銚子電鉄の竹本社長は週に1〜2度、自ら運転する(写真:銚子電鉄

「まずい棒」「お化け屋敷電車」そして、映画『電車を止めるな!』。”超極貧”の赤字鉄道会社からなぜ突飛なアイデアやイベントが次々と生まれるのか。その秘密を「まずい棒」の考案者でもある著者が解き明かした一冊が『廃線寸前!銚子電鉄』(交通新聞社新書)です。内容の一部を抜粋して紹介します。

私と銚子電鉄代表取締役社長の竹本勝紀氏が出会ったのは2016年(平成28年)2月のこと。私がちょうど『ありがとう』というタイトルの本を出版したばかりの頃、新聞で「ありがとう駅」の記事を見つけた私の父が、「『ありがとう』という駅が銚子電鉄にできたようだ。本を駅に置かせてもらったらどうか」と教えてくれたのだ。

ネーミングライツによって、外川駅が「ありがとう」という駅名に決まり、駅舎内の待合室に「ありがとう」や「感謝」をテーマにした絵本が30冊ほど置かれ、観光客や地域の子どもたちが自由に読める空間になっていた。

私は早速銚子電鉄に連絡を取ってみた。

銚子電鉄さんの『ありがとう駅』を感涙駅第1号に認定させてください」

私の申し出に、当初竹本社長は戸惑いを見せた。

社長の本業は税理士

実は、私は「全米感涙協会」の会長を務めている。会員は1万9000人程で、能動的に涙を流して心のデトックスを図る「涙活(るいかつ)」を行っている。


「鉄道最前線」の記事はツイッターでも配信中!最新情報から最近の話題に関連した記事まで紹介します。フォローはこちらから

泣ける映画や泣ける音楽などを「感涙○○」として認定することも活動の一つで、映画『蜩(ひぐらし)ノ記』を感涙映画に認定して主演の役所広司氏に涙のトロフィーをお渡ししたエピソードなどを話すと、「意外とちゃんとした団体なんですね」と笑って受け入れてくれた。

それ以来、「お化け屋敷電車」や「まずい棒」のプロデュースをさせてもらってきた。今では銚子にちょくちょくお邪魔するような間柄だ。

竹本社長の本業は税理士だ。現在も税理士としてさまざまな企業の相談を受けている。

銚子電鉄とのかかわりは、2005年、本業の税理士として銚子電鉄の顧問税理士となったことがはじまりだ。

2008年には、当時の銚子電鉄社長の引き立てもあり社外取締役の任に就いた。当時の社長というのは、ぬれ煎餅(せんべい)事業を軌道に乗せた立役者だが、高齢で体調が悪くなり、2011年の東日本大震災によって悪化した業績を立て直すための舵取りは難しい状況だった。

翌2012年の取締役会で、会社の指揮を当面執るピンチヒッターが必要であるとの判断が下された。顧問税理士だった竹本氏にも、銚子電鉄の懐事情は明白だった。

しかし、預金残高は50万円、借金は2億円。そんな倒産寸前の会社の社長を引き受けたいと思う人がいるわけもない。

すると、オブザーバーとして取締役会に来ていた顧問弁護士からこんな声が上がった。

「竹本さんに、数カ月の間だけでも一時的に代表に就任してもらってはどうだろうか」

長期的な改善計画を策定する必要があり、そのためには専門知識を持っているスペシャリストが適任であると、白羽の矢が立ったわけだ。この提案に他の役員たちも賛同し、竹本氏は「断り切れず」代表取締役に就任することとなった。

「数カ月の間なら……」

あくまでもワンポイントリリーフのはずだった。

社長兼電車の運転士

社長に就任してあることに気がついた。銚子電鉄は、慢性的な資金不足であると同時に、慢性的な人手不足にも苦しんでいたのだ。


銚子電鉄の車両(編集部撮影)

銚子電鉄の運転士は4人。4人でダイヤをまわすとなると、体力的にもかなりの負担で、休みもとりにくい。本社や工務担当で運転免許を持つ予備運転士が数名いて、夕方の時間帯を中心に交代で乗務していたが、それでも人数は足りない。竹本社長は運転士にかかる負担を少しでも軽減しようと、自ら電車の運転免許取得をめざした。それが、2016年のことだ。

筆記試験は1週間ほどの勉強で難なく合格できた。しかし、技能試験は勉強だけでは足りず、不合格という残念な結果が続いた。

筆記試験合格から1年3カ月後、3度目の挑戦でやっと技能試験に合格、無事に電車の運転免許を取得した。本業の税理士の仕事、経営難の銚子電鉄の立て直しに奮戦しながらの快挙である。

「おかげさまで『社長自ら運転⁉』と自虐ネタがひとつ増えました。自虐ではなく、笑ってもらえる自虐になるようにと、私は『自ギャグ』と呼んでいるのですが。電車の運転士といえば昔から男子の憧れの職業です。子どもの頃の夢が叶ったと思って喜んで運転していますよ」

と竹本社長は笑ってのける。現在は週に1日から2日ほど、予備運転士として運転シフトに組み込まれている。

電車を運転するだけにとどまらない。「DJ社長が運転する貸し切り電車」なるものまで始めた。「DJ」というのは「ディスクジョッキー」だけではなく、「ドン引きする冗談」の略でもあり、「DJ列車」は、自らがDJ風にギャグを織り交ぜながら観光案内をする貸し切り列車だ。

副業集団のロマンチスト団長

銚子電鉄の役員体制は少々変わっている。取締役8名全員が本業を別に持ち、皆さん副業として銚子電鉄の取締役を務めているのだ。副業といってもほぼ無報酬で、銚電愛あってのボランティア活動に近い。竹本社長は、「役員報酬は月収ぬれ煎餅30枚円で皆さんに取締役をお願いしている」と言っているが、あながち冗談でもない。


なぜ彼らは無報酬で銚子電鉄の役員を引き受けたのだろうか。

旅行代理店幹部の役員・柏木亮常務は、ある意味本業以上に熱心に企画立案や運営を担っている。中央大学鉄道研究会出身の彼は小田急ロマンスカーの大ファンで、実は銚電ファンではない。

そんな彼を、竹本社長が「ウチにはロマンスカーはないけど、ロマンはある」と説得した。今では銚子電鉄の広報をはじめプロデューサー的役割も担う重要なポジションに就いている。

リクルート出身で現在は有名企業の副部長を務めているという取締役もいる。彼は「本業に徹していればもっと偉くなっているはず」な人であるにもかかわらず、「乗りかけた電車ですから」と銚電の立て直しに日々奮闘し、「本業に邁進することも一つの選択肢だけれど、いつか年老いて自分の人生を振り返ったとき、やっぱりあのとき、銚電にかかわれてよかった。おもしろかったなあときっと思えるに違いない」と語っている。

竹本社長は言う。

「本業からちょっと外れているところに、仕事だけではたどり着けないおもしろさやロマンがあるのではないか」

銚子電鉄は、おかしなことばかりやっている妙な集団と思われているかもしれない。しかし、「銚子電鉄を走らせ続ける」という目的のために、仲間とともに報酬度外視で自身も走り続けるロマンチスト集団であり、その団長が竹本社長なのだと、私は思っている。