わずか数日でブームを巻き起こしている「クラブハウス」に潜むリスクとは??(写真:ZUMA Press/アフロ)

「Clubhouseの日本のユーザー数は、2月4日時点で50万人程度だと試算している。初速の勢いがすごかった」

ソーシャル分析ツールを手がけるユーザーローカルの伊藤将雄社長は、アメリカ発の音声SNS「Clubhouse(クラブハウス)」のユーザー数の伸びを独自に試算した。

1月23日に日本でもアプリがリリースされ、IT界隈のインフルエンサーがSNSで発信し始めたことで、26日以降ユーザーが急増。芸能人も流入し、1月末にユーザー数が10万人を突破したと伊藤社長は推定している。

Clubhouseは「音声版Twitter」と説明されることが多い。閉鎖空間で1対1で会話することも、ユーザーを限定し音声を公開することも可能だ。使い方によって電話にも、ラジオにも、双方向コニュニティーツールにもなる。音声はリアルタイムで流れ、保存はされない。

「テレワークの浸透やSNSの多様化で、目と手はふさがっているけど耳は空いているという人は多い。Clubhouseは耳から入ってくる情報のプラットフォームで、人々の耳を支配しようとするアプリ」と分析するのは、SNSや情報メディアの運営経験が豊富なITジャーナリストの岩崎綾さんだ。

リリース1週間で20代の34%が認知

「耳を支配するアプリ」がなぜこれほど短期間に広がったのか。最もよく聞くのが、既存ユーザーに招待されないとアプリを使うことができず、ユーザーに最初に割り当てられる招待枠が2枠しかないことで、プレミアム感が出たという分析だ。

招待制、会員制というと日本発のSNS「mixi(ミクシィ)」を思い出す人も多いだろう。同サービスは2004年3月に正式に始まり、9月16日にユーザー数が10万人、2005年4月3日に50万人を超えた。mixiの勢いもすごかったが、伊藤社長の試算では、mixiが1年かけて獲得した50万ユーザーを、Clubhouseはわずか10日余りでかっさらったことになる。

「コロナ禍で人と会えずコミュニケーションに対する需要が高かった」(岩崎さん)ことや、「Clubhouseに登録した人がFacebookやTwitterで紹介し、その周辺に広がる。既存のSNSに乗っかり、認知度を高めた」(伊藤社長)ことも、雪崩のようなブームを起こした。

メッセージアプリLINEの調査によると、1月30日時点のClubhouse認知度は2割弱。「知っている」と答えたのは20代の34%に対し40代は12%と、世代、業種によってばらつきはある。一方で、局地的に大ブームが起きているため、存在を知っていながら参加していない人の取り残され感は大きい。

Clubhouseは今のところアップルのアプリストアでしかダウンロードできないので、アンドロイドユーザーで、都内のIT企業で働く40代女性は疎外感を感じる日々という。

「職場では皆やっているという前提でClubhouseの話題が出る。家庭の方針で『オレたちひょうきん族』を見られず、クラスの話題に入れなかった小学生時代を思い出す」と漏らす。都内の女子大学生は「友達でやっているのは40人くらい。Clubhouseに登録するためにiPadを買った人もいる」と話した。

耳は空いていても「脳は支配できない」

Clubhouseの魅力について、さまざまな人から出てきたのが「有名人との距離が近い」という言葉だ。


好きなカテゴリを選択できる(画像:岩崎さん提供)

映像のないClubhouseは複数が話せる「room」を立ち上げるハードルが低い。

リスナーは興味のあるroomに参加し、挙手ボタンを押して指名されれば会話に加わることができる。起業家や芸能人が複数で喋っているroomもあり、「ここだけの話」に触れられる期待もある。

ただし、リスナーが増えていくと著名人にとってはプライベートと仕事との線引きが難しくなるだろう。

岩崎さんは、「今後、roomを有料化する機能が出ると言われており、私はコンテンツの公開範囲や価格を決められる『note』の音声版をイメージしている。配信で収益をあげられるなら、芸能人やインフルエンサーにも会話を公開するメリットが出てくる」と予想する。

伊藤社長は「ITやクリエイター業界で、SNSは早く始めたほうが成功しやすいとの認識が共有されており、とにかくやってみようとの雰囲気になっているのでは」と分析した。

Clubhouseはこの勢いで短期間のうちに市民権を得るのか。岩崎さんは「過熱感はそろそろ薄れる」と見る。

招待枠は一時期メルカリに高値で出品されるほどだったが、1月26日朝アプリを使い始めた岩崎さんは、2月3日時点で招待枠が8つに増えた。頻繁にログインしてroomに入っていると増えると思われ、会員になることの特別感はすでにほとんどなくなっている。

ユーザーからは「ご無沙汰だった人と久々に話せた」「オンラインの人たちが集まって有意義な会話ができた」「仕事をしながら流し聞きできる」などポジティブな評価が多いが、毎日5〜6時間ログインし、さまざまなroomに入っている岩崎さんは、「仕事をしながら聞いていると、いつの間にかClubhouseの音声が流れていることを忘れている。耳を支配できても、脳はそう簡単に支配できないと感じた」と、スピーカーとリスナーの温度差を指摘した。

DJ部屋、相互フォロー部屋は規約違反

ちなみにClubhouseは以下のような規約を定めている。

・18歳未満は利用できない。
・「本名」での登録が必要。通称がある人は追記できる。アカウント登録後、表示名を変更できるのは1度のみ。
・知的財産権などを侵害するコンテンツは配信できない。
・いやがらせ、差別、脅迫行為などの禁止。

そして、roomでのやり取りの記録は録音だけでなく書き起こし、メモも禁止。記録したければ全員に書面で了承を取る必要がある。Clubhouse側も、roomの稼働中にユーザーから違反行為の通報がない限り、会話を保存しないとしている。


名前を変更しようとすると出てくる画面(画像:岩崎さん提供)

記録を残さない、残させないのは、Clubhouseが「自由に発言できる環境」を優先しているからだろう。

ただし、Clubhouseの運営者がユーザーの規約違反をどの程度チェックし、対応しているかは明らかになっていない。

Clubhouseでは日本人ユーザーによる「DJがお勧めの音楽を配信する部屋」や「フォロワーを増やすための相互フォロー部屋」「Clubhouseでのroomの様子をYoutubeで配信する部屋」ができているが、いずれも規約違反だ。

1月末にはDonald Trump(ドナルド・トランプ)を名乗るアカウントが現れたが、日本人の悪ふざけだったようで、間もなく表示名が変更された(ただし前述したように、変更は1度限りだ)。

岩崎さんは「規約違反は招待した人が4、5代遡って全員アカウントを凍結されるとの話だが、それも確認した人はいない」という。

Clubhouseは2020年3月にアプリをリリースしたばかりのスタートアップで、今年1月に公表された資金調達の目的は、アンドロイドアプリの開発やサーバーの増強、サポート体制の確立のためとしている。

アカウントのなりすまし、名誉棄損に相当する発言、あるいは援助交際や違法薬物取引など犯罪行為をどうチェックし、どう対処するのか。アプリが日本語対応していない中で日本市場のサポート体制は今のところ期待できない。

会話の記録は残らず、犯罪の立証ハードルにも

神奈川県座間市で2017年に起きた9人殺害事件。白石隆浩被告はTwitterで犯行相手を物色し、ダイレクトメッセージ(DM)で接触していた。被害者の1人の兄がDMのやりとりに気づきTwitterで情報提供を求めたことで、犯行が露見し逮捕に結びついた。

SNSを介して起きた痛ましい事件だったが、テキストベースで“痕跡”が残っていた故に、犯人も容易に特定できたわけだ。

Clubhouseはアカウントが電話番号と紐づけられ、その点は犯罪の抑止力になるだろうが、犯罪やトラブル、情報漏洩などが起きた場合、「記録を残してはいけない」という規約が調査を難航させる恐れがある。

日本に事業所を置いて運営するSNSは、プロバイダ責任制限法の規制を受けるため、情報発信者のIPアドレスの保存義務があり、何かのときには警察などから提出を求められるが、岩崎さんは「Clubhouseはその辺がわからない。ユーザーがいつログインして、どのroomに入っているかは記録しているかもしれないが、規約に書かれている通り音声が保存されていないなら、room内で起きた問題行為の立証のハードルは上がる」と懸念する。

Clubhouseは自由で親密なコミュニケーションを重視し、ユーザーの良心に信頼する制度設計になっているが、規約が機能しているかもわからず、一歩間違えれば「無法地帯」になりうる。

岩崎さんは「他のSNSで起きていることはClubhouseでも起きるだろうが、どうやって身を守るか、何か起きた後にどう処理するかは、現状では自己責任」と話した。