イギリスでは昨年12月下旬から新型コロナウイルスワクチン接種が始まった(写真:Chris Ratcliffe/Bloomberg)

「この前、やっとワクチン1回目を接種したよ!」勤務先の病院で先ごろ、目をキラキラ輝かせてこう話す患者に遭遇した。一人暮らしの高齢者で、コロナによる移動制限でまともに娘夫婦と孫と会えない日が何カ月も続いていたそうだ。

イギリス新型コロナウイルスワクチン接種が始まってから、2カ月強。これまでに1回目の接種を終えた人は1500万人を超えた。ようやく接種が始まった日本ではワクチンへの抵抗感がある人も少なくないと聞くが、イギリスでは前向きに捉えている人が多い。

接種期間を12週間に拡大めぐり議論

とはいえ、ワクチンをめぐる混乱も少なくなかった。

イギリスではワクチン接種は、1回目と2回目の接種間隔を3週間から12週間後とする」。ワクチン接種が始まってすぐ、政府は2021年明け早々に世界中が驚くような決定を出した。

1日の感染者が5万人を超え、死亡件数も増える中で、国は1人でも多くの人に1回目のワクチン接種をすることが重要であり、3週間以内の2回目接種は「最優先ではない」とした。政府が「有効性には自信がある」とする一方、当時のファイザーは「12週間での臨床試験は行っていない、したがって安全性と有効性は未確認」と発表。イギリス国内でも議論が噴出した。

それでも、2回目のワクチン接種を12週間後にすることが強行された。すでに1回目の接種を済ませ、3週間後に2回目の予約が入っている人はごく一部を除いて、ほとんどが12週間後に変更をされた。筆者は1月14日に1回目を接種して、2回目の予約は4月2で入れてもらった。

ここでイギリスワクチン状況に触れたいと思う。ワクチンの優先順位としてイギリス政府は国民を年齢と職業によって9つのグループにわけた。第一優先が高齢者施設の入居者と職員、第二優先が80代以上の人と医療福祉分野のフロント職員、第三が75歳以上、第四が70歳以上だ。

この優先上位4グループのワクチン1回目の接種を2月半ばまでに、そしてすべての50代以上の人のワクチン1回目を5月までに、との目標が設定された。この目標を達成するべく、ワクチンは予定を前倒しで次々に出荷されていった。ここへアストラゼネカのワクチンも新たに加わり、そのスピードはさらに増す。

しかし、ワクチンを受け取る医療機関側は、1月は悲鳴を上げる事態となった。

ワクチン配送されます」という突然の告知

ワクチンの予約ができると診療所から連絡がきたけれど、それが翌々日と言われたんだ。近所に住む娘夫婦に車での送迎をお願いしたら、急に言われても仕事の休みの調整が大変だ!と怒られたよ」ワクチンの会場で順番待ちの高齢者が、マスク越しにこんな会話を交わしている。

国はスケジュール前倒しでワクチンを大量に出荷をしているが、その日程は配達直前まで医療機関側に知らされない。突然、短い告知で「お宅の診療所にx百本のワクチンが配送されます」と連絡が来る。

ファイザーのワクチンは医療機関では冷蔵庫温度で摂氏2〜8度で保存し、医療機関に到着してから5日以内に使用しなければならない。つまり医療機関側は、短期間にワクチン分の患者の予約を入れなければならないのだ。こうした事態が各地で起こった。

したがって患者側も「3日後に」「明日」などでワクチン接種の連絡を受ける。幸いロックダウン中で高齢者はほぼ家にいるから、多くの人が短期間での連絡でも、予約を受け入れられているようだ。

連絡は携帯メッセージと電話が使われる。携帯メッセージの場合には予約リンクのURLが貼ってあり、そこから予約を入れるようにと言われる。ただ、高齢者の患者の場合には電話で予約を希望することが多い。

なお、筆者は勤務先の病院で接種をしたので、勤務用のメールアドレスに予約のURLが貼ってあり、そこから予約を入れた。予約を入れる時にウェブ上で問診の記入、副反応やその対処法の説明書がある。

最終ページで「以上の注意点をすべて読み、理解をしたうえで同意します」というチェックボックスにチェックを入れることで、予約が完了をする。私の病院では、これが「同意書」とみなされたが、ほかの医療機関ではワクチンの会場で手書きの同意書を求める場合もある。

ワクチン当日、予約の時間よりも5分くらい早めに行ったが、受付で並ばされた。ID確認をしてQRコードを見せ、この時に2回目の接種の予約も入れてもらった。

受付が終わると待合室に案内をされたが、これが非常に面白い。待合室1で待っていると、職員から声がかかり、廊下を横切って同じ階にある別の待合室2に進む。そして最終的にはワクチン接種をする部屋の外にあるベンチで待つように言われた。

まるでスゴロクであがりを目指す感覚だ。人が密になることを避けるためだが、建物の構造によっていろいろな方法が取られている。筆者の勤務先では巨大な外来スペースを使ったために、個室が十分にある。

翌日の朝は腕を上げられず

実際の注射も個室で看護師と1対1で行われた。ID、アレルギー、服用薬、当日の体調を口頭で確認される。予約をした時に同意にチェックをしているわけだが、ワクチンを実際に注射する看護師が口頭でも必ず副反応とその対処法、万が一体調が悪化したり、心配事があった場合の連絡先を説明する。また、同じ説明が書かれているリーフレットもその場でもらう。

ワクチン接種が終わった後は別の部屋で15分ほど経過観察。と言っても筆者の場合を含めて全員が病院職員のため、特に見張りや問診もなく、15分経過したら自己判断で帰宅が許される。一般患者の場合、例えば診療所などではこの場所を確保するために、敷地内の庭にテントを設営してそこで15分の経過観察をするところもある。

筆者の副反応は、ワクチン当日は問題はなし。翌日の朝はワクチン接種をした腕がかなり痛く、肩より上には上げられなかった。体調は軽い二日酔いのような、少し頭が重く感じられたが、それ以外の大きな問題は感じられずに通常出勤をした。車通勤のために、ハンドルを切ることが辛く感じた。

昼以降に頭痛をハッキリと感じ出したが、仕事が16時上がりだったので続行した。ちょうどワクチン接種24時間を経過した17時頃には頭痛、悪寒、倦怠感に襲われた。これは事前に説明をされていた通りで、もらったリーフレットにも書かれていた内容通りだ。

勤務から帰宅後はすぐに横になったが、頭痛はますます酷くなった。そこで説明されている対処方にしたがい、アセトアミノフェンの鎮痛剤を服用してまた横になった。

その晩遅くからさらに翌日昼までは頭痛は消え、体調は回復したかと思ったが、また午後から悪寒と頭痛に襲われた。この時には迷わずにすぐに鎮痛剤を服用して横に。副反応はワクチン接種から丸2日間、断続的に続いたが鎮痛剤を服用することで症状は抑えられた。3日目は通常の生活に戻ることができた。今振り返っても、痛みを感じたら我慢せずにすぐに鎮痛剤を服用すれば、そこまで苦しむことはなかったと思う。

大量のワクチン接種を進めていくうえで、欠かせないのがスタッフだ。2020年11月の時点でワクチン接種の医療従事者の募集をかなり見かけるようになった。特に定年退職をした医師、看護師には積極的に声がかかった。

臨床から遠ざかっていた彼らには特別な訓練プログラムが組まれている。また現役の医療従事者であってもワクチンを接種する場合には国から事前研修プログラムを受けることを言い渡されている。

この研修には、ワクチンの保存の仕方や、患者への副作用と対処法の説明、実際の技術、万が一に備えてのアナフィラキシーショック対応や急変対応なども組み込まれている。

ワクチンは「希望のカギ」と見る人少なくない

イギリスでは、2020年3月下旬から全土でロックダウンが始まり、現在3回目のロックダウンの最中だ。筆者には学校に通う子どもが2人いるのだが、この1年間で学校に普通に通えたのは9月から12月までの4カ月弱。大学生などは親元を離れて大学の寮に入寮しているのに、授業はオンラインがほとんどだ。

一方、高齢者の多くはこの1年間、断続的に自宅隔離をしている。お茶会やジムの体操クラス、週末の家族や親戚との食事、夏の旅行など、何十年も習慣化されてきた生活が突然なくなり、孤立した生活が続いてきた。

先が見えない毎日に皆が鬱々とした気分になっている。ワクチンはそんな生活に終わりを告げる、希望のカギと見る人は少なくない。イギリスワクチン接種率が高いのは副反応への不安よりも、「消えてしまった普通の日常」を渇望する思いのほうが圧倒的に強いからだろう。