乗り換え案内サービスの駅探に、大株主のCEホールディングスは取締役全員を解任する株主提案を行った(編集部撮影、画像は加工しています)

役員全員クビ――。乗り換え案内サービスを行う駅探に対して、大株主が取締役全員の解任を要求した。

駅探が提案する現経営陣を中心とする取締役案と大株主が提案する取締役案が対立。株主総会を6月29日に控え、事態は駅探と大株主の両社間による委任状争奪戦に発展したが、6月24日、駅探は自社の取締役案を取り下げると発表した。株主総会で大株主の提案が可決されれば、駅探の全取締役が交代する。

この大株主とは、医療システム開発を行うCEホールディングス(以下、CEHD)。2012年に駅探と資本業務提携を行い、現在は議決権ベースで駅探株式の30.871%を保有する筆頭株主だ。

乗り換え案内の老舗

乗り換え案内など経路検索サービスを行う会社は駅探のほかにヴァル研究所、ジョルダン、ナビタイムジャパンがある。ヴァル研究所はヤフーと、ジョルダンはグーグルというインターネット業界の巨人と経路検索で組んでいる。ナビタイムは独自路線を歩むものの、地図や道路情報と連携して公共交通機関だけでなく、自動車や徒歩も含めた経路をトータルで検索できるのが強みだ。

駅探の特徴はNTTドコモとの結びつきが強いことだ。もともと駅探は1997年に東芝の社内ベンチャーとしてスタートした乗り換え案内の草分け的な存在。1999年にNTTドコモが「iモード」を開始すると、駅探の乗り換え案内は最初の公式コンテンツに採用された。2003年に東芝から分社化、2011年に東証マザーズに上場した。

上場当時の筆頭株主は投資ファンドのポラリス第一号投資事業有限責任組合。そのファンドが保有していた株の売り渡し先がCEHD(当時の社名はシーエスアイ)だった。

当時、スマートフォンの普及が進み、ユーザーはネット上の経路検索を無料で行うようになりつつあった。携帯電話の会員が減少する中で、スマホで無料版を活発に利用してもらうことでユーザーの裾野を広げ、その中からより高機能の有料版に移行してもらうユーザーを増やしていくというのが駅探のビジネスモデルだったが、同時に新たな収益機会も模索していた。

そこへポラリスに変わる筆頭株主として登場したのがCEHDだ。CEHDは出資だけでなく、駅探と共同でのビジネス展開も見据えていた。

とはいえ、乗り換え案内と医療ビジネスでは関連性が薄いように見える。東芝出身で2006年から駅探の社長を務めてきた中村太郎氏は、「ちょっと遠いなという意識はあった」と、6月18日に行われた東洋経済の取材で話している。

それでも駅探は、同社のコンシューマーサービスとCEHDの医療機関の顧客基盤を組み合わせた新サービスの構築を目指して共同での事業展開に乗り出した。しかし、「障壁が大きく、うまく軌道に乗せることができなかった」(中村氏)。

2017年にはCEHDの杉本惠昭社長が駅探の社外取締役を退任した。その頃から、駅探とCEHDとの間で考え方のずれが出ていたようだ。

「CEHDさんは、ちょうどその時期から当社と共同でビジネスを行うよりも、株の売却を検討されていたのではないか」と中村氏は振り返る。今年に入ってからもCEHDから「買い手が必要なら紹介する」というようなことを言われたと明かす。

取締役全員の交代を提案

そんな矢先、5月21日にCEHDが6月開催の駅探株主総会で取締役7人を選任するという株主提案を行うと発表した。駅探側も現経営陣を主軸とする7人の取締役の選任を提案している。つまり、CEHDの提案は現経営陣を退任させ、CEHDが選んだ新たな取締役に交代させるというものだ。取締役の一部を交代させる株主提案はときどきあるが、取締役全員の交代という提案はあまり例がない。

CEHDは同日、提案に至った経緯を詳細に説明している。それによれば、駅探の取締役によるパワーハラスメントにより、駅探社員の大量退職やメンタル不調者が発生するといった経営上の深刻な問題が生じたからだという。CEHDによれば、駅探の3月1日時点の社員数は90人だが2014年4月から2020年3月までの6年間で79人が退職したという。また、部門長クラスのほとんどが退職しており、「事業展開の遅滞と企業価値の減少を招いている」という。

パワハラ問題の解決に向け、駅探の中村氏とCEHDの杉本氏ら両者の経営陣は3月13日に話し合いの場を持った。 CEHDは事実関係調査のための第三者委員会の設置やパワハラを行った取締役の職務停止などを提案したが、駅探の取締役から「たかが31%の株主がそのようなことを要請するのはいかがなものか」と、株主を軽視する発言があったという。さらに、中村氏がその取締役をいさめることすらしなかったことも問題視する。

CEHDは、株主提案の目的は「大量の退職者やメンタル不調者の発生など、組織運営上の重大な問題を発生させ、またそれを看過し、かつ株主を軽視する現経営陣の変更」であり、それによって「駅探の企業価値向上を実現」したいとしている。

これに対抗して、駅探は6月1日にCEHDの提案に対する反対意見を表明した。中村氏は東洋経済の取材に対して、「大量退職というが、その数字は過去の累計であり、多くの退職者が一度に固まって出てきたわけではない」として、大量退職という見方を否定した。パワハラがあったという指摘については、「パワハラを行った取締役が管掌している部署から大量の退職者が出たわけではなく、各部門から平均的に退職者が出ている」と反論した。


インタビューに答える中村太郎氏(写真:駅探提供)

また、中村氏は、「幹部社員のほとんどが退職したという事実もなく、部長級ではこの5年間に5人ほど辞めたが、そのうち3人ほどは要求されるスペックと個人の能力がマッチせず退職した」としており、「課長級にしても、開発の部門のグループ長で辞めた人はいない。成長戦略に必要な課長級が辞めているということはなく、成長戦略が機能していないというのは、一方的な解釈だ」と言い切った。

さらに、「たかが31%の株主が」という発言については、「株主全体の価値を考えた場合に、30数%お持ちの株主のご意向だけで経営を決めるわけにはいかない」と話したものの、一部だけが切り取られたと憤慨した。

食い違う両者の主張

パワハラの疑いがあった取締役は5月21日から6月1日までの間に退任した。しかし、CEHDは3月13日の話し合いの際に中村氏が「経営陣として全体責任です」「これが事実なら私は善管注意義務違反になる」と発言したとして、CEHDは中村氏を含む全取締役が退任すべきだという姿勢を崩さない。

この点についても、中村氏は、「CEHDさんは、“その対象の取締役がこの場で辞任するなら不問に付す”とおっしゃられた。でも、調査もせずにある事業を管掌している取締役を退任させてよいはずがなく、私が“それこそ善管注意義務違反に当たる”と申し上げたことが、その言葉だけが切り抜かれた」と話した。両者の間には明らかに食い違いがある。

中村氏に衝撃を与えたのは、CEHDが提案する取締役の中に駅探の社員が3人いたことだった。その中には東芝時代に乗り換え案内システムを開発した者もいた。さらにこの3人とは別にCEHDが社長候補と考えている取締役候補者も東芝出身で、中村氏と一緒に仕事をしていた時期もある。気心の知れた人物だった。

「当社の社員の一部がCEHDの提案に乗っているのは非常に残念」と中村氏。「彼らとは長いつきあいだった」として、複雑な表情を隠さない。

ただ、「3人とも収益部門のマネジメントをしたことがない。成長戦略を示さず、経営に関与したことがない役員が入ってくると、企業価値を毀損するリスクがある」と懸念した。

6月1日、駅探はIT企業のTOKAIコミュニケーションズとMaaSエンジンの開発やそのサービス化で業務提携を結んだと発表した。公共交通機関を中心とした乗り換え案内は電車も飛行機もバスも全部スケジュール通りに運行されているものだが、MaaSの時代には、カーシェアリング、レンタサイクル、自動運転なども含まれるようになる。ビジネスモデルが大きく変わる可能性がある。

TOKAIコミュニケーションズはゼンリンデータコムとも提携をしており、駅探を含む3社提携に発展する可能性もある。中村氏は「TOKAIさんは生活インフラ的な情報を持ち、ゼンリンさんは地図情報から自動車カーナビに近いところまで持っている。当社の公共交通機関の情報と組み合わせれば、非常によい補完関係になる」として、提携による企業価値向上に強い期待を示した。

駅探とCEHDがそれぞれ株主からの委任状集めに奔走する中、6月17日には議決権行使助言機関のISS(インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ)が駅探の提案に賛成し、株主提案に反対するという意見表明を行った。ISSは、「CEHDは合理的で詳細な経営方針を提案できていない」「経営陣の完全交代を求めることは現実的ではない」と説明している。駅探にとっては追い風となるはずだった。

事態が動いたのは株主総会の1週間前となる6月22日ごろだ。この段階で株主提案に賛同する議決権数が会社提案を上回ることが確実になったのだ。少数株主の議決権を集めてもCEHD側が抑えた議決権を超えるのは難しかったようだ。

6月24日、駅探は取締役選任に関する議案を取り下げると発表した。取締役選任に関する議案は株主提案だけになり、可決されればCEHDの提案する取締役が駅探の経営を担うことになる。この日、中村氏は株主総会および総会終了後の取締役会をもって代表取締役社長を退任すると発表した。

ウェットな部分の対立だった

TOKAIコミュニケーションズの福田安広社長は6月18日に行われた東洋経済の取材に対し、「株主提案をめぐる件について当社は発言すべき立場にはない」とした上で、「あくまで会社と会社の業務提携なので、進捗が遅れることがなければ(どちらになっても)構わない」とコメントしていた。ただ、「もし、経営陣が総入れ替えになったときにうまく引き継ぎができるだろうか」と心配していた。この点について、駅探の現経営陣はTOKAIコミュニケーションズとの業務提携の推進に向けた引き継ぎは協力していくとしている。

ISSが意見表明したように、今回の駅探とCEHDの対立は、どちらの経営方針が株主にとって有益かという経済合理性を問うものではなく、役員のパワハラや不遜な発言といった、ウェットな部分の是非を問うものだった。中村氏も、「両社の関係をどうすべきかを考えるやり方がよくなかったのだろう。感情的な部分があったのかもしれないとも思っており、そこは真摯に反省しなければいけない」と、6月18日のインタビューで話していた。

デジタルなインターネットの世界でも経営を行うのは生身の人間である。その感情を無視すると手痛いしっぺ返しをくらう。今回の一件は、そんな教訓を残した。