高岡浩三さん。

「KitKat」を爆発的にヒットさせ、2011年には51歳の若さでネスレ日本の代表取締役社長兼CEOに就任。さらに「ネスカフェアンバサダー」という新しいビジネスモデルを構築し、「日本マーケティング大賞」を受賞…。

サラリーマンとしてこれ以上ないほどの成功体験をおさめた方であると同時に、日本のマーケティング業界では“レジェンド”とされるスタービジネスパーソンです。



どうにかあやかりたい…という気持ちで「普段からできる『マーケ思考のトレーニング方法』を教えてください」とうかがったところ、出てきたのがこちらのお答え…!

高岡さん:
考えることを趣味みたいに楽しめるようにしてほしい。

週刊誌やネットで見るいろんな会社の問題を、「自分が社長だったらどうする?」と考えてみる。25歳でも30歳でも、歳なんか関係なくそれをやってみる。

考えることを趣味に…! ということで、今日は高岡さんのこれまでのご活躍をケーススタディとして、マーケティングにまつわる問題を全3問出しますので、記事を読みながら「自分だったらどうイノベーションする?」かを考えてみてください!!

〈聞き手=天野俊吉(新R25副編集長)〉


“天上”みたいなお部屋で、ネスカフェをいただきながら取材します…

Q1.CMを打っても売れない「KitKat」を売るために何をする?

天野:
高岡さんは「KitKat」のマーケティング本部長として、ネスレを急伸長させたことで知られてますよね。このときはどんなことを考えられていたんでしょうか?

高岡さん:
今から20年以上前の話だけど、KitKatはCMをやめたかったわけ。利益率が2%しかなかったのに、年30億円も広告費を使っている。

天野:
“CM撤退ライン”な商品だったんですか…

高岡さん:
そう。KitKatってもともとイギリスのブランドを買収していて。

Have a break, have a KitKat.」っていうブランドスローガンがあって、着任したときに「これをブランドの財産としてやりなさい」と言われたんだけど…

僕は思ったんです
。「いやいや、どういう財産やねん」と。


やねん…高岡さんの言葉はやわらかな関西弁でお読みください

高岡さん:
で、「日本人にとってのHave a breakってどういう意味なん?」って調査したら…“ストレスからの解放”という答えが見えてきた。

天野:
イギリスのティータイムとはちょっと違うと。

高岡さん:
それと同時に九州のスーパーの社長さんが、「1月、2月にやたら売れる」と。「“きっと勝っと”って聞こえるから、受験生の息子に、お守りがわりに買っています」って話を聞いたと言うんです。

それを聞いて僕は「受験というストレスからの解放、これが日本人の“Have a break”だ」って思ったの。

天野:
なるほど! それで「きっと勝っと」のダジャレで広告を…?

高岡さん:
いや。それを自分たちが考えたようにCMやったらみんなシラけちゃう。それに、CMをやめたいと思ってるわけだから。

天野:
あっそうか…では何を?


シンキングタイムです。皆さんも考えてみてください

高岡さん:
広告ではなく、ニュースをつくることです。

大学受験のときに、東大と慶應かな。キャンパスのゴミ箱の中に、みんなが試験をしている間に、空箱を捨てて回ったんですよ。ヤラセなんだけど

天野:
え…?


「それ大丈夫なんですか?」「うん」

高岡さん:
試験が終わって出てきたときに「なんでみんなこんなにKitKatを食べてるの?」って思うじゃないですか。

「俺は持ってきていない」「なんでほかの人は持ってきてるの?」。当時、ネットが普及しはじめたころだからみんな掲示板に書く。

そうしたら「KitKatは受験のゲン担ぎ、お守りだ」って知っているやつがいる。それが朝日新聞のコラムやテレビの情報番組に取り上げられて、一気に広まった。

天野:
そ、そこまで見越して…!?


現在では、日本は世界で販売されているなかでもKitKat売上トップの国となっています。すごすぎる

天野:
「きっと勝っと」をCMにするんじゃないところが斬新ですよね。

高岡さん:
それは実体験からですよ。当時ネスレは、テレビの広告に年間400億円使ってた。なのにずっと右肩下がり。だったら広告じゃダメだ、ニュースをつくろうと。

ニュースをつくるとは「人にしゃべりたくなる、ポジティブなウワサをつくる」ということ。利害関係のない人たちが何かを言うのが大事なんです。

天野:
最近「嘘がある広告はバレる」とか言われてますが、それを20年以上前にやっていたんですね…

高岡さん:
先進国になればなるほど、いつまでも“広告頼み”というわけにいかない。これは藤田社長にもよく言っているんだけどね。


藤田晋社長に指導(高岡さんはサイバーエージェントの社外取締役です)。俺は今どういうレジェンドと喋ってるんだよ…

Q2.不人気商品だった「マギーブイヨン(洋風だし)」をスーパーで売るにはどうする?

天野:
高岡さんのR25時代のことも聞いてみたいです。やはりお若いころからスター街道を?

高岡さん:
いやいや、最初は津田沼でスーパーマーケットに営業して、ハタキ持ってネスカフェのホコリを払ったり…

ホント言ったら、丸の内をカッコよく歩きたくて(笑)「大学の同期にこの姿を見られたくないな」とか思ってた


レジェンドの青年時代のかわいい悩み…

高岡さん:
それで、早く出世するために「人が売れないもの」を売ろうと思ったの。

天野:
売れないもの?

高岡さん:
ネスカフェはすごく売れるんです。何が一番売れなかったかというと、「マギーブイヨン」なんですよ。

マギー ブイヨン | 【公式】 ネスレ通販オンラインショップ
https://shop.nestle.jp/front/contents/maggi/bouillon/
洋風だし。今ではロングセラーですが…

高岡さん:
当時はネスカフェと“抱き合わせ”にして、「ブイヨンも取りなさい」っていう商売をやってた。だからウチで持っている棚では、ネスカフェの隣にマギーブイヨンが置かれてるわけ。

コーヒーのような嗜好品とブイヨンという調味料が置いてあっても…お客さん視点で考えたら「買うわけない」と思ったんです。

天野:
たしかに…


ブイヨン、あなたならどうやって売りますか?(ヒント:1980年代の食卓をイメージしてください)

天野:
どうしたらいいんだろう?

高岡さん:
松戸のダイエーで、いろんな売り場をずっと見てたんですけど…当時スーパーで売れてたのは、ハウスの「バーモントカレー」。

ハウスの棚に行くと、カレーのつくり方のリーフレットが吊るしてあるわけ。

天野:
はい。

高岡さん:
何気なくそれを見たら…

カレーの材料のところに「ブイヨン1個」と書いてあった。


「今のカレールーにはそういうだしの成分が入ってるけど、当時のには入ってなかったんだね」

高岡さん:
それを見て、マネージャーさんに「バーモントカレーの横にブイヨンを積んでもらえませんかね?」って置いてもらったら飛ぶように売れたあっという間に売り切れたね

天野:
すげー…

高岡さん:
また運がいいことに、そのマネージャーさんがダイエー本社のバイヤーに出世した。それで「“カレーにブイヨン”というキャンペーンをやりましょう」と提案して…結局いろんなことがうまくいって、3年で本社に来いと言われたの。

でも、そんなことができたのは現場にいたから。自分で営業をできたのはすごくよかったね。


何をやってもうまくいっている。こんな人生を送りたいです

Q3.昔に比べて高級な家具が売れにくくなったのはなぜ?

高岡さん:
最近のニュースを見ていても、「大塚家具」の話があったでしょう。展示場に家具を並べて売るというビジネスが難しくなっている。

天野:
ありましたね。

高岡さん:
昔は、そんなに豊かじゃない時代でも高級な家具がけっこう売れていた。でも今はそうは売れない。これはなぜだと思う?


(ヒント:家具を一式買うのはどんなタイミングでしょうか?)

天野:
えーっと…

高岡さん:
…昔は、結婚するとだいたい長男と両親が同居したでしょう。

だから、お嫁にいく側の親が「ウチはこれだけのものを持たせますからよろしくお願いします」っていう意味で“嫁入り道具”を何百万円もかけて買ったんや。

天野:
なるほど…!! 高い家具を一式持たせたのか…!

高岡さん:
でも今は親と別居で、マンション暮らしが普通でしょ? 嫁入り道具なんて買わないし、「そんな狭いところになにを置くんや」っていう話だよね。

そう考えたら、もし僕が「大塚家具の娘」のかわりの社長だとしたら、展示場をどんどん縮小して、全部ネットで売りますよ。

天野:
ネットで。そうですよね…

高岡さん:
「Pokemon GO」みたいなARの技術を使って部屋に家具を映してイメージできたら、ショールームの莫大な維持費がなくなる。在庫も1カ所に持っていればいいわけです。

そういうのを考えてると、楽しいでしょう?

あとから「ああ、これ俺が考えていたのに」ってなったり、あるいは自分が間違っていたりしても面白いよね。そんなふうに考え続けるのが、マーケティングのケーススタディなんです。

「君らの世代はめちゃくちゃ給料安いでしょう」高岡さんが語る“日本の成長”



天野:
高岡さんは「高岡イノベーション道場 〜DX×イノベーション〜」でも、後進への指導をされていますが、若者を見ていて「見どころがある」と思う人っていますか?

高岡さん:
別にあんまりそういうことは見ていない。結局、「答えのない問題を一生懸命考えているか」がすべてなんですよ。日本の学生って答えがあることは一生懸命やるんだけどね…

天野:
若者たちに問題がある?

高岡さん:
というか、それは今の60〜80代の経営者にめちゃくちゃ大きな責任があるんです。

俺は「経営者がダメだから、“失われた30年”やった」と思ってる。

デフレだからなんとか生活できるけど、君らの世代はめちゃくちゃ給料安いでしょう。

天野:
は、はい…


自分たち世代の経営者レイヤーの責任だと言い切る高岡さん

高岡さん:
我々世代の経営者は、引退して名前だけの社外取締役やって、財界活動をやって…みたいな感じでしょう?

だから日本はイノベーションができない。すでに成功していることをマネしあっているようでは、はっきり言って大した金もうけはできない。

天野:
高岡さんはよく「いま日本にはリノベーション(改修)じゃなくてイノベーション(発明)が必要だ」とおっしゃっていますよね。

高岡さん:
というか、以前も別になかったんじゃないかな。日本から「イノベーション」で生まれたのは、ソニーのウォークマンぐらいよ。

ホンダさんにしてもトヨタさんにしても、自動車を発明したわけじゃないですから

天野:
ひえ…


日本が生んだのはウォークマンぐらい。話のレベルが高すぎる

高岡さん:
戦後、日本は外資を入れずに、銀行の持っているお金だけで経済を発展させようとした。それでどこの国にもないメインバンクシステムという日本独自の仕組みができた。

投資家だったら「配当率をよこせ」と言うのに、大株主が銀行だからそういう要求にさらされない環境だったんです。

そんな環境で、レイバー(労働力のこと)の質がよくて、コストも世界一安かった。戦後50年間、人口が毎年100万人増えてたんやで? 今までやってきた社長が偉かったんじゃない

天野:
まさに「リノベーション」で成功できた時代だったんですね。

高岡さん:
今はそうじゃない。産業革命の時代だからね。

革命を起こしたのがGAFAと言われる連中だけど、でもまだまだネタはあると思うんですよ。

正解はないからツラいけど、イノベーションを起こさなければ、この国の成長戦略なんか描けないでしょうね。


これは貴重なお話だ…自分のやっていることが「リノベーション」にとどまっていないか、考えねば

“考え抜ける”のは、人生を逆算しているから。「42歳で父が…」

天野:
最後におうかがいしたいんですが、高岡さんがそこまで“考え抜く”ということができるのはなぜなんでしょうか?

高岡さん:
僕は、人生を逆算してるんですよ。

天野:
逆算?

高岡さん:
あのねえ、僕が10歳のときウチの親父が42歳で亡くなったんです。

10歳で喪主を務めた葬式の夜に聞いたのは、じつは親父の父親、おじいちゃんも42歳で亡くなってるんだと。

それで「自分の人生も42歳で終わるのかもしれない」ってずっと考えるようになったんです。



高岡さん:
つまり、会社に入ってたった20年で何かをしなけりゃいけない

それで外資系は頑張れば早く出世できるだろうと思って、ネスレに入るわけですよ。

天野:
そんな人生観があったんですね。

高岡さん:
普通はあまりそんなこと考えないでしょう? でも、逆算して働いてきたからよかったのかもしれないね

バブルの前でみんなちょっと豊かになって、女の子もブランドもののバッグを持つようになった。「みんながそんなに欲しがる“ブランド”というものを、42歳までにつくれないだろうか」と考えたんです。

KitKatの仕事がちょうど42歳だから、ギリギリで間に合ったと言えるかもしれない(笑)。



穏やかな口調ながら、ときおり手振りをまじえながら熱く語ってくださった高岡さん。

R25世代がすぐに取り掛かれそうなアドバイスを求めると、

「上司に嫌われたらあかん。

“こいつの下で働きたくないな”って思っても、嫌いな人にバッテン付けられるのはもっと悔しい。それは置いておいて、『その人がしてほしいことに100%答えてやろう』と考える。

それはサラリーマンとして本当に必要なことだと思う」

と実践的な心構えを教えてくれました。

成長戦略やイノベーション…。ふだんは正直そこまで考えていませんでしたが、高岡さんの貴重なお話を仕事に取り入れれば、僕らも“レジェンド”のように働ける…かもしれません!

〈取材・文=天野俊吉(@amanop)/撮影=中澤真央(@_maonakazawa_)〉

そして、高岡さんのお話にあわせて、本日は新R25ワイドショーにこちらの3つのテーマが登場!

レジェンド高岡さんも回答、チェックしてくださるとのことなので、皆さんも奮ってご回答ください!

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