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中国政府は1月22日、17人が死亡し500人以上が感染(当局発表)した新型ウイルスの感染拡大の中心地となった武漢市を隔離すると発表した。現地時間の23日午前10時の段階で、同市からの航空機の出発便運行は停止されている。高速鉄道も同市から東に約800kmの上海行きをはじめ、市外へ向かう列車のすべての運行を停止した。バスターミナルおよび道路も封鎖されている。つまり形式上は、人の出入りは一切不可能ということになる。

はっきりさせておきたいが、これはばかげた判断と言える。武漢市は人口1,100万人を抱える巨大都市で、米国で最も人口の多い都市密集地域であるロサンジェルス郡よりも人口が多い。

そして複数の高速道路が通っており、国際空港があり、地球上で最大規模の鉄道輸送システムを抱える交通のハブとなっている。また、長江と漢江も同市には流れている。グーグルマップ程度の観点からしても、武漢市を「包囲」するのは不可能に見える。

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つまり、疾病対策の専門家らは、中国の公衆衛生当局がどのような計画を立て、それをどのように、あるいはどういった理由で実行しようとしているのかを見極めきれずにいるのだ。アウトブレイクが発生してしまった場合、巨大都市を隔離するといった野心的な対応を実行しようとしても、そのときにはすでに手遅れなのである。

封鎖で感染拡大は止められない?

公衆衛生の対策手段としての隔離には、深い歴史がある。医薬品による対策が効かない疾病(基本的に人類史の大半におけるあらゆる疾病に当てはまる)に対して、ほかにどんな手立てがあるのだろうか?

12世紀のヨーロッパにおけるペストやコレラ、天然痘からスペイン風邪にいたるまで、あらゆる大規模な伝染病に対して隔離は実施されてきた。しかし、ひとたび病気の発生源となる細菌やウイルスが特定されると、完全にとはいかないまでも別の対応策が隔離に代わって実行されてきた。

なお現在の公衆衛生の専門家の間では、隔離は「社会距離戦略」と呼ばれている。「社会距離戦略の問題は、それが効果的であるというエヴィデンスがほとんどないことです」と、ジョージタウン大学の国際衛生法学教授であるラリー・ゴスティンは語る。「よくてもアウトブレイクの発生をわずかに遅らせられる可能性があるだけで、感染の拡大を止められる可能性は非常に低いのです」

武漢市の問題のひとつは、この新型コロナウイルス(正式名称は「2019-nCoV」)の実態や、それがどのような影響をもたらすのかということを、国際衛生コミュニティの間でもいまだに完全には把握しきれていない点にある。いまのところいちばん可能性の高いエヴィデンスに基づけば、ウイルスの発生源がコウモリにあり、生きた動物が食用として販売されている海鮮市場で動物から人間に感染したことが始まりではないかと見られている。

さらにコロナウイルスは、そのマーケットで別の人間に感染した可能性があるが、そこから別の人間に感染した可能性はないかもしれない──といった具合に、まだ不明な点は多い。このウイルスのヒトからヒトへの感染力が弱いとすれば、それはいいニュースだろう。

コロナウイルスが人体の外で長時間は生存できない、または大量のウイルスでなければヒトには感染しない、非常に致命的な伝染病の特徴をほかには備えていないといった事実が見つかったり、感染源が武漢の海鮮市場にピンポイントで特定されたりということがあれば、ひとまず安心である。しかしそうなれば、隔離は過剰な対応策ということになる。さらに中国では春節の時期ということもあり、家族旅行の計画を立てている人も多いことを考えれば、不満の声も大きくなるだろう。

意に沿わない隔離は逆効果になる

だが警察は、すでに道路の封鎖を始めている。武漢市の包囲は、あらゆる良識や流通に反して始まっているのだ。

中国軍をすべて投入したとしても、効果的な隔離を実現することはほぼ不可能でしょう」と、米軍のAcademy Modern War Instituteで市街戦研究の教授であるジョン・スペンサーは指摘する。「沿岸警備隊や軍を配備する必要があります。現代において大都市の封鎖は現実的ではありません。そもそも、過去においても現実的なことではありませんでした」

街に援助物資を運び入れ、コンテナを外に運び出す必要がある。食料品や水といった資源を断たれた人々は、資源探しを始めるだろう。コンクリートのバリケードや効果的に配置されたゴミ収集車、衛兵所などは、自動車やトラックの出入りを規制することはできるかもしれない。だが、徒歩の人間に対してはそれほど効果を発揮しない。それにウイルスは、すでに世界的に拡大してしまっている。

「意に沿わない強制的な隔離は実行が難しく、逆効果です」と、非営利のシンクタンクであるCenter for Global Developmentの上級政策フェローで、米国国際開発庁の元国際災害対応部長のジェレミー・コニンディクは語る。「本当に必要なことは、人々に納得してもらい、しっかりサポートされていると感じてもらうことです」

そうでなければ人々は従わず、少なくとも混乱が起きる。最悪の場合は最も必要としている人々に健康上の脅威が可視化されないという事態になる。それに輪をかけて最悪の事態になれば、症状が出た人が自己申告せず、未感染の人々とともに隔離されることで感染が拡大してしまう。

「ときすでに遅しの状況」

こうしたことを考えると、中国側の理由づけは、より奇妙なものに思えてくる。現在までにこの疾病について判明している事実、感染者の3パーセントが死亡し、すでに武漢市の外にも感染が拡大しているという状況をなどを考えても、研究者らはこの事態がどれほどの速さで起きたのかについて多くのことを調査する必要がある(1918年のスペイン風邪の致死率は2.5パーセントだったが、恐ろしく伝染性が高かった)。

「こうなると、現段階で隔離がどれほど有効かということについて疑問が生じます」と、コニンディクは語る。「ときすでに遅しの状況なのです」

最悪の場合、さらに死者が増えていく可能性はある。隔離はこの状況にふさわしくない的外れな対応なのか、そうではないのか。隔離は最終手段なのだ。

「武漢市は巨大な都市であり、中国の中部における主要な輸送のハブです。そのような都市を閉鎖するということは、感染の拡大に対してコントロールを失っていることを意味します」と、ゴスティンは指摘する。「そして広範囲のコミュニティにおいて、ヒトからヒトへの感染が起きていることがわかります。つまり、基本的にこのウイルスが動物を媒介とし、ヒトへの感染は限定的ないしは一切ないという情報は誤りであるか、しっかり精査されたものではないということになります」

公衆衛生の大惨事が巻き起こる?

中国政府の公式発表を信用するのは難しい。ある現地の推定によると、すでに6,000人以上が感染している可能性があるという。

ゴスティンは、この感染拡大が、すでにコントロール不能な状況にあるのではないかとの懸念を抱いている。保安部隊による強制的な隔離は事態を悪化させるだけかもしれない。「病原菌を隔離するために都市を封鎖することは文字通り不可能です。実際に実行するのは不可能に思えます。警察国家でなければ無理でしょうね」

そして感染者と非感染者を一緒に隔離すれば、公衆衛生の大惨事が引き起こされるだろう。

最も最悪の事態が起きれば、大惨事は武漢市だけにとどまらない。隔離の維持はほぼ不可能であり、ウイルスはすでに拡散してしまっているからだ。誰が正しいのかを知るためには、データが集まるのを待つしかないのである。

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