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フェラーリ初EVは英国製

4分の3スケールのフェラーリを語るのに、ポルシェ・ボクスターを引き合いに出すのがふさわしいかはわからない。しかし、ボクスターの出自が理解できれば、フェラーリ・テスタロッサJについても理解しやすいはずだ。

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ある時期のポルシェ・ボクスターは、シュトゥットガルトではなく、フィンランドで造られていた。手がけていたのはヴァルメト・オートモーティブだ。フェラーリ・テスタロッサJの場合は、イタリアではなく英国製で、ビスターに居を構えるリトルカー・カンパニーが製造している。それでも、フィンランド産ボクスターが間違いなくポルシェであるように、この英国産のミニチュア・フェラーリもまた正真正銘のフェラーリだ。そこが、重要なところである。


250テスタロッサを模した4分の3サイズのホビーカーは、英国製ながらマラネロ公認。つまりこれは、フェラーリ初の完全電動車なのだ。

ほかのいかなるフェラーリもそうであるように、このテスタロッサJのデザインや開発はフェラーリが主導している。そして、フェラーリの正規ディーラーで購入でき、スペック決定のプロセスもまったく同じ。ほかの新車のフェラーリと変わらず、自分好みの仕様をオーダーできるのだ。それでも、これが本物のフェラーリといえるのか疑問を感じる向きには、フェラーリ公式のシャシープレートが付与されることをお伝えしたい。

フェラーリ・テスタロッサJのセールスポイントは、それだけではない。いうなれば、これはフェラーリ初のフルEVだ。今後、本当のスーパーEVは登場するだろうが、それに先駆けて発売されたバッテリーとモーターで走る跳ね馬だといえる。ただし、最高速度は100km/hに届かないので、史上もっとも遅いフェラーリでもある。

ジャガーやアストンマーティン、ベントレーといった英国の名門ブランドが進んで過去の名車を復刻する中、フェラーリはクラシックモデルの現代版製作を、これまで拒み続けてきた。そんな中で、7万8000ポンド(約1092万円)という、史上最安の価格で小さなテスタロッサが発売されたわけだが、金額に見合う価値が見出せるかという見方をするなら、かなり高くつくといえる。

オリジナルの設計を75%サイズで再現

このクルマがどのようなものか説明したところで、次は誕生の経緯に触れることとしよう。このおもちゃとは思えない価格を正当化できるとするならば、これがテスタロッサを再現したボディを乗せただけの子供向けゴーカートではないことが理由のひとつになるだろう。その手のおもちゃだと思ったら、それはまったくの間違いだ。

手作業の叩き出しで製作されるボディは、1957年当時の設計図をもとに、75%サイズでテスタロッサを再現し、量産フェラーリと同じ塗料でペイントされる。さらに詳しくみていくと、ボディの下にはオリジナルのテスタロッサと同様に設計されたスペースフレームが隠れている。フロントのダブルウィッシュボーンサスペンションは、ジオメトリーまで同じだというのだから驚きだ。


オリジナルの基本構造を75%サイズで再現し、一流メーカーのパーツを多数装着した本気仕様。フロントに積む駆動用バッテリーは、簡単に交換できる設計だ。

違いがあるのはブレーキで、初期のテスタロッサは四輪ドラムだったが、テスタロッサJはディスクを装備する。それも、ブレンボが開発したこのクルマの専用品だ。これをはじめとして、OEMパーツの製造元リストはさながら一級の紳士録だ。ダンパーはビルシュタイン、スプリングはアイバッハ、1957年のオリジナル品をベースとしたオプションのホイールはボラーニ。美しいウッドリムを備えるナルディのステアリングホイールは、ダウンサイズしているものの、65年前に供給されたもののスペックを正確に再現している。おもちゃかもしれないが、いたって真剣に造られているのだ。

駆動用の電気モーターは、リアに1基搭載される。バッテリーはノーズに3つ収められるが、ひとつあたりのサイズはブリーフケース程度で、単体での持ち運びが可能だ。もしもガレージにバッテリーをもう1セット用意できるのなら、交互に充電し、差し替えて使うことができる。テレビリモコンの電池を交換するほど簡単ではないが、やることはたいして変わらない。

場違いに思えるマネッティーノを装備

中年太りのオジサンが乗り込むなどというのは馬鹿げた話に思えるし、乗り込んだ姿もまたもの笑の種だろう。とはいえ、そもそも子供向けに造られているのだから、つべこべ言わずに乗ってみよう。すると、驚くべきことにこのテスタロッサJは、身長190cm近い自分でも、比較的楽にコクピットへ収まることができたのだ。脚を伸ばした先に、珠玉のV12が鎮座していたならこうはいかなかっただろうが、幸か不幸かそこにはバッテリーしか積まれていない。ちなみに、ハンドル位置は全車とも左だ。

視線を落とすと、オリジナルのデザインを忠実に再現したメーターが目に入る。フォントまでそっくりだ。もちろん、そこに割り振られた機能は異なる。水温と油温の代わりに掲示されるのは、バッテリーとモーターの温度だ。また、燃料計は充電量に、回転計は速度計に変更され、エネルギー回生ゲージまで備えている。


内装もオリジナルを再現しているが、モード切り替えスイッチが現代の製品であることを教える。スペースは、大人でも無理なく乗り込めるもの。最高速度と航続距離は、私有地で遊ぶには十分なレベルだ。

そのほかにも、現代的な変更点がある。まさか1957年型テスタロッサのレプリカに、マネッティーノのスイッチを見つけることになろうとは思いもしなかった。モードはノーヴィス/コンフォート/スポーツ/レースの4つ。それぞれ最高速度が異なり、下は20km/h以下、上は60km/h以上となり、おそらく80km/hくらいまでは出そうな感触だった。

フルチャージを使い切るまでに走れるレンジは100km弱といったところ。ただしこのクルマ、ナンバーを取得できないので、公道走行は不可能だ。となれば、スピードも航続距離も十分だろう。

非力ながらテールスライドも楽しめる

空車重量は250kgにすぎない。ただし、筆者が乗り込むとウェイトは一気に3割ほど増すのだが。オーセンティックな見た目のノブを右にひねり、F8トリブートから流用しているスロットルペダルを踏み込むと、小さなテスタロッサは動き出す。

ビスター・ヘリテージのテストコースは、このクルマにこれ以上ないほどピッタリのシチュエーションだった。短くタイトで、試乗した当日は路面が湿ってもいた。この状況なら、パフォーマンスを存分に楽しめる。


スペースフレームらしい挙動を見せるテスタロッサJは、走らせるとおもちゃだということを忘れる楽しさ。往年のF1ドライバーになり切ってみたフランケルだが、そちらの再現度はクルマに負けていた。

タイヤは、ピレリがフィアットのヌオーバ500愛好家のためにリバイバルしたチンチュラートCN54で、乗り心地はかなり硬い。スペースフレーム越しに奇妙な突き上げを感じるのだが、これはこの構造ならではの挙動でもある。

飛ばしてみると、これがじつに楽しい。子ども向けのおもちゃのクルマに夢中になるなんて大人げないのではないだろうかと、気にしていたのもはじめのうちだけ。結局は、そんなことどうでもよくなってしまうのだ。はたしてそんなことできるのかと気になっていた、テールスライドまでこなしてくれるのだから。

テールを蹴っ飛ばすほどのパワーはないが、それは賢明なことだろう。しかし、オーバースピードでコーナーへ突っ込んでスロットルを抜けば、荷重移動がいい仕事をしてくれる。そこからパワーオンしてカウンターを当て、リトルカー・カンパニーのスタッフが見守る中でしかめっ面をしてみる。向こうからは、鋭い目つきで、冷静に彼らの仕事ぶりを批評しているように見えただろう。マイク・ホーソーンのモノマネをしていると気づいて大笑いしてくれるほど、そのスタッフは年配ではなかった。

299台の意義深い存在

これは金持ちの道楽か、彼らのもとに生まれた恵まれたティーンエイジャーがクリスマスや誕生日に与えられるプレゼントといった感じで、われわれ庶民には縁がないシロモノだ。しかしそれは、そのルックスやすばらしいクオリティに魅了され、オリジンをスケールダウンしながら忠実に再現しようとした努力に驚くことまで否定するものではない。

生産台数はたったの299台で、ラ・フェラーリよりも希少だ。すでに半数が売約済みで、完売は間違いなさそうだ。となれば、このテスタロッサJには、そのとんでもない価格に見合った価値があると言っていいのだろう。


庶民が趣味で手に入れるには高価すぎるが、すでに生産予定数の半分が売れているという。しかし、製品そのもの以上に、開発の経緯や注ぎ込まれた情熱に興味を惹かれる。

とはいえ、個人的にもっとも興味をそそられたのはそこではない。リトルカー・カンパニーがこのアイデアを発案し、フェラーリがそれに賛同したこと、そして、目的はどうあれ、彼らが共同で驚くべきクオリティのなにかを作り上げたということだ。それにまつわるすべてが、誇るに値するのである。