宇梶剛士(57)が育った、東京都国立市。この町に、豚肉をにんにくたっぷりの甘辛いタレで炒めた「スタ丼」発祥の店がある。

「中学は野球部だったから、いつも腹をすかせてた。あそこは、うまくて安くて腹いっぱいになる店だって、友達に聞いてね。でも『オヤジが怖い』って肝心な情報は教えてくれなかったんだよね(笑)」

「名物 スタ丼 サッポロラーメン 国立本店」は、宇梶が15歳のときから40年以上通う店だ。25年前に亡くなった先代は、地元の有名人。当時不良だった宇梶も、おっかなくて、店の前を通るときには、バイクのエンジンを切っていた。

「悪さをしなければ、怒る人ではなかった。オヤジは若い人が大好きで、『うまいメシを、腹いっぱい食わせてやろう』という人だった。その息遣いが、今でもこの店には残ってる。

 地元の人だけじゃなく、近所の一橋大学の学生も来るから、ここのスタ丼で育った人は、全国にいるんじゃないかな」

 壁には、並盛の2倍ある「大盛り」を完食した、猛者たちの名前が貼り出してある。

「月イチは食べに来るね。『腹が減ったらここに来る』って、設定されてるから(笑)。

 一昨年に亡くなった地元の弟分は、病気で固形物が食べられなくなったあとも、ここのスタ丼が食べたいって言ってた。頼んで流動食にしてもらったの。満足そうにしてたよ」

 プロ野球選手を夢見ていた高校時代。とある事件がきっかけで、暴走族の総長になり、2000人ほどを従えた。

「当時は、大人に対する怒りとか不信感、恨みは凄まじかった。それが、生きていく燃料みたいなものだった。暴走族の総長は選挙で決めた。『大人はクソだ、社会は腐ってる』って言ってるくせにね(笑)。

 国立は “文教地区” だけど、俺たちも共存してた。駅前のベンチでたむろしてたときも、『一般の人を怖がらせないよう、見るな』って言ってた。まあ、その後、ベンチは撤去されたから、やっぱり怖がられてたんだな(笑)」

 暴力沙汰を繰り返し、少年院送りに。そのとき、母親が差し入れてくれたチャップリンの自伝が、宇梶の心を大きく動かした。

「母は人権運動に傾倒し、あまり家庭を顧みなかった。数少ない思い出が映画。言葉じゃなく、目で見てわかるチャップリンの作品が大好きだったんだよね。

 彼は貧しくても役者を目指して努力を続けて、チャンスが巡ってきたときに、その才能を開花させた。『自分は、憧れのプロ野球のスカウトを受けるところまでいったのに、そこから落ちるとこまで落ちて、鉄格子の中で何をしているんだ』と。

 それが無性に悔しくて、涙をボロボロ流したら、悔しさと恥ずかしさで耳が真っ赤になってね。そのときに、『もう不良はおしまい』だって思った。そして、何を勘違いしたか、チャップリンみたいに『俺も役者になる』と思って」

この風貌が菅原文太の目に留まり、弟子入り

 少年院を出て、母親の紹介で錦野旦のカバン持ちに。菅原文太、美輪明宏、渡辺えり……。芸能界の恩人たちに出会い、演劇学校にも通った。

「体がいくつあっても足りないような日が続いたけど、夢って人にエネルギーとか頑張りを与えるんだね。グレてたころは、仕事をサボることばっかり考えてたのにね(笑)」

 18歳で “この世界” に飛び込んだが、役者だけで食べていけるようになったのは、33歳のとき。さらに、35歳で出演した『ひとつ屋根の下2』(フジテレビ系、1997年)の “ピカリン” 役が大当たりした。

 2003年に出版した自伝『不良品』をきっかけに、バラエティ番組にも多数出演するようになる。2007年、劇団「PATHOS PACK」を旗揚げ。すべての脚本を自身で書き、演出もできるかぎり手がけている。

「小学校4年の文集でも、みんなが遠足の感想を書いてるなか、ひとり物語を書いてた。3つめの高校の『卒業生を送る会』でも、脚本と演出を担当したから、やりたかったんだろうね。

 それに、劇団の若い人と向き合ってることで、“伸びてくる背筋” ってあるんだよ。『偉そうなことばっかり言ってたら、いかん』って。

 俺は莫大な時間を使って、いろんな人に鍛えてもらってきた。それを若い人に渡さなかったら、自分だけおいしい思いをしたことになっちゃう。自分がしてもらったように、小さいチャンスがあったときに何かができるぐらいには、育ててあげたい」

 宇梶がそんな思いを抱くのは、スタ丼のオヤジをはじめ、この町の “大人たち” のあたたかさに支えられてきたからだ。

「よく行っていた焼き鳥屋も『宇梶くん、頑張ってる? 美味しいもの食べなさい』って、ティッシュに3000円とかくるんで、くれるわけ。30過ぎたら1万円、40過ぎてももらってた。

 それで『俺もう、テレビ出て稼いでるんだよ』って言ったら『だったら、若い人や後輩にご馳走してあげなさい』って。俺にはこういう人たちが、そばにいたんだよね。

 だから、俺も年下にはご馳走するようにして、そいつには『後輩に奢ってあげて』と伝えてる。そういうことなんだよね。世のなか、捨てたもんじゃないと思うよ」

 取材時、ひとりで来店し、スタ丼を平らげたあとも、ずっと店内に残っていた青年がいた。聞くと、彼は宇梶に会いたくて、地方から上京。週に1回、この店に通いながら、そのチャンスを待っていたという。宇梶は彼の話に耳を傾けてからこう言った。

「劇団の飲み会をやるからおいでよ」

うかじたかし
1962年8月15日生まれ 東京都出身 錦野旦の付き人、菅原文太の弟子を経て、俳優デビュー。その後、数多くの作品に出演し、近年はドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系、2016年)、『なつぞら』(NHK、2019年)、映画『キングダム』(佐藤信介監督、2019年)などに出演。3人の50代男性の恋心を描く舞台『男の純情』(作&演出・水谷龍二)が2月2日、神辺文化会館(広島県福山市)を皮切りに上演予定

【SHOP DATA/名物 スタ丼 サッポロラーメン 国立本店】
・住所/東京都国立市西2-10-4
・営業時間/11:00〜23:00
・休み/水曜

(週刊FLASH 2020年1月21日号)