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第12週「父、帰る 前編」 56回〈6月15日 (月) 放送 作・吉田照幸〉


56回はこんな話

今週は特別編。10年前に亡くなった音の父・安隆(光石研)があの世から音に会いにやって来た。
くじが当たって一泊二日、この世に戻れることになったのだ。

シュールな幽霊コント?

おどろおどろしい音楽からはじまった56回。
極めて善人だった音のお父さんがなぜ地獄にいるの? と思った人も多いのではないだろうか。
ただ、「エール」の地獄はつねに23度の適温に設定された快適な場所らしい。年に2回、“ジャンボ宝くじ”があって、一等が当たると一泊二日、地上に帰ることができるという福利厚生(?)もちゃんとあって、なかなかいいところのようである。

閻魔様(橋本じゅん)に現世に行ったときの注意事項などを聞いて、「いってらっしゃ〜い」と桂三枝のモノマネで送り出される安隆。一泊二日の旅を終えたとき、棒を折ることであの世に帰れるが、棒を折らないと、誰にも気づかれずさまよえる魂になってしまうのだとか……。

音が華に「ぼうやは良い子だ」と子守唄を歌っていると、「女の子か〜」とお父さんが感慨深げに現れる。
女の子の華に「ぼうやは」「ぼうやは」と歌いかけ続けていることは、あの世のお父さんがこの世にやってくるという、ひっくり返しの呪文のようである。

「ぼうやは良い子だ」の子守唄がシュールな世界のはじまりを告げるかのように、幼い頃、突然、出張先で電車にはねられて死んだお父さんが現れて、華が目線を幽霊に向け、音も顔をあげ、ぎゃーっと激しく驚く。でもすぐに慣れて普通に接し始める。

「(感動的な)お父さん…! みたいな期待もあったから」と言うお父さんに、「無理でしょう、そんな格好で現れたら」と音はいたってクール。

あの歌が感動を呼ぶ

お父さんがあの世でもらった20銭のお小遣いを渡される音。「お団子買ってきてくれんか」と言われた途端、思い出が蘇り、音は父を抱きしめる。

買ってきた団子をふたりで食べながら話をする。父が死んだのは、見知らぬ子供を助けたためで、その人にも安隆は会いに行き、駅員さんになっていたと言う。
音は普通に接しているようで内面では父への想いが沸いてきていると、裕一がお腹をすかせて帰ってくる。安隆は親族にしか見えないので、裕一は目の前に、安隆スペシャル(ふたつの味が交互に刺さっている)を食べてしまう。
「うめえなあ〜 生き返る〜」と裕一が目を細める、その傍らには生き返った(というか地獄から来た)お父さんがいるという脚本の妙。

そうとは知らず、お父さんに手を合わす裕一。素直な好人物らしさに、安隆も満足。大きな家も購入できる甲斐性もあると知って安心する。裕一、「船頭可愛や」がヒットして、家も買えたようだ。すごい。

父は、吟のところにも行ったといい、旦那さんに合わせて無理をしているように感じたので、気にかけてやってくれと託し、みつと梅のいる豊橋へと向かう。

梅が詩を書き、裕一が曲をつけ、音が歌った「晩秋の頃」(25回に登場)が流れ、「また…くじが当たりますように」と祈る音の声で、とてもあたたかな幕切れとなった。


朝ドラと幽霊

朝ドラでは亡くなった家族の幽霊が出てくることはよくある。
「おはよう日本関東版」で高瀬アナが今週の展開を公式サイトの写真で見て、「わろてんか現象なのかドリフなのか」と
気にかけていた。高瀬アナがさらりと「超常現象」のように誰もが当たり前のように使うように言った言葉「わろてんか現象」とは、毎週土曜日、主人公てん(葵わかな)の亡くなった夫(松坂桃李)が現れる現象のことである。朝ドラに幽霊をレギュラー化したことが「わろてんか」のナイスチャレンジであった。その後「まんぷく」でも主人公福子(安藤サクラ)の亡くなった姉(内田有紀)がしょっちゅう現れた。

そして「エール」ではシュールな幽霊コントである。
先週、裕一のお父さん三郎(唐沢寿明)が亡くなってしんみりした翌週は幽霊コントか! と開いた口が塞がらなくなるかと思ったら、しっとりした愛惜あふれるエピソードになるという意外性。黒沢清の「岸辺の旅」を思わせる雰囲気すら漂って見えた。

「遊びたかったなあ。ごめんなあって」と華をあやす安隆は、三角の天冠をつけ死装束のコスプレみたいにもかかわらず、圧倒的に祖父の愛情に溢れていた。その一方で「(感動的な)お父さん…! みたいな期待もあったから」のときの顔をくしゃくしゃにした顔はコントふうで、縦横無尽である。

9話であっけなく亡くなって10年、お父さんはいまだに残った家族のことを心配していた。子育てが忙しい音に「歌はあきらめたのか」と聞き、「音の歌が好きだ」というお父さん。そこで音の清らかな「晩秋の頃」が流れるから、グッとくる。

11週で、裕一が実家に置きっぱなしにしてきた悩みを解消し、12週では音が、父への想いや歌への想いを整理する。裕一と三郎を見て、音はきっと安隆のことを思い出したに違いなく、それが12週の流れになっているように思う。

抑制しながらも幼い頃に失くした父への想いにあふれる二階堂ふみ、幽霊が見えないからあくまでとぼけた人の良さをふりまく窪田正孝(布団のなかで華をあやしている表情も自然で良かった)、慈愛に満ちた光石研。3人の芝居がいい朝をくれた。

ただ、音が安隆に裕一の話をするとき、子供のときお父さんにつれていってもらった川俣で偶然会っていたのだとすごいこととして報告してほしかった。

音の実家・豊橋の人たちをおさらい

関内安隆…光石研 音の父。軍に納品する馬具の製造販売をしている。出張先で子どもを助けるため電車にはねられて死亡、海に散骨される。
関内光子…薬師丸ひろ子 音の母。時々、黒い発言をして「黒密」と安隆に言われる。夫亡き後、事業を継ぐ。

関内吟…本間叶愛/成長後 松井玲奈 音の姉。長女としての責任感から結婚して家を継ごうとお見合いに励んだ結果、軍人と結婚する。
関内梅…新津ちせ /成長後 森七菜 音の妹。作家志望。裕一のリサイタルで音が歌う歌の歌詞「晩秋の頃」を書く。

岩城新平…吉原光夫 馬具職人。安隆の死後、光子や音を助けて馬具製造会社を守っている。

熊谷先生…宇野祥平 音の学校の先生。

鏑木智彦…奥野瑛太  東京で吟が見合いし結婚した。軍人。コロンブスレコードを音に紹介する。
(木俣冬)

主な登場人物

古山裕一…幼少期 石田星空/成長後 窪田正孝 主人公。天才的な才能のある作曲家。モデルは古関裕而。
関内音→古山音 …幼少期 清水香帆/成長後 二階堂ふみ 裕一の妻。モデルは小山金子。


番組情報

連続テレビ小説「エール」 
◯NHK総合 月〜土 朝8時〜、再放送 午後0時45分〜
◯BSプレミアム 月〜土 あさ7時30分〜、再放送 午後11時〜
◯土曜は一週間の振り返り

原案:林宏司
脚本:清水友佳子 嶋田うれ葉 吉田照幸
演出:吉田照幸ほか
音楽:瀬川英二
キャスト: 窪田正孝 二階堂ふみ 唐沢寿明 菊池桃子 ほか
語り: 津田健次郎
主題歌:GReeeeN「星影のエール」
制作統括:土屋勝裕 尾崎裕和