ウーバーイーツの配達員がここまで急増したワケは?(撮影:梅谷 秀司)

新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言後、人通りの減った都心部でも、郊外の商店街でも、「ウーバーイーツ(UberEats)」のロゴが入った黒の四角いバッグを背負い、自転車や原動機付き自転車にまたがった若者たちの姿をよく見かけるようになりました。ウーバーイーツはモバイルアプリを使って対応する飲食店に出前を頼めるサービス。宅配するのは飲食店の従業員ではなく、ウーバーイーツに登録している配達員です。

新型コロナの影響で3月下旬に居酒屋のバイトを失ったフリーターの森山さん(仮名)は、4月半ばにウーバーイーツの配達員の仕事を始めました。「生活費が底をつきそうで。サクッと登録できて稼げるようになった」と顔をほころばせながら語ってくれました。

ウーバーイーツのバッグが高額で転売

ウーバーイーツで働く人は、オンラインで仮登録をしたうえで、各地にある登録センターに赴き、その時にあのロゴが入ったバッグ(ウバッグというらしい)を購入し、説明を受ければ登録が完了。ここまではやや手間がかかりますが、その後は個人事業者として、自分の都合のいい時間に配達員として働けます。

登録すれば面接や履歴書も必要なくすぐ働けてすぐお金がもらえる。コロナで職を失い収入確保に追われている人にとって、こうしたスピード感とお手軽感は何よりもありがたいはず。

そして実はいま、ウーバーイーツの登録センターは閉鎖されています。あの四角いバッグはアマゾンで購入できることになり、最終登録に関する説明や質疑応答もすべてオンラインで完結することになりました。

おかげで想定外のことが起きています。ウバッグがアマゾンで簡単に買えることになったことで購入者が殺到、買い占めて転売する動きもあり価格が高騰しているのです。正規で4000円くらいだった価格が、一時期は2万円を超える状態となりました。ヤフオクやメルカリでも倍以上で売られています。いまだ入荷のめどはたっていないようですが、それにしてもウーバーイーツ(で働きたい)人気の凄まじさを物語っています。

新型コロナウイルスの感染者が増加する中、ウーバーイーツ配達員のように生活インフラを維持するために欠かせない仕事に従事している人々のことを、昨今、世界的に「エッセンシャル・ワーカー」と呼ぶようになっています。外出の自粛やロックダウンが相次ぐ中、医療従事者、公共交通機関職員、スーパーやドラッグストアの店員、配達員といった仕事の担い手は、われわれの社会生活維持に「必要不可欠(=エッセンシャル/Essential)」な仕事の担い手として、その重要性が再認識されているのです。

有効求人倍率、3年半ぶりの低水準

全体の雇用市場は大きく悪化しています。一定期間(通常2カ月)内の求人数に対し、どれぐらい求職者がいるかを示す有効求人倍率は、2020年3月度で1.39倍(厚生労働省調べ)。有効求人倍率が1.4倍を下回ったのは2016年9月以来3年半ぶりのことです。

さらに最新の求人動向をつかむために、筆者が主宰するツナグ働き方研究所では、アルバイトの主要求人情報媒体に掲載された求人広告件数を分析してみました。人材関連のビッグデータを収集するゴーリスト社のデータをもとに計算すると、5月(第2週の月曜日)の全国のアルバイト求人広告件数は3月(同)比52.6%減。なんと半減していました。季節性から3月から5月にかけて求人広告件数は数%減るのが通例ですが、例年とはまるで比べものになりません。

東京の求人を職業別にみると「パチンコ・スロット」が97.4%と壊滅的に減少し、「ホテル・旅館・ブライダル」(85.4%減)や「飲食・フード」(67.4%減)も落ち込みが目立ちます。外出自粛や在宅勤務の推奨、店舗への営業時間縮小や休業要請などにより、商店や飲食店は次々と休業し、キャッシュの貯えが少ない企業は厳しい局面にさらされています。これにより非正規労働者の採用意欲が激減しているのは、上記のデータを見ても明らかです。

一方で、コロナの打撃を被り仕事がなくなった業界から、ライフラインを守るため人手が必要になっている業界へと、労働者が移動できれば、それにこしたことはありません。積極的な求人に応募が集まり、収入減に困窮する人にとっての「雇用の受け皿」となっているエッセンシャル・ワーカーの1つが、ウーバーイーツの配達員などの宅配サービス業界です。

緊急事態宣言後、ウーバーイーツや出前館といった料理宅配のデリバリーサービスでは利用者が6割増えました。飲食店のみならず、小売店や自治体も宅配サービスに熱い視線を注いでいます。ローソンは5月末までにウーバーイーツの対象店舗を500店に拡大。また神戸市や東京の渋谷区なども宅配サービスと提携し、利用を促しています。

こうした特需を受け、宅配サービス各社はこぞって配達員の確保を活発化させています。宅配ピザチェーンの「ドミノ・ピザ」では、正社員200人とアルバイト5000人の計5200人の採用を目指すことを発表するなど、業界全体で雇用拡大の機運が高まっているのです。

デリバリーギグワーカー

配達員の募集が増えたからといって、人が集まるかどうかはまた別の問題。「忙しすぎると身体がもたないのでは」「感染リスクは大丈夫なんだろうか」などとコロナ環境がブレーキとなることも考えられます。そんな中でウーバーイーツの配達員になりたい人が急増し、人材確保に困っていないのはなぜなのでしょうか。

その理由は特有の働き方にあります。

配達員の多くは「ギグワーカー」と呼ばれる人たちです。ギグワーカーとは、インターネット上のプラットフォームサービスを介して単発の仕事を請け負う労働者のことを指します。自分の裁量でスキルや時間を切り売りして働く自由さや気軽さが特徴で、その代表がウーバーイーツなのです。ちなみに「ギグ」とは音楽領域の英語で、ライブハウスでの短い演奏セッションやクラブでの一度限りの演奏を意味するスラング「ギグ(gig)」に由来しています。

ギグワーカーは、仕事の獲得が不安定だったり、事故の補償がなかったり、トラブル時の責任負担が大きかったりするといった問題も指摘されています。一方ですぐに働けてすぐに稼げるという形態は、今は貴重です。また職を失ってまではいなくとも収入が減った人の副業ニーズにもフィットしています。そもそも配達の仕事は働く時間の融通が利きやすく、「1日3時間だけ」などスキマ時間に単発で稼ぐ働き方が主流です。

単発のデリバリーに特化したアルバイトを提供する「ショットワークスデリバリー」では、直近4月の応募が1月と比べ3割〜5割増えています。コロナ禍の今、ギグ=単発という働き方はある意味で理にかなっているのでしょう。

このように厳密には「雇用」といえないギグワーカーに支えられている宅配サービス業界ですが、一方ではもともとの「雇用」を守る取り組みもあります。

出前館は、宅配寿司「銀のさら」運営のライドオンエクスプレスホールディングスなどと、休業や営業縮小を余儀なくされている飲食店従業員を支援するため、「飲食店向け緊急雇用シェア」プロジェクトを立ち上げました。

コロナによる外出自粛が収まったら元の雇用先や生活に戻りやすいという環境を確保したうえで、働けなくなった飲食店従業員が一時的にデリバリーの仕事に就くことで、安定的な収入を確保できる仕組みです。飲食店側にとっても、従業員の退職防止や、緊急事態宣言解除後に元の営業活動にスピード感をもって戻りやすい環境を作ることができます。

雇用の流動性低く柔軟な対応はレアケース

この危機に対応して、雇用を継続するために人材を貸し借りする従業員シェアは、極めて有効な取り組みにみえます。しかしそもそも雇用の流動性が低いという日本型雇用の特徴が影響してか、こうした柔軟な発想を実現するケースは残念ながら、いまだ稀有です。

「とにかくすぐにお金が必要だ。雇われる安心より目先の生活」と考える人もいます。一方で、「先々が不安だから職を失いたくない。雇用という安定が欲しい」という立場の人もいます。コロナ禍において、右往左往しながら揺れる個人の就業観に対して、宅配サービス業界は、いわば「両面待ち」の状態で仕事を提供しているのです。

「コロナが収まったら飲食の世界に戻りたい。できれば店も持ちたい。いま違う業界で雇ってもらえたとしても、それはそれで辞めにくくなる」。ウーバーイーツを始めた森山さんは、こうも語っていました。彼にとっては雇用ではないことも決め手のひとつだったのです。しかし森山さんの働いていたお店が、この「緊急雇用シェア」を知っていたら……。森山さんの選択は変わっていたかもしれません。