンツを広げていく手助けをしたいと考えています。FacebookやTwitterなどのソーシャルでの拡散や、イベントの実施、note内でリコメンドの仕組みを作っています。

―本日はありがとうございました。

加藤貞顕(かとう・さだあき)
株式会社ピースオブケイク代表取締役。大学卒業後、アスキーに入社し、雑誌や単行本の編集に携わる。その後、ダイヤモンド社に入社。『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』『評価経済社会』といった単行本の編集や電子書籍の開発などを手掛ける。2011年株式会社ピースオブケイクを設立。
・Twitter:@sadaaki

■cakes
クリエイターと読者をつなぐプラットフォームとして、2012年9月にサービスを開始。 2015年3月現在7,777本以上の記事、400人以上のクリエイターが、経済、文化、芸能、海外情報など読み手の生活を豊かにするコンテンツを提供しています。 週額150円(税込)または月額500円(税込)の有料会員は全ての記事をお読みいただけます。
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