不動産関係や宅配業者、郵便局などでは必需品となっている、株式会社ゼンリンの住宅地図帳。どこに誰が住んでいるのか建物のデータが記された地図は、配達に携わる人々にとって頼りになる存在です。しかし、それがどのように作られているのかについては、あまり知られていません。住宅地図帳の裏側について、株式会社ゼンリンに聞いてみました。

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 ゼンリンの住宅地図帳は、基本的に市町村単位で1冊にまとめられています。総務省によると、2020年7月9日現在で全国には1718市町村(北方領土の6村を除く)があるそうですが、これには東京23区の特別区を含まないので、ゼンリンではそれを含めた「日本全国1741市区町村の地域情報・住宅情報を網羅し、ご提供しています」と担当者。

 対象となる区域が広い場合は1冊にまとめるとページ数が多くなり、使い勝手が悪くなるので、いくつかに分冊して作られます。たとえば富山市だと3冊分。このため、日本全国の住宅地図帳全体では「冊数にすると、その数は2140冊にも及びます」とのこと。


 全部をコレクションしようとすると、かなりのスペースと、トン単位の重量に対応する床と書棚が必要になります。ゼンリンには当然すべて揃っていますが、その光景は壮観のひとこと。ちなみに2140冊分のお値段ですが、3106万4500円(税抜)。場所によっては家が建ちますね。

 さて、この住宅地図の作成にあたっては、必ず現地調査をしています。といっても実は測量はしていません。「我々の調査業務は「地図調製業」というジャンルにあたります。なので実は測量はやってないんです」と担当者。

 ゼンリンで実施している調査業務は、国土地理院などが実施した測量成果に基づいて、用途別の実用的な地図を作る、という「地図調製業」。このため住宅地図作成にあたっては、測量をすることはなく「どこ」に「なに」があるか、というデータを収集し、測量成果に書き加えるという形になります。

 調査にかかる期間は、対象となる地区の面積(移動時間)や建物の数(調査する情報量)によって大きく変わるので一概に言えない、と断った上で「情報量の多い大都市だと2か月ほどかけて調査する地区もあります」との回答。

 こうして収集された情報は地図データベースのジャンルによって提供するまでの期間が異なるそうですが「例えばカーナビ向けのデータベースだと、新しく開通した高速道路の情報や、大型の商業施設など、ランドマークとなり得る情報は開通・開業したその日のうちにデータベースとして整備し、お客様にご提供できるよう努めております」と、かなり早い段階で更新しているそうです。

 現地調査で収集する情報については、基本的に家の表札など外部に公開され、目で確認できるもの。それでも建物の入口(到着地点)や階数など、目視確認できるものは多岐に渡ります。建物だけでなく遊園地の遊戯物、たとえばジェットコースターなども地図に表現する「地物(ちぶつ)」の対象です。

 現地調査を担当する調査員は、身分を明かすゼンリンの制服を着て、画板と図面を手に細かく建物などの情報を収集し、4色のボールペンで記入していきます。4色には色ごとに意味があり、緑は前回の調査から変更のない場合、赤は新たな情報を追記する場合。青は赤での修正に誤りがあった場合の再修正用に使われています。

 このボールペン、地域によっては独特の苦労もあるようです。「真冬の東北の調査では、調査に使用する4色ボールペンを2本以上持っておくのが基本になります。というのも、大吹雪の中調査を行っていると、使っているボールペンの先が寒さで凍ってしまうんです……!そのため、カイロの中に予備のボールペンをくるんで温めておき、2本のボールペンをローテーションで使わなくてはいけないなんてことも……それは大変だったようです」と、寒冷地での工夫を語っています。

 現地調査で気になるのは、過疎地の住宅地図で時々見かける、見開きページにポツンとあるような建物。テレビの人気番組にもなっているような「ポツンと一軒家」という存在です。こんなところにまで足を運ぶのか……と驚いてしまうのですが、これについても聞いてみました。

 「実際に『そんなところに住んでいる人が!?』と思うような経験はありますが、そのような家への訪問は、調査員的には燃えに燃える仕事です!ゼンリンでは住宅地図が出来たころから『調査業務』として当然のように行っている事であったりします。山を登ったり、木々の生い茂った道を進んだりと、体力的には勿論大変ですが、実際に家にたどり着いた時の達成感は計り知れないものがあります。住民の方に『よく来てくれたね』と果物を分けてもらったりするコミュニケーションも調査業務にやりがいを感じる一つの要素です……!」とのこと。行くまでに苦労した分到着したときの達成感は並々ならぬものがあるようです。

 このように、様々な困難が伴うこともある現地調査。調査員が遭遇した困難な場面についてうかがってみると、奈良県の最南端にある吉野郡十津川村(北方領土を除いて日本で最大面積の村)を調査した際は「土砂崩れを起こしていて通れない道があったり、道なき道の山登りで道中、猿や蛇にあったりと、厳しいながらも滅多にない貴重な経験をすることが出来た」と、まるで探検のような経験をした調査員がいたそうです。

 現地調査ならではの細かいデータが満載のゼンリンの住宅地図ですが、実は元々ゼンリンは地図メーカーではありませんでした。

 ゼンリンは1948年、大迫正冨らによって大分県別府市に「観光文化宣伝社」として誕生。大迫はその出版事業部として華交観光協会を設立し、1949年に別府を訪れる観光客向けの冊子「年刊別府」を刊行しました。

 カバンに入れやすいB6判160ページという「年刊別府」の巻末に、土地に不案内な観光客のために添えられていたのが、精巧な市街地図。旅館をはじめ、必要な情報が網羅された地図が評判を呼び、大迫は「地図は添え物ではなく、最も重要な情報源だ」との思いを強くし、本格的な地図作りをスタートさせたといいます。

 翌1950年には、隣国や隣近所と親しくすることを意味する「善隣」という言葉から、社名を善隣(ぜんりん)出版社と改めます。この年に刊行した「観光別府」には、さらに用途別に細やかな地図が複数作られ、収録されています。

 そして1952年6月、別府の住宅一軒ごとの表札が記載された「別府市住宅案内図」を発刊。これが現在に続く住宅地図、そして地図メーカーとしてのゼンリンの第一歩となりました。筆者の記憶にある昔の「ゼンリンの住宅地図」には、表紙に地元企業の広告が掲載されているのが興味深い点でしたが、元々が観光冊子からスタートしたとあれば、協賛企業の広告が掲載されているのは自然なことといえます。

 全国の住宅地図を作るべく、本社が北九州市に移転したのは1954年。当時は合併前の小倉市(現:北九州市小倉北区)で、現在は北九州市戸畑区に本社が所在しています。大迫正冨が掲げた「全国の住宅地図」が完成したのは2017年6月。小笠原村など東京都下島しょ部7村の住宅地図帳刊行で、北方領土を除いて人が居住する日本全市町村の網羅が65年かけて達成されました。

 現在の住宅地図帳は、シンプルで洗練された表紙デザイン。また、電子版やスマホ向けアプリでも利用可能となっているほか、法務局備え付けの地図や都市計画情報を重ね合わせた「ブルーマップ」や、自治体業務向けに提供される「ゼンリン住宅地図LGWAN」など、活用範囲は広がっています。

 またゼンリンでは2020年6月6日、小倉城の隣に位置する北九州市小倉北区のリバーウォーク北九州14階に「ZENRIN MUSEUM」をオープン。地図の面白さを伝える常設展のほか、様々な期間限定展示やイベントも予定しており、公式Twitterアカウント(@ZENRIN_MUSEUM)で情報を発信しています。


 調査員が長年、文字通り「足で稼いだ」情報収集のノウハウは、ゼンリンならではの強み。現在は「人」が読むだけでなく「機械」が読む地図データベースを構築すべく、特殊な車両を使った高精度な調査も行っているそうです。たかが地図、と思ってはいけない、その土地に関する情報が宝の山のようになっているんですね。

<記事化協力・画像提供>
株式会社ゼンリン(@ZENRIN_official)

(咲村珠樹)