※この記事は2015年03月03日にBLOGOSで公開されたものです

香月啓佑氏 写真一覧
春ごろまでの妥結を目指し、交渉が続く環太平洋連携協定(TPP)。知的財産分野では、著作権侵害行為を、権利者の告訴がなくても政府が起訴・処罰できる「非親告罪」とする方向で調整が進んでいると報じられた。TPPと著作権を巡る問題について、一般社団法人インターネットユーザー協会(MIAU)事務局長の香月啓佑氏に話を聞いた。

「ざまぁwww」と言っている人が足をすくわれかねない

ー先日、「非親告罪化」が話し合われているのではないかという報道が出た時に、ネット上には"まとめサイトざまぁwww"、"バイラルメディアざまぁwww"という反応もありました。

香月:著作権侵害行為が問題になっているバイラルメディアもコピペブログも、現状では権利者が見逃しをしてくれているだけなんですよ。もちろん、気がついていないだけとか、どう対応したらいいかわからない、対応コストを考えるといちいち付き合ってらんねえ、とか、理由はさまざまでしょうが。

いわゆる著作権侵害という行為は、僕らのかなり身近にあります。例えば会社で参考になる新聞記事のスクラップをシェアしたり、秘書にコピーさせたりなんてことは著作権侵害なんです、実は。会社内でのコピーは著作権法の例外である「私的複製」の範囲外ですからね。仕事に関するコピーは全部著作者のOKをもらわないと原則的にダメです。そして僕たちの生活の中でのコピーも、場合によっては著作権侵害かどうか、かなり瀬戸際なことがあるんです。私的複製は「家庭内その他これに準ずる限られた範囲」とならOKと法律に書いてあるんですけど、この限られた範囲ってどこまでなのか、専門家の中でも議論中なんですよ。つまり日常生活の中で僕らが小さな著作権侵害をしていることって結構あるんです。それでもなぜ警察が捕まえに来ないかというと、簡単に言えば警察だけでは捕まえることができないからです。

警察もサイバー犯罪捜査の一環として、ネット上での著作権侵害のウオッチをしています。ただ、彼らがやっていることは、権利者に対して「あなたの著作物がこんな風に違法にやりとりされていますよ」と伝えることだけです。見つけた時点では警察は何も動けません。

例えば誰かがマンガのコピーを配ったとしても、マンガを描いた人、つまり著作権を持っている人が「これはひどい!」と訴えを起こさなければ、裁判にはならないんです。これは著作権侵害が「親告罪」、つまり実際の被害者が告訴しなければ刑事裁判ができない部類の犯罪と決められているからなんですね。もちろん著作物の丸々コピーをインターネットでダウンロードできるようにしたりすると訴えられます。ただ著作物を使って別の形の表現をすることなどについては、それを著作権侵害とするかどうかというのは著作権をもっている人、つまり権利者の判断に委ねられているんです。そしてこの「黙認」のしくみは日本で非常にうまく回ってきた。

しかし著作権侵害を非親告罪化するということは、権利者が例えば「このイラストは著作権侵害だけど、ファンがやってくれたことだし、見逃そう」と思っても、警察がそれぞれの基準で捕まえることができるようになるということになるんです。 この手の話題になるとよく漫画の2次創作がよく話題にあがりますよね、同人誌とか。でもこれって漫画だけの問題じゃないんですよ。音楽の世界で考えれば、ある音楽と別の音楽を組み合わせて新しい音楽を作る「マッシュアップ」ってムーブメントがあります。日本だと「StarrySky 'YEAH!' Remix」というのが有名ですよね。



これはCapsuleの「Starry Sky」とDaft Punkの「Technologic」、そしてBeastie Boysの「Ch-Check it out」をマッシュアップしたものです。Capsuleの中田ヤスタカ本人も自分のパフォーマンスの中で流すくらいにすごく完成度が高いし、僕も相当に好きです。ただこれを作った人がCapsuleとDaft PunkとBeastie Boysに許可をとって作ったのかどうか、僕は知りません。でも許諾を真正面からとるのは金銭的に相当に難しいでしょうね。そしてこのマッシュアップが許諾をもらっていなかったとしたら……Capsule、Daft Punk、そしてBeastie Boysの誰もが訴えなくても、この動画の作者を警察が逮捕できるようになる。それが著作権侵害の非親告罪化です。クラブカルチャーに必須なサンプリングだって似たようなもの。せっかく風営法を改正して、クラブから新たなカルチャーを生み出そうという動きがある中で、著作権が新しいカルチャーの発展をストップすることになりかねないんです。

そして著作権というのは別に漫画や映像、音楽だけのものではありません。文章や写真、ファッション、振り付けなどにも存在します。いろいろな写真をコラージュして作ったスマートフォンの壁紙サイトとかもありますよね。そういうサイトも対象になるでしょう。こういったリミックスの文化に大きなブレーキをかけるのが、今TPPで話し合われている「著作権侵害の非親告罪化」なんです。

さらに言えば、ある種の"別件逮捕"のようなことにつながる可能性だってあります。

例えば、読売新聞が新聞業界の問題点を自分のウェブサイトで取り上げたフリージャーナリストを訴えたことがあります。しかしその裁判では、新聞社からの書面をウェブサイトに掲載したことに対する著作権侵害が争われたんです。あるいは、市のウェブサイトを無断でコピーしたとする著作権侵害を理由に、市を批判した個人ブログの筆者が逮捕されたこともあります。この二つの事件に共通するのは、著作権侵害がある種の「別件」として利用されていることなんですね。そして多くの人が日常的に「著作権侵害かもしれないグレーな行為」を行っている以上、非親告罪化によって、過去の行為が掘り返されて、ある種の別件逮捕が可能になるんです。例えば警察からすれば隠しておきたい不祥事を追いかけているジャーナリストが、そのブログの中で過去に誰かの写真の無断転載をしていたことを警察が発見したら、著作権侵害で逮捕しちゃうことが可能になる。警察は「そんなことしないよ」と言うでしょうが……。

つまり仮に非親告罪化が決定したとして話をすれば、「バイラルメディアざまぁwww」と言っている人が思わぬところで足をすくわれかねないんですよ。バイラルメディアやまとめサイトの問題を取り締まるために非親告罪化を応援するかのようなことは、そう簡単に言えないはずなんです。バイラルメディアやまとめサイトの問題は啓発活動や教育で解決をめざすべきものだし、現状でも権利者が訴えを起こせば取り締まれる問題なんです。
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次の創作が止められてしまう可能がある

ー権利強化による、「二次創作」への影響を懸念する声もあります。

香月:昨年、漫画「ハイスコアガール」が他社のキャラを無断使用したとするSNKプレイモアの告訴を受け、大阪府警が発行元のスクウェア・エニックスの家宅捜索を行いました。著作権侵害を認めないスクウェア・エニックス側は逆にSNKプレイモアを相手取って民事訴訟を起こしています。本件では「二次創作」文化への影響や表現の萎縮を懸念する法学者たちによる声明も出ています。創作に関する問題に警察が家宅捜索という形でコミットしてきたことに、僕も正直驚いたし、不安です。著作物の丸々コピーを違法にやりとりしていたというなら警察が捜査するのも理解できなくはありませんが、表現に関する問題に介入してきたというのは正直やり過ぎです。このように著作権の問題は表現の自由と隣合わせの問題でもあるんです。

文化の発展にともなって、作品が完全なるゼロから生まれる可能性というのはだんだんと少なくなってきていると感じます。音楽にしろ、なんらかの既存のアイデアや手法に乗っかっていることの方が多いわけですよね。それは広義のリミックスだし、リミックスから新たな作品が生まれてきているわけです。テクノロジーのことを考えるとわかりやすいかもしれません。新たなテクノロジーは特許という形で20年間は保護されますが、その保護が切れたあとは自由にリミックスしていいんです。最近3Dプリンターがかなり安く手に入るようになりましたが、それには3Dプリンターをめぐるコア技術の特許が切れたことが大きな影響を与えています。創作の分野においても、二次創作の萎縮によって、新たな創作が止められてしまう可能があります。

そもそもインターネットというのは、基本的に情報をコピーすることで成り立っている技術なんですよね。例えば僕らはウェブサイトを「見に行っている」というように感じていますが、実際はそのウェブサイトのデータをスマートフォンなりパソコンにダウンロードして表示させているわけです。そしてダウンロードしているということはコピーしているということですよね。コピーすることで情報の流れを実現するインターネットと、コピーを制限することを定めた著作権法。この二つの相性がいいわけないですよね。現状の著作権法はインターネットを想定していない時代に作られ、インターネットの出現後もいろいろな条文を継ぎはぎして無理やり生かされています。

例えば著作権法について話し合う政府の審議会ではつい最近まで「DropboxやGoogleドライブのようなクラウドストレージに自分の買ったCDをmp3に変換したデータを保存することは法律違反かどうか」という議論をやっていました。また一部の権利者の人たちは「複製機能」全体に課金をしようという提案をしています。提案の文章をそのまま読めばスマートフォンもUSBメモリも、OSもプログラミング言語も課金対象になるんです。もちろん僕たちはその提案に大反対をしていますが、インターネットと複製という議論は残念ながらまだまだこんなレベルなんです。

そのようなインターネットを想定していない現行の著作権に、劇薬のような非親告罪化を入れてしまうと、思わぬ問題が起きる可能性があるんです。違法ダウンロードの刑事罰化も、DVDのリッピング禁止のような不毛な取り締まりも、著作権侵害が親告罪であるという前提でゴリ押しされたんです。

重要な「フェア・ユース」の考え方

ー非親告罪化にあたっては、米国で導入されている「フェア・ユース」が有効という声もあります。

すでに著作権侵害が非親告罪となっている米国では、そんなにトラブルは起こっていないんだから、日本でも大丈夫なんじゃないか、という意見を見かけることがあります。しかしそれは米国の著作権法には「フェア・ユース」という考え方が入っているからです。フェアとは公正とか正当って意味ですよね。フェア・ユースとはつまり「公正な著作物の利用は許諾をもらわなくてもOKにしようよ」という考え方です。著作権法が非常に厳しいように見えて、言論の自由や新たな創作を支えるしくみもちゃんと入っているんです。ただしフェア・ユースも万能ではありません。もちろん丸々コピーはダメですし、コピーする理由が教育や批評、報道など、正当である必要もあります。あとは元々の作品の市場を荒らすようなものもNGとされます。フェア・ユースは米国だけではありません。お隣の韓国や台湾、英国やシンガポールにもあります。中国でも現在導入に向けた議論が進んでいるようです。EUにも似た考え方はありますし、フランスにはパロディーを認める条項もあります。

日本にもこのようなフェア・ユース条項を導入しようという動きがあったのですが、実際にはかなり限定的な導入に終わってしまいました。

ただ米国型フェア・ユースを日本に導入したとして、そうなれば日本の現状の二次創作文化が全て救われるかといえば、残念ながらそうではないという専門家の声もあります。例えば同人誌即売会での同人誌のやりとりは販売ではなく「頒布」という言葉が用いられますが、お金のやりとりがあることは間違いありません。それを非営利とみなすかどうかは議論があるところですが、もし営利目的とされた場合はフェア・ユースとは認められないでしょう。

つまりフェア・ユースのような、一般的な著作物の利用条項を入れたとしても、非親告罪化による重しはズシンと乗っかかったままになるのです。だから非親告罪化なんかそもそも入れないほうがいい。

日本は世界に向けて先進的な「知的財産立国」を目指すと言っています。ただ知的財産というのは利用されてこそ価値が出るもの。利用されない知的財産なんて意味がない。著作物を利用させるところに新たなビジネスのうま味もあるはずなのに、著作権法で著作物の利用をどんどん厳しく制限する。現に家電メーカーの団体やインターネット企業などからも、柔軟な規定がないとビジネスができない、という声も根強くあるんです。米国は自分たちのビジネスのために、米国の著作権法基準を世界に広げようとしています。TPPだってその一環です。ただ著作物の利用を促進するようなフェア・ユース条項も輸出しようとはしません。このままでは本当にやられっぱなしになる可能性があるんです。

何を話し合っているかがわからないことが問題

ー今後の展開について、どう見ていますか?

香月:ここまで「TPPで著作権侵害が非親告罪になると危ない!」という話をしてきましたが、実はそれって完全に”仮定”の話なんです。それはなぜかというと、TPPの協議というのは全部非公開だからです。つまり何を話し合っているのか完全秘密で、何もわからない。政府が公式に認めている論点は「著作権保護期間」「医薬品のデータ保護期間」「地理的表示」の三つだけです。この3つも相当に大変な議論なんですけれども、著作権侵害の非親告罪化は議論されているかどうかも謎なんです。ただし僕らはウィキリークスのリーク情報などをもとに、報道の様子や独自の取材を通して、非親告罪化も議論されていると判断しています。

ここ最近の貿易に関する条約(通商条約)の協議は秘密協議で行っているケースが多いんです。例えば一昨年話題になったACTA(偽造品の取引の防止に関する協定)がいい例ですよね。過去に議論の内容を公開すると業界団体や市民団体などから横やりが入って、議論がまとまらず、政府が満足するアウトプットができなかったという苦い経験から、政府関係者限定で議論を静かにやりたいということなのでしょう。

TPP政府対策本部は定期的に業界団体に対して説明会を開催しており、僕らもそれに呼ばれて出席しています。また交渉のたびにマスコミに対してブリーフィングを行っており、その内容はウェブサイトで一部公開されています。ただ知的財産分野については「センシティブで何を議論しているかも話せない」というのが担当者のコメントなんです。

TPPはこの3月にも妥結するのでは、と言われていましたが、どうも米国の政治事情で4月までずれ込みそうだという報道もあります。妥結したといっても、日本としてTPPに乗るかどうかというのは国会で審議されます。ただしTPPはパッケージ、オール・オア・ナッシングなんです。「知的財産分野だけは乗りません」ということはできない。これはどの分野も同じです。 テレビなどの報道を見ていると、TPP=お肉、お米や自動車、つまり関税の問題だと捉えられがちですが、物品以外の非関税障壁もなくしていきましょうというのがTPPなんです。例えばビジネスマンが投資先の国に滞在するときの決まりとか、海外のサイトでmp3データを買ったときの関税はどうなるのかとか、国を超えて個人情報をやりとりするときの決まりなども議論に含まれているようです。

誰もが真剣に交渉について情報公開を求め、議論する必要があります。条文が確定し「TPPに乗りますか? 降りますか?」という2択を迫られた状態で議論をスタートしても、それはもう遅いんです。

今のうちにTPPの知的財産条項に対して声を上げるために、僕も所属する「TPPの知的財産権と協議の透明化を考えるフォーラム」(thinkTPPIP)では緊急声明を発表し、賛同していただける団体や個人を募集しています。ぜひみなさんと一緒に声を上げていきたいと考えていますので、ぜひ協力をいただけるとうれしいです。

関連リンク

・TPP政府対策本部 - 内閣官房
・TPP知財条項への緊急声明案の公開と、ご意見・賛同の呼びかけ - TPPの知的財産権と協議の透明化を考えるフォーラム(thinkTPPIP)