又吉直樹、芸人か小説家かを問われ「どうでもええんちゃうかなって思ってます」
『火花』で芥川賞を受賞してから4年。又吉直樹さんにとって初の長編小説となる『人間』が刊行された。この作品は毎日新聞に全200回にわたって連載され、単行本になる前から大きな話題を集めていた。
こういうときに人間はどうするんやろう
「新聞には日曜と祝日を除いて毎日掲載されるので、覚悟はしていましたが、執筆はかなりタイトでしたね。原稿のストックがどんどんなくなって、連載の後半は時間との闘いでした。
ただ僕自身もギリギリまで粘っていいものを書きたいという気持ちがあったし、追い込まれたからこそ、普段は出てこないような予定調和ではないくだりがいくつも生まれたと思う。単行本になるときに多少は直しましたが、連載時のライブ感は極力残しています」
タイトルを『人間』としたのもチャレンジングだ。「人間とは何か」という壮大なテーマにつながる言葉であり、又吉さんが敬愛する太宰治の『人間失格』を意識したようにも思える。
「僕は“人間”という言葉が好きなんです。人間が人間のことを人間って言わないですよね。『そこに犬がおったで』とは言っても、『そこに人間がおったで』とはあまり言わないし、自分のことを『僕は人間です』って紹介する人もいないだろうし。だから『人間って何やろ?』って思うんです。
書いている間、『人間とは何か』みたいな大きなことをずっと考えていたわけではないですけど、『こういうときに人間はどうするんやろう』ということは丁寧に追っていったつもりです」
思い通りには進まない
本作の主人公・永山は、執筆時の又吉さんと同じ38歳。彼は漫画家になりたかったが夢は叶わず今はエッセイやイラストを生業としている。
そんな彼のもとに昔の知人から一通のメールが送られてきたことをきっかけに、若いころに共同生活を送っていた同世代の仲間たちとの日々を思い出すところから物語は始まる。
「僕自身も、なりたかったものになれているかというと、全然そんなことはなくて。もともと漫才師になりたくて吉本の養成所に入って、でも最初のコンビを解散して漫才ができなくなり、その後はコント師としてやってきた。
確かに芸人にはなれたけど、子どものころにテレビで芸人さんたちを見て、『こんなふうになれたらいいな』と思い描いていた状況にはなっていないんですね。僕の人生も、すべてが思いどおりに進んでいるわけではないので、永山の気持ちは、すごくよくわかります」
一方、物語の中盤で登場するのが、影島という芸人だ。しかも彼は小説も書き、芥川賞まで受賞する。となれば、読者としてはどうしても又吉さんを重ねてしまう。
作中では、「芸人であることを放棄し、文化人として扱われて悦に入っている」と批判されたことに対して影島が猛反論する場面があるが、これも、又吉さん自身に似たような経験があるのではと思いたくなる。
肩書きはどうでもいい
「僕もよく『又吉さんは芸人ですか、小説家ですか』って聞かれるんですが、そこは影島と一緒で、どうでもええんちゃうかなって思ってます。
これは『火花』でも書いたのですが、むちゃくちゃ面白い八百屋さんのトークライブと、面白くないけど一応、芸人を名乗っている人のトークライブのどちらを見に行くかと考えたら、別に誰も芸人の肩書は求めていなくて、面白さを求めているわけですよね。
だから相手が八百屋なのか、芸人なのかという肩書にこだわる人って、自分が何を面白いと感じるのかがわかっていないんだと思う。そういう人を僕はちょっとだけ舐めてしまうんですよ。そんなの、どうでもええやんって」
私たち女性も、世間から“妻”や“母”といったわかりやすい肩書を押しつけられ、「妻らしく」「母らしく」振る舞うことを要求されることが多い。又吉さんが語る肩書への違和感に納得する女性読者は多いのではないだろうか。
「世間は勝手に決めつけるじゃないですか。女性に対しても、結婚していない人はかわいそうとか。うちの姉なんて、学生時代から絶対に結婚したくないと言っていて、その言葉どおり今でも独身ですけど、その姉に対して誰かが『いい年なのにかわいそう』なんて言ったら、ものすごく失礼やと思う。
他人に対して『女性だからこうあるべき』とか『芸人だからこうあるべき』とか、人を何かに閉じ込める方向に思考が向く世の中は息苦しいし、そもそも『人は何者かでなければならない』と思わされていること自体が病ですよ。
自分や他人が何者だっていい、それをただの『人間』と言ってしまいたい。このタイトルにはそんな思いもあります」
本作を書き終えて、「今後の僕はより自由になっていくと思う」と又吉さん。
「『芥川賞をとったのに、まだコントライブも続けているなんて偉いですね』って言われることがあるんですが、僕としては小説を書くのも、お笑いをやるのも楽しいからやっているだけ。
やりたかったらやるし、やりたくなかったらやらへん。ただ、そうやって自由に生きていこうと思ってます」
【ライターは見た!著者の素顔】
吉本の養成所時代は、朝までネタを書き、夕方に起きて散歩する生活をしていたという又吉さん。「外へ出ると会社や学校から帰ってくる人たちとすれ違うんですが、自分だけその中にいないことが不安になって。
だから自販機で買った缶コーヒーをずっと持っていたんですが、それは周りから見て“散歩しながらコーヒーを飲んでいる人”という名前をつけてもらうためだった。いま考えると、僕も『何者かでなければいけない』と思わされていたんやなと思います」
(取材・文/塚田有香)
またよし・なおき 1980年、大阪府生まれ。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属のお笑い芸人。2003年にお笑いコンビ「ピース」を結成。2015年、『火花』で第153回芥川賞を受賞。2017年、小説第2作となる『劇場』を発表。他の著書に『東京百景』『第2図書係補佐』など