フューチャーズリーグでの試合風景。金属バットでも飛びにくい低反発のものが使用されている(筆者撮影)

今夏の甲子園は、昨年の金足農(秋田)、吉田輝星のように700球以上も投げる投手は出ない模様だ。それでも、8月17日の3回戦で今大会No.1投手と評される星稜(石川)の奥川恭伸が延長14回165球を投げている。地方大会では200球をゆうに超える球数を投げた投手が続出していることを考えれば、個々の指導者の「良心」にこの問題を委ねるわけにはいかないだろう。「球数制限」の議論は必要性を増している。

それに加えて、この大会では、現在の高校野球の別の危険性が浮き彫りになっている。それは「金属バット」だ。

「恐れていたことが起きてしまった」

8月10日、岡山学芸館(岡山)と広島商(広島)の試合で、岡山学芸館の先発、丹羽淳平(3年)が1回、広島商の3番水岡嶺(3年)の打球を顔面に受け、病院へ搬送された。

打球は鈍い音を立てて頬に当たり、丹羽は昏倒した。病院の診断は「左顔面骨骨折」だった。また13日の智弁学園(奈良)と八戸学院光星(青森)の試合では、9回、 智弁学園の一塁を守る吉村誠人(3年)が、打球を右膝に受けて交代した。

これらのアクシデントに、「恐れていたことが起きてしまった」と話す関係者もいる。


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近年、野球界はトラッキングシステムを導入し、投球や打球のスピードや回転数がリアルに明らかになっている。これによると打球のほうが投球よりもはるかに速い。

そして木製よりも反発係数が高い金属バットでは、打球はさらに速くなる。金属の場合、高校生でもライナー性の打球はゆうに150km/hを超すのである。その打球がヘルメットをかぶっていない投手や野手に向かって飛んでくる。しかも複雑な回転をしながら。

長年アマチュア野球に携わる関係者は、「高校野球では2001年、打球の速度を抑えるために金属バットの重さを900g以上としました。しかし振ってみるとわかるのですが、900gの木のバットは先に重さを感じ、早く振り抜くことができないのに対し、同じ900gでも、金属バットは現役をとっくに引退した私でも早く振れます。

バットが重くなっても、振り抜きやすいバランスのため、スイングスピードが速い打者は、投手や野手が逃げられないような速い打球を打つことができてしまうのです」

智辯和歌山高校の高嶋仁前監督は、打撃のパワーアップのために選手に筋トレをさせた。今や全国の高校で、同様の筋トレが行われ、900gの重いバットをすごいスピードでフルスイングできる選手は全国にたくさんいる。

筆者はこの夏、東京と大阪で地方大会の1、2回戦を見た。強豪校が連合チームなど弱小校を相手に、打撃練習のようなワンサイドゲームをするのを何度か目にした。

今季の大阪府大会には茨田・淀川清流・東淀工・扇町総合・南と、5校もの連合チームが出場したが、こうしたチームでは週に1度、合同練習ができればいいほうだ。内野の連携などはほとんど練習できない。太っていたり、がりがりだったり、とても野球選手とは思えない体格の選手もいる。

シード制のない大阪府では、こうした寄せ集めチームが、甲子園を狙う強豪校と当たることもある。強豪校の打者が金属バットで何気なく振り抜いた打球は、鍛えていない弱小校の選手にとっては十分に「凶器」となりうる(来季から大阪府大会もシード制にする話が進んでいるようだ)。

数年前から審判員などからこうした危険性を指摘する声は出ていた。しかし、取り組みはほとんど行われてこなかった。

今夏の金属バットによる事故は、もはや高校球児の打球の球速が、レッドゾーンに迫ろうとしていることを表している。実際に「球数制限」の取材を進める中で、「金属バットの見直し」が必要と訴える論者も複数いた。

弊害がはっきりし始めた高反発金属バット

筆者は昨年も『高校野球は「金属バット」でガラパゴス化する』(2018年09月12日配信)というタイトルで、金属バットの弊害を指摘した。昨今の甲子園では多くのホームランが出るが、それは反発係数の高い金属バットの恩恵であり、金属バットに慣れた日本の高校球児が、木製バットで行われる国際大会や、大学野球、プロ野球、独立リーグなどの試合に出れば、大きなハンデを背負ってしまうことを問題視した。

しかしそれ以上に「飛びすぎる金属バット」は選手を深刻なケガの危険にさらすという問題をはらんでいるのだ。

もともと金属バットは、高価なうえに試合や練習でも頻繁に折れる消耗品だった木製バットの代替品として、経費削減を目的に導入された。日本の高校野球では1974年夏から導入されている。この動きは世界共通で、多くの国のアマチュア野球がこの時期に金属バットになった。

しかし、木製バットよりも反発係数が高い金属バットの導入で、高校野球は打高投低が急速に進行した。清原和博の甲子園最多13本塁打も金属バットの時代になって達成されたものだ。

昭和から平成と時代は変わり、高校球児の体格は向上し、打球の速度はさらにアップした。

前述のように2001年に日本高野連は金属バットの重量を900g以上としている。スイングスピードを抑えようとしたのだが、選手の体位向上と筋トレなどによるパワーアップのため、歯止めはきかなかった。2017年夏の甲子園では48試合で68本塁打と史上最多記録を更新。今夏も履正社(大阪)が1回戦の霞ケ浦(茨城)戦で大会最多タイの5本塁打を記録するなど、金属バットの猛威はまったく衰えていない。

広がる低反発金属バットの併用

アメリカでは、2012年から大学野球、高校野球、リトルリーグで反発係数を木製バットと同レベルに調整したBBCOR(Batted Ball Coefficient of Restitution)仕様のバットを導入している。アメリカでも打球速度が上がったことによる負傷事故が相次ぎ、低反発のバットの導入が決まったのだ。

いまでは、アメリカのアマ野球ではBBCOR以外の金属バットは使用できない。ちなみに台湾や韓国の高校野球でも一部の大会を除き、木製バットを使用している。

実は日本のアマ野球の指導者の間でも、飛びすぎる金属バットの弊害は早くから指摘されていた。日本で高反発の金属バットを使用しているのは高校野球とボーイズなど中学硬式野球だけだ。大学、社会人、プロ、独立リーグはほとんどが木製バットだ。前述のように高校生が上のレベルに進んで、バットのギャップに苦しむ例が後をたたないため、指導者の中には有望な選手に高校時代から練習で木製バットを使わせることがしばしばあるのだ。

最近では履正社(大阪)の安田尚憲(現ロッテ)がそうだった。このコラムで紹介したことのある少年硬式野球チーム堺ビッグボーイズも、現西武の森友哉などの有望選手に中学時代から木製バットを使わせていた。


低反発金属バットについて話す堺ビッグボーイズの瀬野竜之介代表(筆者撮影)

堺ビッグボーイズでは、昨年から同チームが主催するリーグ戦「フューチャーズリーグ」で、参加チームの同意を得て、アメリカで購入したBBCOR仕様の低反発金属バットの使用を開始した。

これによって、極端な打高投低が是正されたが、ほかにも収穫があった。投手は長打を打たれる心配が少なくなったので、思い切ってストライクゾーンに投げ込むことができるようになった。打撃戦も少なくなったので投手の球数が減った。低反発バットを導入すれば投手の負担が軽減されることは、拙著『球数制限』で複数の有識者が指摘しているが、まさにそれが実証されたのだ。

また打球速度が低下したことで、野手は打球を恐れることなく落ち着いて処理することができるようになった。「守備の基本をしっかり学ばせるうえでは、これは大事なこと」と堺ビッグボーイズの阪長友仁コーチは言う。

さらに、打者もしっかり球を引きつけて振り抜くようになった。甲子園では泳ぐようなスイングでもホームランが出ている。高反発でスイートスポットが広い金属バットでは、スイングスピードさえ速ければ少々フォームが崩れても打球は飛ぶのだ。


国産の低反発金属バットIp Select『Atarer〜アトラエール〜』が今年の8月から販売開始されている(写真:プロスペクト提供)

しかし木製バット同様のBBCOR仕様のバットでは、ボールをしっかり引きつけないと打球は飛ばないのだ。

もちろん、このバットの導入によって打球が当たって負傷するリスクも軽減された。

「低反発金属バットの使用をお願いした指導者の方々は、最初は戸惑いがあったようですが、今では“打撃の基本が身につく”と評価してもらっています」堺ビッグボーイズの瀬野竜之介代表は言う。

BBCOR仕様のバットは、国内メーカーは製造していないが新しい動きがあった。


Ip Select『Atarer〜アトラエール〜』の試作品を手にする阪長友仁氏(筆者撮影)

この8月、堺ビッグボーイズをスポンサードするプロスペクト株式会社は、アメリカから輸入する形でBBCORの製造ライセンスを取得し、国産の低反発金属バットIp Select『Atarer〜アトラエール〜』の販売を開始した。

企業としては、国際的な野球の趨勢を考えれば低反発バットの導入は不可避だ、という判断による「ニーズの先取り」という意味合いがある。

「大人の事情」が優先されることがあってはならない

今夏は、NHKの高校野球中継でも「金属バットの打球が速すぎて危ない」と話す解説者がいた。専門家もそういう危機感を持ち始めているが、残念なことに新聞、テレビなどメディアは「金属バットの弊害」に言及する記事は極めて少ない。


「低反発金属バットの導入」は、打球速度が低下することで強豪校と公立など一般校の格差の是正が期待できる。そしてもちろんケガのリスクを低減できる。国際大会や上のレベルの野球とのギャップも埋まる。コスト面での負担は一時的に増えることを除けば大きなデメリットはないだろう。

しかしこの問題もなかなか議論が進まない。

メディアや主催者側にとってみれば「低反発金属バットになれば、甲子園のホームランが激減して人気に陰りが出る」ことへの懸念や、「今大会第何号」と景気のいい報道ができなくなることも考えられる。そんな「大人の事情」が仮にあったとしても、「高校球児の健康、未来」に優先されることがあってはならない。「球数制限」と並行して、低反発金属バットの導入を、ぜひ真剣に議論してもらいたい。

(文中一部敬称略)